パラダイムシフト

第62話 試作品1

 ダンジョンの外で被害が出る前に、シェイプシフターを討伐し、無事にダンジョン運営が続けられることになった。これでゆっくり生活……できるわけではなく、事件が落ち着くとすぐに次の問題に取りかかっていた。


 その問題とは、魔石の使い道だ。


 ダンジョンから産出する魔石を「売り物」にするためには、魔道具が必要不可欠である。魔道具がなければ、魔石は道端に転がっている石ころと変わりない。


 いまは国に先行投資として魔石を買い取ってもらっているが、使い道がないので赤字を垂れ流している状態だ。要するに、魔石を使った道具――魔道具の販売が急務なのだ。


 魔石の産出量は毎月増加している。その事実は、ゴーレムダンジョン、そして新宿ダンジョンの運営は順調だと証明していることに他ならない。


 だからこそ、一刻も早く魔石の使い道を作らなければ、買い取り費用だけが膨れ上がり、近いうちに魔石を買い取ってもらえなくなるだろう。


 魔石の利用は、魔力が満ちている新宿とゴーレム島で研究が進んでいる。その中でも魔道具の製作知識、経験のある、ヴィルヘルムが進めている研究は、順調に進みいくつか完成していた。


 とはいえ、すぐに販売するわけにはいかない。通常の製品と同様に性能や耐久といったテストを実施する必要がある。


 初めて世に出した魔道具にトラブルが多発すればイメージは大きく損なわれ、信頼を回復するのには多大な時間を要するだろう。そいった問題を回避するためにも、入念なテストは必要不可欠であった。


「もう、試作品ができたんですか?」


 魔道具を製作したドワーフのヴィルヘルムから、健人が依頼していた試作品ができたと連絡を受けた翌日の早朝。


 エルフであり健人と一緒に住んでいるエリーゼ。ポーションの研究をしている猫獣人のミーナ。警備を担当している元自衛隊の明峰と礼子。おまけに国会議員の元秘書である梅澤が、コテージに集まっていた。ダイニングテーブルに置かれた試作品を囲んでいる。


「フン! 誰に言っておる。当たり前じゃろう!」


 両腕を組み、不機嫌そうな表情をしたヴィルヘルム。目を細めて、健人をにらみつける。


「実力を疑っているわけではないんですよ? ただ、こんなに早く試作品ができるとは思わなかったんです」


 ヴィルヘルムの眼力に負けた健人が、手を小さく振って慌てる。その行動が気に入らなかったのか、ヴィルヘルムは、眉間のシワがさらに深くなる。職人としての腕を疑うような軽率な発言で、ヘソを曲げてしまったのだ。


「みんな、世界初の試作品の説明を聞きたがっていますよ」


 隣に座っているミーナが、テーブルの上にある、試作品の1である黒い箱を両手でつかんだ。


 1m四方の黒い箱の上部には、凹凸のないボタンがあるが、それだけだ。外見からはどんなものなのか、想像できないデザインである。


「見たことない形ですね。魔道具を使ったことがあるワタシでも、どのような機能があるか見当がつきません。教えてもらえませんか?」


 ミーナがヴィルヘルムの顔を覗き込むように見上げ、両手で持った魔道具を差し出す。


「フン!」


 同じ場所で働いている2人は、仲間意識が芽生えて話す機会が増えた。お互いに職人であり、意外にも共通する話題が多かったこともあり、出会った頃に比べて2人の関係は急速に近づいている。


 だが、その関係は友人や恋人といったものでは無い。ヴィルヘルムからすれば娘、そしてミーナは頑固な父と接するような関係であった。


「今回作ったのは、魔物除けと軽量リュックじゃ。ミーナが持っているのは、魔物除けの方じゃな」


 ミーナの願いを無視できずに、頬をほんのりと赤く染めながら、素直に質問に答えた。


「どんなものが出てくるかと思ったら、鉄板の商品が出てきたわね」


 そう言いながらエリーゼが、ミーナから黒い箱の形をした魔物除けの箱を受け取る。


「ハンター――いや、この世界ではダンジョン探索士じゃったな。そいつらが、長期間探索するのに便利な魔道具を作って欲しいと、こやつから依頼があったからのぅ」


 ダンジョンを探索には、いくつか問題があった。例えば、安心して休憩できる場所の確保と、魔石などの迷宮で手に入れた物の運搬だ。ダンジョンはいつ魔物が出現するかわからない。


 少し休む程度であれば問題無いが、寝て体力を回復させるのは難しい。さらに戦闘をするのであれば、荷物は軽くした方が良いのは間違いない。


 エリーゼがいた世界でも同じような需要があった。魔物が近寄らなくなり、その場で発生しなくなる魔物除け。荷物を軽量化して戦闘しやすくする魔道具は、ハンターの必需品であった。


「まずは探索に必要な魔道具を作って、ダンジョン探索士の危険を少しでも減らせればと思ったんです」

「本音は、働き蟻の効率を上げたいだけじゃろう」


 先ほどの発言を根に持っているヴィルヘルムは、健人をにらみつけて痛烈な一言を浴びせる。魔石の算出量を増やしたいのは間違いないので、反論できなかった。


「ヴィルヘルムさん! 言い過ぎですよ!」

「……フン」

「もぅ……」


 顔を天井の方に向ける。ヴィルヘルムの子どもっぽい行動に、ミーナは呆れて小さなため息を吐いた。


 数秒、沈黙が部屋を支配してこの場を解散する雰囲気が出てきたところで、ためらいながらミーナが手を挙げる。


「あのー……」


 ヴィルヘルムには凛とした態度で接していたが、今は、背を丸めて弱々しい態度をしている。


「実は、私も1つだけ作ることができました。ポーションではないんですが……」


 発言とともにテーブルのうえに置いたものは、網状の球体だった。中には緑色のボールが入っており、先端にはベルトループに取り付けられるキーホルダー金具がある。


「この球体に入っているボールが虫除け?」


 健人がキーホルダー金具を持つと、虫除けを目の前でブラブラと揺らす。


「はい。ワタシがいた世界と同じか、それ以上の効果があると思います」

「え? もう使っているの?」


 すでに日常生活で使っているとは思わず、目線を虫除けからミーナの方に移す。


「研究仲間と何度か試してみましたが、お店で売られている虫除けより効果がありそうです。なんたって、研究所に虫が出なくなりましたから!」


 ついに成果が出たことが嬉しく、声は自然と大きくなる。


 ゴーレム島は自然豊かな場所であり、部屋に虫が出現するのも珍しくない。だが、都会に住んでいた健人や東京から派遣された研究所の人達にとって、虫の出現は大きな悩みであった。


 同僚から「虫をなんとかしてもらえないか?」と相談され、ポーション作り行き詰っていたミーナは、気晴らしにと虫除けを作っていた。


「この前、部屋にムカデが出て困ったんだよね……早速使ってみるよ。ちなみに、これって簡単に作れる?」

「虫除けとして使われている植物と砕いた魔石を混ぜてから、虫除けの効果を強化しました……配分さえわかれば、比較的簡単に作れ……ると思います」


 健人の期待を込めた眼差しに同様したミーナは、つっかえながらも自分の意見を言葉にた。ヴィルヘルムは、その姿を横目で見ながら口元が緩んでいる。


「2人が作ってくれたものは、売れそうな商品になりそうです。ね、梅澤さん?」


 梅澤は、事務手続きを取りまとめている。それはダンジョン探索士の探索記録だけではない。新商品を販売するまでの必要な手続きも担当している。


「はい。すでに魔道具の基本的な仕組みは、特許が取れています。虫除けは、現在共同で開発している製薬会社に権利を売却したいと思いますが、よろしいですか?」


 ミーナと一緒に研究している人間は、製薬会社に所属している。


 健人たちは、魔石の使い道を増やしたいだけであり、ポーションで儲けようとは思っていない。あくまで研究のサポート的な位置づけてあり、申請から販売までは製薬会社に任せる予定だった。


「それでお願いします」

「わかりました。ミーナさん。あとで詳しい話を聞かせてください。製薬会社には、私から連絡します」

「あ、はい!」


 話の流れについていけないミーナは「健人たちにお任せします!」といわんばかりに、勢い良く首を縦に振った。

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