第6話 魔法の訓練と事前調査

 翌日、あいにくの曇り空だったが、魔法の訓練をするために2人とも外に出ている。

 エリーゼは健人の目の前に立つと、魔法について何も知らない健人のために、基本知識の説明をはじめた。


「魔法には、物や体に魔力をまとわせてその物の効果を向上させる付与タイプ、魔力を火や水といった自然物に変換するタイプ、私の矢みたいに物ベースに創造する3つのタイプがあるんだけど、どれも共通してやることは、意識的に魔力を外へ放出すること。その第一歩として、全身に巡らせた魔力を、手か足に集目る必要があるわ。それができるようになれば、魔法を発動させること自体は難しくないから頑張りましょ」


 魔法を発動させるためには大きく「魔力の存在に気付く魔力知覚」「魔力を意識した通りに動かす魔力操作」「集めた魔力を外に出す魔力放出」の3つの段階があり、健人はそのうちの1つ目をクリアしている状態だった。


「具体的にどうすれば、手足に魔力を集められるようになるの?」


「たしか、魔力はうっすらと感じることができると聞いてたけど……本当よね?」


 健人は、昨日の経験から器に満たされた魔力、全身にめぐらせた魔力、そのどちらとも感じられるようになり、そのことをエリーゼに報告をしてたが、彼女の常識と照らし合わせると早すぎるため彼女は本当なのか疑問を感じていた。


「うん。弱々しいけど、体内の魔力を感じとることはできる」

「それなら、もっと強く感じられるようになって魔力知覚を完璧にしましょうか。それができてから、体内の魔力を動かす訓練にとりかかるわ。早速、やってみてもらえる?」


 健人は昨日の経験から、目を閉じたほうが魔力を感じややすいと感じていたため、あぐらをかき、目を閉じて余分な力を抜いてリラックスをする。


余計な思考を徐々に落としていき、心臓の動き、そして体内の魔力を感じ取れるように意識した。


(たしか……魔力は、血管を通って全身に行き渡っているとイメージするのがいいんだよな?)


 多くの人に支持されたこの考え方は、魔力を知覚する方法としては効率が良く、健人は血流を意識しただけで、うっすらと感じていた体内の魔力を徐々に強く感じとれるようになっていた。


 試しにその状態のまま、体内の魔力を右腕に移動させようと意識するが、なんとなく動くような感覚がするものの実際に魔力を集めることはできなかった。


「すぐに強く感じるようになったから、調子乗って動かしてみたけどダメだった……」


 目を開き立ち上がると、先ほどの出来事を簡単に報告する。


「……早いわね……でもさすがに魔力を集める訓練は時間がかかると思うよ? 頑張ってね。私は事前調査をしてくるから、ご飯食べるときにまた会いましょ」

「分かった。気をつけてね」


 そう言ってからコテージから離れていくエリーゼを見送ってから、先ほどの体勢に戻り、健人は何度も魔力を動かそうと意識する。それは筋力を鍛えるのと同じで、繰り返すことで魔力を動かす能力が徐々に鍛えられるが、1日でマスターできるほど簡単な動作でもない。


 日が暮れる頃にようやく少しは右腕に集まったかな? そんな感覚を得る程度で一日が終わった。




 一方、健人の訓練をしているあいだにエリーゼは、コテージの裏手にあるダンジョンについて調査を進めていた。


「入口を見る限りは、自然型のダンジョンのように見えるけど……」


 横穴は縦3m横10mと人が十分活動できそうな大きさで、地面、壁、天井に、不規則なおうとつがあり、エリーゼには人の手が入っているようには思えなかった。


 さらにエリーゼは、入口周辺の地面を詳しく調べてみるが、不審な足跡は見つからず、まだダンジョンから魔物が出てきてないことが分かり、安堵のため息をついた。


(ダンジョンから魔物が出てくるケースは珍しいから、外に出てきてないと思っていたけど、やっぱり確かめるまでは不安だったわ。外に出てなくて本当に良かった……次は、少し中に入りましょうか)


 コテージにあった、電池と手回しで点灯する電気ランタンを腰に2つぶら下げ、弓を片手に横穴に入っていく。しばらく歩くと急に天井が明るくなり、地面や壁ににあったおうとつがなくなる。少し奥に入っただけで、知能ある生物が手を入れた通路へと姿を変えた。


(人工型ダンジョン……それも古代遺跡かもしれない。あれは、魔物がゴーレムといった無機質が多いダンジョンだから少し厄介ね)


 エリーゼの予想どおり、曲がり角から通路の先をのぞくと、顔がのっぺりとした木製と思われる、身長1mほどの人形が立っていた。手には棍棒のような木の棒を持っている。


 今までの経験から、1階に出てくる敵はたした戦闘能力は持ち合わせていないと知っていたため、戦って戦闘能力を確認したい衝動にかられるが、ダンジョンで生き残るためには欲をかかないことが重要だと言い聞かせ、ゆっくりと後退してそのままダンジョンから外にでることにした。


 無事に外まで出ることができたエリーゼは右手に2mにもおよぶ魔力で作った赤い斧を作りだすと、近くにあった高さが10m、幅が1mほどもある木に近づき、慣れた手つきで伐採する。


 エルフは平地ではなく森のなかで過ごす種族であり、エリーゼは両親と住んでた頃に何度も伐採を経験していたため、慣れた手つきで切り倒していた。


 倒した木から太めの枝を切り取り、見た目を整えて簡易的な棒作り、横穴の入口を囲うように数10本立てる。足跡が必ず残るとも限らないので、万が一でも見落とさないために、エリーゼは柵によるフタをすることで、外から魔物が出ていないか確実に確認する方法をとったのだ。




「魔力の扱いには慣れた?」


 その日の夜。

 健人とエリーゼは、カルボナーラとサラダを食べながらお互いの成果を確認し合っていた。


「うーん。空いている時間は全て魔力操作の訓練にあててるけど、体の一部に魔力を集める操作は難しね……なんとなく少し動いたかな? と感じる程度しか成果がでてない……ちょっとめげそうかも」


 大抵の人間は、10日もあれば体内の魔力を感じ取ることができるようになるが、魔力を集める操作の習得は個人差が大きい。健人のように本格的に始めてから1日で動いたように感じとれるようになる人もいれば、数年かけてようやく動いたかなと感じられるようになる人もいる。


 魔法の訓練が早く終われば、ダンジョン攻略も早めにチャレンジできる。健人が早いタイプだったのはエリーゼにとって良い報告だった。


「初日でそれなら、かなり早い方ね。数日中には魔力を体の一部に集中させることができるようになると思う」

「そうだったんだ。それならもう少し頑張ってみる」


 エリーゼの言葉を聞いて安心したのか、健人はイスの背もたれによりかかって大きく息を吐いた。


「そっちはどうだった?」

「横穴のダンジョンに入ってみたけど、人工型だったわ。敵は私たちの世界ではウッドドールと呼ばれている木製の人形がいたし、おそらく木、石、鉄といった無機質——ゴーレム系の魔物がメインのダンジョンだと思う」


 廃墟であればスケルトンといったアンデッド系、森林であれば動植物や昆虫系の魔物といったように、ダンジョンの型によって出現する魔物の傾向は変わり、ダンジョン内で手に入るアイテムも異なる。


「生物を殺すより抵抗感が少なさそうでありがたいな……それに交配もできそうにないから、外に出てきても増える心配はないよね?」

「ううん。奴らは素材さえあれば自分と同じタイプの魔物を作り出すことができるから関係ないわ」


 中型以上の動物がほぼ存在しない無人島では、木や石を材料にして増殖するゴーレム系の魔物のほうが厄介なことに気づき、健人は大きくため息をついた。


「それに鉄といった素材で作られている場合、攻撃を与えるのに苦労するから、生物メインのダンジョンより難易度が高いといわれているの」


 魔力で作られた生物にも痛覚はあるようで、ダメージを与えればひるむし、出血によって動きが鈍ることもある。しかし、ゴーレムは痛覚もなければ出血もしない。さらには、鉱物系のゴーレムは物理攻撃に耐性があり、普通の武器では倒すことは難しい。

 攻略するためには魔法を自在にこなせる必要があり、魔法の扱いが苦手な新人ハンターにとって、人工型のダンジョンは鬼門とされている。


「……そうなんだ。世の中うまくいかないなぁ」


 良い話題が見つからず、天井を見上げてつぶやくことしかできなかった。


「地道に頑張りましょ。それとダンジョン攻略に必要そうな道具をリストアップしたから、本島に行ったときについでに買ってもらえない?」

「うん。なるべく早く揃えるよ」


◆◆◆


 翌日以降も同じような日々が続く。


 エリーゼは横穴に「ゴーレムダンジョン」と名付け、毎日通って、入口を塞ぐ立派な柵と出入り口用のドアや荷物置き場などを作り、最低限の環境を整えていた。


 その間もずっと魔力操作の練習をしていた健人は、訓練を始めて10日目。ついに、魔力を右腕に集中させることに成功した。


◆◆◆


 魔力操作を無事に覚えた健人は、コテージの前で魔法習得の最終段階の説明をうけていた。


「魔力操作の習得おめでとう。この後は魔法を放つ練習ね。前にも話したけど、魔法の種類は3タイプあって、習得できるタイプは個人によって違うの。私は創造系の魔法タイプなんだけど、健人は何のタイプなのか楽しみね」

「どうやって確かめるの?」

「魔力を出すことができるのは手のひらか足の裏で……今回は手のひらにしましょうか。水をイメージして右手に魔力を集めてから手のひらに勢いよく移動させると魔力が外にでるんだけど、そのとき、右手に魔力がとどまれば物に付与タイプ。水が出てきたら変換タイプ。魔力だけが放出されたら創造タイプね」


 付与タイプは魔力で肉体強化や武具を魔力で覆い頑丈にしたり特殊な効果を付与したりできる。消費魔力の少ないこのタイプの人間は、接近戦の武器を使って戦うスタイルになるか、魔力が付与された薬――回復ポーションといわれる即効性の高い薬や武具を作るスタイルのどちらかになる。


 変換タイプは魔力を、火、土、水、雷、光などの自然現象に変換し、それを操作することができる。覚えたての頃は動く砲台としてしか活躍できないが、変換の作業に慣れれば「剣で切った後に足元から魔法を放って地面から土の槍を放つ」といったことができるようになる。さらに、体を洗うための水を作ったり、火種が不要になったりと、汎用性の高い魔法だ。ちなみに、放出時にこめた魔力を使い切るとと魔法で作り出した水や火は消えてしまうので、飲料水として使うことはできない。


 最後の創造タイプは変換タイプと似ているが、剣や槍といった人工物にしか変換できなうえに、操作することができない。さらに創造している間は体内の魔力が減り続けるので、武器として長く携帯することはできない。「必要な時に創造して敵に当たったら消す」といった、エリーゼの矢のような使い方が理想的だ。その代わり、魔力が許す限り様々な効果を付与した武具を作ることができる。


 これらの魔法タイプは生まれつき決まっていて変えることはできない。さらに、複数のタイプを持つことはできない。魔法タイプによって戦い方や戦略が大きく制限されてしまうので、ダンジョン攻略のパーティを組む上で重要な要素だった。


「なるほど。それは分かりやすい。早速、試してみるよ」


 健人はエリーゼから少し離れると目をつぶり、すでに慣れ親しんだ魔力を右腕に移動させる。今まではそこで終わらせていたが、その集めた魔力を水だと意識してから、前に突き出した手のひらにまで勢いよく魔力を移動させる。

 すると水が勢いよく飛び出し、健人の正面にあった木に当たると、表面が削れて大きく揺れた。


「健人は魔力を変換タイプのようね。私とのバランスを考えると付与タイプがよかったんだけど……威力は申し分ないしなんとかなるかな。さて、もう少し魔法に慣れて欲しいから、もう少し変換する訓練をしてもらえるかな?」


 魔法らしい魔法を使えた喜びと驚きで放心していた健人は、エリーゼの言葉が頭の中に入っていなかった。


「ねぇ。聞こえてる?」


 いくら待っても返答がこなかったので、呆れた顔をしながら近寄って頭を軽く叩く。だがいまだに、放心から立ち直れない健人は、視線だけをエリーゼの方に向けるだけの反応しかできなかった。


「魔法を出すまで10秒ぐらいかかってたけど、実戦では2秒以内。できれば私のように1秒で魔法が発動できるように練習して欲しいんだけど、やれる?」

「あぁ……頑張るよ」


 健人は視線をエリーゼから己の手のひらに戻す。


「あれが魔法……俺が使った魔法。本当に魔法が使えるようになったんだ……」


 魔法が出せたことが信じられないようで、動けないままつぶやいていた。

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