第7話 エルフはそろそろ本島に行く

 7日間かけて5秒までは短縮できたが、そこから先に進むことができず、健人は焦っていた。


 エリーゼの出した「2秒以内に魔法を発動させる」目標が途方もなく遠い。

 健人は、5秒という大きな壁を乗り越えられずにいた。


「何度繰り返しても水を出すまでのスピードが変わらない。どうすれば5秒の壁を乗り越えられるかな?」

「5秒の壁ね。私たちの世界でも似たような話はあったわ」


 リビングで「サルでもわかる数学・高校一年」を読んでいたエリーゼは本を閉じて、目の前で困った表情をしている健人の方を向いて話を続ける。


「最初は順調だったのに突然、思うように成長できなくなった。私も同じような経験をしたことがあるし、焦る気持ちは理解できる。でも、焦っても仕方がないよ? 私が解決した方法を試してみましょうか。ゆっくりでもいいから、着実に実力をつけましょ」

「時間をかけて教えてもらえるのは嬉しいんだけど……大丈夫? さっさとゴーレムダンジョンにいる魔物の数を減らした方がいいんじゃない?」


 健人はダンジョンが出てくるファンタジー小説によくある、ダンジョン内の魔物の数が増えすぎた結果、大量の魔物が外に向かって出てくる「氾濫」を危惧していた。


「なんで? ダンジョンの魔物を放置しても、ある一定数を超えると増えなくなるの。そもそも入り口を封鎖されたダンジョンは、生物が入れないから、魔力を作る原料が補充できずに枯れてなくなってしまうだけ。動物が食事をしなかった結果、飢えて死ぬようにね。もちろん例外はあるけど、今は心配しなくても大丈夫よ」


 ダンジョンは、死体を取り込んで魔力を作り大気中にはきだす。

 ある程度の魔力を持ってダンジョンは生まれてくるが、死体から魔力を補給しなければ、生まれた時にもっていた魔力が減ってしまい、長い年月をかけて徐々に枯れていってしまう。


 環境の厳しい場所でダンジョンが発生した場合は、その性質を利用して出入り口を鉄などで埋めてしまい、魔物が外に出ないようにフタをして放置するケースもある。


 エリーゼにとっては、健人の懸念は的外れだった。


「魔物が氾濫するわけじゃないんだ。それは良かった」

「それ、どこで手に入れた知識よ……。少なくとも、私たちの世界ではそうだったわ」


 エルフの菜食主義といい、たまに変な勘違いをする健人の知識の出所について疑問に思いつつも、5秒の壁を乗り越えるための具体的な提案をすることにした。


「話を戻すけど、壁を乗り越える手段として、使える魔法の種類を増やす方法があるんだけど試してみる? 健人は水しか出したことがないけど、土や氷といったもので壁を作ってみたり、照明の代わりに光の玉を出し続けたりといった感じで色々な魔法を使えば、それだけイメージする力が養われるし、魔力を操作にも慣れるからオススメよ」


 同じ魔法を使い続けてイメージ力と魔力の操作に慣れる方法もあるが、それが上手くいかない場合は、逆に多種多様な魔法を使ってイメージ力と魔力の操作を鍛える方法もある。訓練する人によって相性があるだけで、この2つの方法に明確な優劣はない。


「やってみる! これから夜の照明は俺の魔法で代用するよ。あとはお風呂を温める火も俺の魔法を使うか。それと昼間は外で壁を作る練習と……」

「それでもいいんだけど、物を投げてもらって壁を作って防ぐ、動いている物に狙いをつけて魔法を放つといった、実戦を意識した方法もオススメよ。私も手伝ってあげるから試してみない?」

「それはよさそう! 明日から頼むよ!」


 魔法を使うプロのオススメだ。健人は、疑うことなくすぐさま意見を取り入れることに決めた。

 方針が決まった翌日。

 午前中はエリーゼと一緒に実戦を想定した方法で訓練を始めた。


「いまから投げるわよ!」

「よろしく!」


 エリーゼが健人に向かって木の棒を投げる。

 それを防ぐために氷の壁を目の前に出現させるが間に合わず、健人の横を通り抜けてしまった。

 変換タイプは、氷や岩などを壁のように出現させて攻撃を防ぐのが一般的である。今回はエリーゼのオススメにより氷の壁をつくって木の棒を防ごうとしていた。


「まだまだね。次は空に向かって石を投げるから、魔法で攻撃して」


 エリーゼが斜め上に石を投げる。

 健人は槍状に形を整えた氷を石に向けて飛ばすと、石にあたり遠くに吹き飛んで行った。


「よし!」


 さらに同じことを10回続けた結果、9回は同じように当てることができ、健人は低下し続けていた訓練のモチベーションが再び向上させることに成功していた。


「魔法を対象に当てるのは上手いわね……」


 投げて飛んでいる石をボールで当てようとして同じことをしても意外に当たらないものだ。魔法であればさらに難しい。

 それが、覚えて間も無い健人が何回も当てられるのだ。エリーゼが高い命中力に驚くのも無理はない。

 体内にある魔力の知覚、放出した魔法の操作。健人はこの2つに特別な才能があるのかもしれない。そう感じられずにはいられなかった。


 午後になるとエリーゼは部屋にこもって本やテレビで、この世界の情報を集めていた。


 一方、健人は、一人で訓練できる「光の玉を複数出現させて操作」する訓練を始める。2個、3個と順調に増やし、自身の周囲を回るように操作をする。最終的には5個の光の玉を同時に操作することに成功していた。


 さらに調子に乗った健人は、光の玉を操作した状態で動き回ることにした。

 最初は歩きながら、途中から走ったりジャンプしたり、さらには棒を持って振り回すなどの激しい動きをする。最初のうちこそ光の玉と体を同時に動かすことはできなかったが、2時間も練習していると、自由自在に動かせるようになっていた。


「意外に簡単にできるもんだな」


 コテージの近くに戻ってきた健人が、今日の訓練を振り返ってつぶやくと、不意に後ろからエリーゼの声が聞こえた。


「普通、すぐにはできないから……」


 本を読んでいたエリーゼはなんとなく外が気になり窓からのぞくと、走りながら光の玉を複雑に動かしている健人の姿が目に入り、驚いた勢いで本を落としていた。それほどまでに健人の操作力は高く、その技術だけ見れば熟練の魔法使いと遜色無いレベルだった。


「光の玉を5つ出して、さらに身体能力を強化してたみたいだけど、体内の魔力は減ってない?」


 魔力を貯める器は、大気中の魔力を吸収する量、吸収した魔力を貯める量・体内に魔力を循環させるスピードの3つの視点から性能が評価できる。その能力を測る道具はエリーゼの世界はあるが、この世界にはない。そのため健人の器を正確に評価することはできないが、吸収量と貯蓄量は間違いなく一級品だと予想していた。


 実際、魔力を貯める器が平均的な人間が、健人と同じ訓練をしていたら、魔力を吸収する量より放出する量の方が上回り、30分も経たずに魔力を切らしてしまうだろう。


 健人は発動に時間がかかる一点だけを除けば、一流の魔法使いと同じレベルまで到達していた。


「うん。減ってないね。このぐらいならずっと使い続けられそうだよ」


 今の一言で、エリーゼは危機感を覚える。


 この世界には最低でも1つダンジョンがある。

 エリーゼの世界と同じダンジョンであれば、最下層に異世界に行く結晶があり、エリーゼの世界に通じている可能性がある。


 それは新しい世界、新しい国、新しい人間との出会いを意味する。


 運良く友好的な関係が築ければ問題無いが、侵略戦争に発展する可能性は少なからずある。いや、国、文化、人種、宗教が異なるだけで人は争う。世界が違うことを考慮するのであれば、戦争が起こること可能性は高いだろう。


 そして戦争が起きたとき、魔法というアドバンテージがなければ、科学と高レベルの魔法を扱うこの世界の住人に負けてしまうことは疑いようもないだろう。


「そう……それはすごいわね……」


 ここにきて、2つの世界が行き来できる可能性に気づいてしまった。


 エリーゼにとって故郷となる前の世界は未練はないし帰りたいとも追わないが、だからといって破滅してほしいとは思っていない。ゴーレムダンジョンを探索して最下層まで到着し、仮に元の世界と行き来できることが判明したら、こちらの世界にあるダンジョンを枯らしてしまった方が良い。特に世界平和だけを望むのであれば。


 健人の話を聞きながらそのようなことを考えていたエリーゼは、先ほど返事をした時のように、難しいそうな表情をして一言返すので精一杯だった。


◆◆◆


 エリーゼが危機感を覚えてから数日後、無人島を購入する数ヶ月前にクルーザーを手にしていたため、そろそろメンテナンスにだす時期が近づいていた。


 船底についたフジツボの除去や塗装、さらにエンジンなどの点検も含めて一度、整備施設が整ったマリーナに遠出する必要があった。

 この無人島から数時間でいけるものの、メンテナンスの時間も考えると最低でも本島で一泊しなければいけない。


 整備やホテルの予約といった準備は全て終わっているが、本島に行ってから問題が起きたときのことを考えると、なかなか言い出せずにいたが、魔法を丁寧に教えてもらったお礼もかねて、健人は思い切って話すことにした。


「エリーゼ。明後日、本島にある工場でクルーザーを預けてメンテナンスをする予定なんだけど一緒に来る?」

「え? 大丈夫なの?」


 思いもよらない提案に、エリーゼは驚いた顔をする。


「メンテナンスには時間がかかって本島で一泊しなければいけないんだ。さすがに一人っきりで留守番させるのも気が引けてね」

「気を使ってくれるのは嬉しいんだけど、耳はどうする?」


 そういってエリーゼは自分の両耳をつまむようにして、とんがっている耳の存在感を主張した。


「食料の買い出しをしたときに、耳を隠せる帽子を買っておいたんだ。ちょっと持ってくるから待ってて」


 数分後、つばが下に伸びているキャペリンという紺色の帽子を持ってきた。


「かぶってみて」


 言われるがまま帽子を手に取り頭にかぶる。


「うん。耳が完全に隠れているね。顔も外からでは見えにくくなってる。これなら大丈夫」


 健人はエリーゼを見ながら一周すると頷き、ポケットから手鏡を取り出した。


「自分の姿見る?」

「準備がいいのね。ありがとう」


 エリーゼは手鏡を見ながら顔を左右に動かし、角度を変えて、耳の様子を確認していた。一通り見て満足すると、髪を後ろに束ねたり、帽子の中にしまいこんだりして、新しく手に入れたアイテムをどう使えば似合うか試し始めた。


「エリーゼ。ファッションチェックは後にしてもらえないか?」


 健人は苦笑いしながら話を続ける。


「今は、本島に行った時の話をしたい」

「ごめん。ちゃんと話を聞くね」

「耳を隠しても、白人系の外国人に見えるエリーゼは日本では目立つ。だから絶対に一人で行動しないでほしい。あと、警察に見つかると厄介なことになるから、夜出歩くのも禁止だ」

「警官ね……国の犬どもには気をつけないとね」


 エリーゼの世界にも警官と同様の役割を受け持つ警備隊がいる。だが、仕事柄荒くれ者が集まりやすいハンターとは非常に相性が悪い。嫌がらせのように留置所に連れて行かれたり、賄賂を要求されたりと、良い思い出がない。

 そのため、会ったことがない警官のイメージも最悪だった。


「あとは、日本語がしゃべれない外国人だということにして、会話は俺に任せてほしいんだ」

「それはいいけど、話しかけられたらどうするの?」

「俺がフォローするし、笑顔で手を振れば話が通じないと思って去っていくさ」

「そんなものかしらね」


 エリーゼは楽観的に考えすぎているようにも感じたが、この世界のことは自分より健人の方が詳しいと思い、納得することにした。


「それでクルーザーを工場に預けてから何をするの?」


 期待のこもった眼差し。

 エリーゼは、その言葉がぴったりと当てはまるほど目が輝いていた。


「ご飯や買い物だけだと楽しくないだろうし、有名な観光地をいくつか紹介するよ」

「それは楽しみね! 私、お城を見てみたいの! いけるかな?」

「お城? どうしても見に行きたい?」

「ええ。本島に行くのであれば絶対に見に行きたいと思ってたの」

「車を借りればなんとかなると思うから、見に行こうか」

「さすが健人! 話がわかるわね!」


 健人の背中を軽く叩くことで喜びを表現しているエリーゼの声を聞きながら、健人は当日予定を考えていた。

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