第5話 魔力の発生源
「ただいま」
「おかえりなさい……大量に買ったみたいね」
テレビを見ていたエリーゼは、健人が帰ってきたのに気づいて振り向き、その荷物の多さに呆れていた。
「そのほとんどは、エリーゼのものだからね。それで探索した結果はどうだった?」
「人がいた形跡はなかったから、多分、こっちの世界には来てないんだと思う。あ、健人は気にしないでいいからね。ハンターなんて危険な仕事しているぐらいだから。私たちのパーティって結構ドライな関係だったのよ」
ハンターのパーティは大きく、家族のように仲が良いパーティと、目的のためと割り切って組むパーティの2つに分けられる。エリーゼのパーティは後者であり、今日1日の探索で義理は果たしたと考えていた。おそらく、向こうに残ったパーティメンバーも同様の考えだろう。
命のやりとりが日常になっている生活では、そういった割り切りも生き残るためには必要であった。
「それより今はこっちの方が大事。お金は大丈夫だったの?」
「面倒を見るって、約束をしたからね。このぐらいなら問題ないよ」
「ありがとう。このお礼は魔法の使い方を教えることで返すわね。さっそくだけど、買ってきたものを見せてもらってもいい?」
エリーゼは座っていたイスから立ち上がり健人に歩み寄る。その表情は笑顔であり、好奇心が抑えきれていないようだ。
荷物を受け取ろうと健人の肩にかけてあるバッグに手を伸ばすが、本人も気づかないうちにかなり接近していたようで、女性特有の甘い匂いが感じられるほど距離は縮まっていた。
「ちょ、ちょっと待って! テーブルの上に広げるから」
無防備に近寄ってきたエリーゼから慌てて距離を取り、テーブルにバッグを素早く置いて中身を取り出した。
「これがエリーゼの服。とりあえずお店に置いてあったのを一通り買ってみたんだけど、どう?」
「服に使っている素材はだいぶ違うけど、私の世界と似たような形をしている……姿形はほとんど同じなんだし、当たり前といえば当たり前ね」
健人が取り出した服を一つ一つ丁寧に触って質感を確かめてから持ち上げ、じっくりと服全体の構造を確認していた。
「でも、なんとなくだけど、この世界の服は露出度が高い気がするかな」
エリーゼの指摘は正しい。
彼女の世界には、ダンジョンの外でも魔物が徘徊している。人類に仇なす魔物に、いつ襲われるのか分からない。そんな世界だからこそ、服も露出度が低く頑丈なものが、一般市民には好まれていた。
「異世界との違いを考察するのもいいけど、デザインはどう? 気にいるのある?」
健人にとって異世界との違いなどどうでもよく、エリーゼが気にいる服があるかどうかだけが気がかりであった。しばらく待っても、自分が着る服として評価されないことにしびれを切らして、不本意ながら直接、本人に聞いてしまった。
「うーん。やっぱりヒラヒラしている服は動きにくいから、これとが好きかな。でも、デザインはどれも素敵ね」
そう言って手に取ったのはジーンズとTシャツだった。健人は、それらを身につけたエリーゼが、笑顔で微笑んでくれている姿を妄想してしまったが、すぐさま首を横に振り邪な考えを振り払うと口を開いた。
「なるほど。次にまた服を買う機会があったら、動きやすい服を中心に買うよ。ジーンズは一つしかないし、しばらくはスカートも履いてもらえないかな?」
「せっかく買ってもらったんだし、そのつもりよ」
「それはよかった……ちょっと言いにくいんだけど、下着はリュックに入れているから、それは後で見てもらえるかな?」
「え? ああ……気を使ってくれてありがとう」
少し気まずそうに下着のことを伝えると、背中に背負っていたリュックをおろしてエリーゼに手渡した。
彼女は、下着を買ってもらえるとは思っていなかったため、受け取ったもののすぐには次の言葉が見つからず、二人とも見つめ合うようにして黙ってしまった。
「……あ、あと何を買ってくれたのかな?」
そんな気まずい雰囲気を変えようと発言したのはエリーゼだった。女性に気を使ってくれた健人に、これ以上の迷惑をかけたくないと思ったため、なんとか空気を変えようと無理やり言葉を口にした。
「え、うん。あとは本を買ってきたから見せるよ」
肩にかけてあるバッグから歴史書から図鑑といった10冊の本を取り出し、さらにタブレットまで取り出した。
「動植物の図鑑と歴史書。あとは科学の本がこれで、エルフが出てくる小説はこのタブレットに入ってるよ」
「タブレット?」
「この板みたいなものを操作すると、小説が読めるようになっているんだ。これから使い方を説明するから聞いてもらえる?」
電源の入れ方、操作方法などを一通り説明してからエリーゼに渡して、健人が操作した時と同じように動かしてもらう。
余計な説明は混乱を招くと考えた健人が、ローカル作業のみに絞って説明をしたのがよかったのだろう。充電といった基本的な仕組みや、本を読む程度の簡単な操作を説明したら、エリーゼはすぐに覚えることができた。
「これ、すごいわね……板の中に何冊もの本があるなんて……そこに置いてある図鑑もここに入れられるの?」
「専用の機材が整っていたらね。ちなみに今はできないよ」
「そうなんだ……ちょっと残念だけど、無いなら仕方がないわね」
エリーゼは、電子化できないことに失望することもなく、おもむろに動物図鑑を手に取って、パラパラとページをめくる。
「私の世界にもいるような動物が多い。世界が変わっても似たような動物が生まれるのかな?」
「もしかしたら、偶然似ているだけかもしれないよ?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。私にとっては似ているってことがわかっただけで十分よ」
「しばらくこの状態だよね? これから晩ご飯を作るから、本を読みながら待ってて。あ、そうだ今更だけど、食べられないものってある?」
「うーん。食べられないものは無いわ。私の好みは気にしないで作って」
「エルフだからって菜食主義じゃないんだね」
「なにその偏見……しかして、エルフが出てくる小説の受け売り?」
「そんな感じ」
そう言って健人は肩をすくめると、台所に移動して料理を始める。
今回は、豚の生姜焼きを中心にした献立だ。
まずは醤油をベースに砂糖、みりん、料理酒、生姜を混ぜたタレに豚肉を入れて浸す。その間に玉ねぎを炒め、キツネ色になったら豚肉を入れてさらに炒める。最後につけていたタレをいれれば完成だ。あとは、キャベツのみじん切り、豆腐の味噌汁、ご飯などを用意してからダイニングに向かう。
お盆にいれてダイニングに戻ると、突然、興奮気味のエリーゼに飛び跳ねるように詰め寄られた。
「健人! この科学ってのは、すごいね! なんで空気の成分を調べようと思ったの? 重力って、存在に気づいたのもすごいわね!」
エリーゼの世界には魔法があり、火は「空気中に魔力があれば燃える」など魔力を使って説明され、広く信じられていた。
一概に全てが間違っているわけでもないが、例にあげた火については地球と同じ、空気中に酸素があれば燃える現象だ。他にも魔法でできるからと思考停止した結果、間違った知識が蔓延し、地球のように科学が発達していなかった。
そんな世界の住人に科学の説明をすれば、エリーゼのように世界の秘密を見つけたと興奮するか、逆に嘘だと否定するかのどちらかに分かれるだろう。
「落ち着いた人だと思ってたけど、意外と子どもっぽいんだな」
「あ!」
朝の仕返しとも言わんばかりに、健人はエリーゼにからかわれた言葉をそのまま返した。
「……今なら健人が言ってたこと分かる気がする。夢の実現、未知なるものとの出会い、刺激的なできごとは人を子どもに変えてしまうのね」
「また急に真面目になったね……。まぁ、せっかく作った料理が冷めちゃうし、そろそろご飯を食べよう」
健人は、ずっと手に持っていたおぼんをようやくテーブルに置くことができた。
お互いに向き合う形でイスに座り食事を始める。
「今日の献立は、豚の生姜焼き、ごはん、味噌汁、サラダ。豚の生姜焼きは、ごはんと一緒に食べて」
エリーゼは言われるがまま、フォークで豚の生姜焼きを口に入れる。
「あなたの世界の食事は豊かね……。料理については完全にこっちの世界の方が美味しい」
「へー。エリーゼが住んでいた世界の食事ってどんなものだったの?」
「固いパンに固い肉を焼くかスープにするといった単純なものが多いわ。味付けは塩が一般的で、香草が入っていれば少し贅沢をしたなって思える程度の食事よ。健人が作ってくれた食べ物とは、比べ物になはらないほど不味くて面白みがないわ」
「なんで料理技術が発展していないか興味は尽きないね」
「私は、なんでこんなに発展しているのか知りたいぐらいよ」
1人では決して経験できなかっただろう、穏やかな食事をしていたが、食事も後半にさしかかりそろそろ本題に入ることにした。
「実は、魔力の発生源について相談したいことがあるんだ」
知り合ったばかりの2人の話題は尽きない。何気ない会話をもっとしていたいと思っていた健人だったが、意を決して魔力の発生源について相談をすることにした。
「このコテージの裏側から少し歩いたところに、横穴があってその付近にある魔力が濃かったんだ。これって横穴が魔力の発生源ってことかな?」
エリーゼは手に持っていたフォークを置いて、健人を真剣な眼差しで見つめた。
「……穴の中に入った?」
「見つけた時は日が落ちる寸前だったし、エリーゼに相談してからの良いかなと思って、その場で入るのは諦めたよ」
「良い判断ね。私たちの世界には魔力が満ちてるといったけど、その発生源はダンジョンだといわれている。この世界にない魔力の発生源……間違いなく横穴はダンジョンよ。入ったら健人は死んでたわ」
「え……マジ?」
「ええ。ダンジョンで生まれた魔物は侵入してきた生物を殺して、死体をダンジョンに吸収させ、魔力に変換することを目的として活動をしているの。健人が中に入れば、あなたをもてなすために魔物が集まってきたはずよ。ちなみに変換した魔力は、魔物を生み出したりダンジョンを成長させたりするのに使われていると言われているわ」
ダンジョンは人を寄せ付けるエサとして、魔力をまとった道具を通路などに出現させる。そのなかには、斬撃を飛ばす剣や魔法の威力を下げる盾といった魔法的効果がかかっている武具など、人の欲を強く刺激するものもある。
また、ダンジョンに住んでいる魔物は倒せば霧のようになくなる。そのさい、魔物の心臓である魔石や魔力をまとった爪といった、体の一部が残る場合がある。
ハンターは魔物を倒した後に残る素材と魔力をまとった道具を探すためにダンジョンに入り、一部はダンジョンの養分として吸収される。エリーゼの世界では、そんなゆがんだエコシステムが成立していた。
「入らなくてよかった……ちなみに、ダンジョンの魔物って外に出てくることあるの?」
「めったに出てこないけどあるわよ。私たちの世界では、外にも魔物が徘徊しているんだけど、それらはすべて、ダンジョンから出てきた魔物の子孫だと言われているわ」
ダンジョンから出て外の動物と交尾もしくは類似する行為をして、その結果、子どもが生まれて生態系に組み込まれてきたが、自然界で生まれた魔物とダンジョンの魔物には大きく2つの違いがあった。
1つ目は、自然界で生まれ育った魔物は肉体を得ているので死ぬと死体が残る。2つ目は、知能が発達しているため、同じ魔物でもダンジョン生まれより強い。
「もしかしたら、この島が魔物天国になる可能性もあるのか……」
外に出た魔物が普通の動物を駆逐してしまい、周辺が魔物だらけになることは珍しくはない。よって、「ダンジョンから魔物が出てきて、子どもを作った場合」という前置きがあるが、健人が感じている懸念は、あながち間違えとはいえない。
「天国……私たちにとっては地獄だけど、面白い表現。可能性は低いけどありえるわ。実際、私の世界では魔物天国になった森があるぐらいだし。そうしないためにもダンジョンを調査しましょうか」
「それは俺も参加していい? 危険なのはわかっているけど、興味がある」
「生まれたてのダンジョンだし、魔法を使えるようになればなんとかなるわ。ダンジョンを調査する前に魔法を使う訓練をしましょうか」
足手まといになる可能性が高い健人の同行を許可したのには理由がある。遠距離攻撃が主体のエリーゼには、前衛が必要だからだ。
メイン武器が弓の彼女は、距離が開いていれば余裕を持って倒せる魔物も、至近距離からでは苦戦してしまい、最悪負ける可能性さえある。
自身の生存率と命の恩人である健人のお願い。この2つがうまく折り合いがついたので、魔法を訓練する提案をした。
「それはありがたいんだけど、訓練してる余裕ある?」
「合間を見て私が事前調査しておく。ダンジョンの型や魔物の種類も確認しておきたいしね」
ダンジョンは自然型と言われる洞窟や森林が舞台になっているものもあれば、人工型と呼ばれる廃墟や城が舞台になったものもあり、それに合わせて攻略に必要な道具も変わってくる。
ダンジョンを攻略する前には入り口付近を簡単に調べて、ダンジョンの傾向を把握しなければならない。事前情報のないままダンジョンに入るのは自殺行為だ。
「そっか、それなら早くダンジョンに行けるように頑張るよ」
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