第4話 本島でのお買い物

 ハンドルを握り、青空の下、大海原を疾走する。

 今日の波は穏やかで、目的地の港は目視できる距離で迷う心配もない。

 さらに健人は、金に物を言わせて最新式の機材を購入したため、運転席の近くにあるモニターは、現在地を表示する地図を表示していた。万が一、どこかに寄り道をしても迷うことはないだろう。


(エリーゼの面倒を見ながら魔法を覚えて、魔力の発生源を調査する。退屈な無人島生活になると思っていたけど、人生何が起こるかわからないな。これからの人生が楽しみになってきた)


 クルーザーは順調に本島の方に進んでいたが、健人の心は無人島の方を向いていた。

 成り行きで生活の面倒をみることになったエルフ、先ほどの身体能力強化の魔法、そしてなぜかコテージ付近にある魔力。人生30年目にして、カジノの大当たりを超える大きな転機が訪れていることを予感していた。


 運転して訪れたのは小さな漁港だった。

 健人はここの漁協組合に毎月一定額を支払い係留する権利を得ていた。漁船が集う港に一台だけある大型クルーザーが異様な存在感を放っている。


「よう健人。もう、人が恋しくなって帰ってきたか?」


 健人は不意に背中を思いっきり叩かれる。危うくバランスを崩して倒れそうにそうになったが、魔力を身体中に流してなんとか踏みとどまることができた。


 海の男特有の荒々しい歓迎をした工藤は、港の組合長であり、日焼けした浅黒い肌とハゲ頭を隠すようにかぶっている帽子が似合う。健人とは異なり漁港で生まれ育った工藤は、腹筋がしっかり割れ、初老にさしかかったとは思えないほど、男らしい男性だった。


「もう少し強く叩かれていたら倒れてましたよ。次からは普通に声をかけてもらえませんか?」

「あのぐらいで倒れるわけがないだろ。都会っ子は大袈裟だな」


 そう言い放つと「ガハハ」と効果音をつけたくなるほど、工藤は豪快に笑っていた。


 元都会っ子であるため、田舎に住んでいる人との距離感や取り扱いに慣れてない健人は、工藤をはじめとした漁協組合の人との関係に悩んでいた。こちらとしてはビジネスライクな付き合いをしたいのに、どうやっても探りを入れてくる。そしてそこで得た情報は、SNS顔負けのスピードで漁協組合内に共有されてしまうのだ。


「で、どうなんだ?」

「生活に必要な道具が足りないことに気づいて、買い出しに来たんです。やっぱり住んでみると色々と欲しいものが出てしまいますね」


 馬鹿正直に、「エルフの面倒を見るために買い出しに来ています」とは言えないので、もっともらしい理由で話をはぐらかした。


「そりゃぁ、ご苦労なこった。精々頑張りな」


 来た時と同じように健人の背中を叩くと、あっさりと健人を解放して漁船の方に向かって歩いてしまった。


「……タクシー乗り場に向かうか」


 釈然としない気持ちを抱えたまま、健人も歩き出す。

 無地島生活に車は必要ないため、クルーザー以外の乗り物は持っていない。漁港から少し離れた場所にあるタクシー乗り場まで移動すると最寄りのイ○ンまで移動した。今回の買い物は全てイオ○で済ますつもりだ。


 ○オンに着いてまず始めに向かったのは鞄屋。ここで大型のリュックを1つと、肩がけのバッグを2つ購入し、電子書籍を購入するため、すぐさまイ○ン内にある電気屋に向かった。


「すみません。このタブレットをください。4G回線契約もお願いします」

「こちらの商品ですね。回線契約の準備をしますので、こちらでお待ちください」


 健人は、自他共に認める成金だ。

 無人島やクルーザーを勢いで買ってしまうほど、お金の使い方はうまくない。今回も値段を見ずに有名だからといった理由だけで、日本で最も売れているタブレットを購入していた。


 店員の説明に従って契約が終わるとそのままフードコートに移動して、箱からすぐに取り出し、タブレットの電源を入れて素早く初期設定を終わらせる。移動が続き疲れていた健人はカフェに入り、休憩がてら電子書籍を購入することに決めた。


 一通りの準備が終わると、電子書籍のアプリを開いてエルフが登場する作品を選び始めた。


「やっぱり呪われた島と指輪の小説は外せないな……あとは一応、エルフか異世界人が日本に来る小説も選んでおくか」


 特にライトノベルでは、エルフが登場する作品は多い。

 夕方になる前には無人島に戻らなければいけないため「オークに襲われるエルフ」といった明らかに地雷だと思われる小説を除き、中身をほとんど確認しないで購入していた。


「設定から購入までで1時間たってる……。時間がない、早く服を買いに行こう」


 ここで言っている服は、もちろんエリーゼ用だ。

 健人は特に意識することなく、堂々と女性向けのファッションショップに入ると、事前にメモをしていた背丈などのサイズを参考にして、ワンピースに始まりジーンズ、Tシャツ、キャミソールなど20着以上の服を選んでレジへと向かう。


「プレゼント用に梱包してください」

「プ、プレゼント用ですね。少々お待ちください……」


 サイズを確認しながらゆっくりと商品を確認していた健人だったが、選んだものが増えるたびに店員の目が気になり始め、大量に購入したのを「誰かにプレゼントするために大人買いをした」と演出するために、梱包を依頼してごまかしていた。


 梱包が終わると持っていた空のバッグに詰め込むと、いよいよ覚悟を決めてランジェリーショップの前にまで移動する。


「彼女用の下着を購入、彼女用の下着を購入、彼女用の下着を購入」


 自分自身に言い聞かせるようにつぶやいてから、覚悟を決めて勢いよく店に入り、商品には目をくれず、店員に向かって一直線に歩いていく。


「すみません。彼女に下着をプレゼントしたいんですが、アドバイスしてもらえないでしょうか?」

「はい。プレゼント用ですね。彼女さんは、どのような方でしょうか?」

「白人系の外国人で、髪は金髪です。背はやや高めで細身ですね」

「年齢はいくつぐらいでしょうか?」


 年齢を聞かれて健人は、言葉が詰まってしまった。聞いてなかったうえに相手はエルフだ。数百歳だとしてもおかしくはないだろう。正確な年齢を伝えることができない以上、見たままの年齢を伝えることにした。


「……20歳です。成人のお祝いとして贈ろうと思ったので」

「それは、おめでとうございます。新成人の方でしたら、大人の女性を象徴する黒系がオススメですね。あとは春ですし、水色といった淡い色もオススメです」

「では、そのオススメを全部ください」

「え? 全部ですか? わ、わかりました。カップサイズを教えてもらえますか?」


 健人は、この質問で最大の失敗に気付く。


(やばい下着を買うことばかり考えてて、エリーゼの胸のサイズを聞くのを忘れていた。いや、気づいてたとしても女性に胸のサイズを聞く度胸は持ち合わせていないぞ……どうしようか……)


 回答が遅れれば店員に不信感を与えてしまう。

 目をつぶりエリーゼが仰向けで倒れていた姿を思い浮かべる。


(あの時の胸の大きさからして、Cぐらいはあったかもしれない。でも、仰向けの状態だと重力で押しつぶされて少し小さく見えていたのでDの可能性もある。いや見間違えただけで、もしかしたらBという可能性も捨てきれない……もしかしたら隠れ巨乳でE以上の可能性も捨てきれないぞ!)


 女性との付き合いが豊富であれば外見からサイズを予想できたかもしれない。だが、残念ながら健人は女性とほとんど付き合ったことがないため、どんなに考えても結論は出なかった。


 すぐに回答が出てくると思っていた店員が不審に思い始めたころになって、ようやく口を開く。


「A〜Eまでのサイズ違いをすべて下さい」


 健人の出した答えは、「分からないのであればすべて買う」だった。


(もうこうなったら、女性の下着が好きな変態男のレッテルを貼られてもいいや。まずは、エリーゼの着替えを手に入れる方が重要だ)


 そんな一波乱があったものの、無事に下着を購入してランジェリーショップから出ることができた。


「もう女性の下着なんて二度と買わないぞ……あとは本と食料を買って終わりだ」


 緊張のあまり体力を使い切った健人は、ベンチに座って休みたいと持っていたが、暗くなる前に戻らなければいけないため、そんな暇はない。

 疲弊しきった重たい体に鞭を打って本屋へと向かうことにした。


「歴史の本、社会の本、小学生向けの科学の本……あぁ……あと、図鑑もあった方がいいな。海の生物と、陸上の生物、あとは植物、昆虫あたりを買っておけば満足してくれるかな」


 エリーゼとの会話で、異世界にはタブレットのようなデバイスは存在しないことは確認していた。常識を学ぶ上で必要な情報は紙の媒体にして、携帯性より読みやすさや全体的な利便性を優先したほうがいいと考えた結果、健人は必要そうな本を端から購入していた。


 一通り必要なものを購入したあとは食料や飲料水を購入すると、重い荷物をひきづるようにしてタクシーで再び港まで戻る。


 時刻は16時。

 無人島のビーチには明かりがないため、日が落ちてからクルーザーをさん橋に係留するのは困難だ。免許とりたで、素人に毛が生えた程度のテクニックしか持たない人間なら、不可能に近いだろう。


 重い荷物を軽々と持ち歩く姿を見られたら、何を言われるかわからない。はやる気持ちを抑えながらも、健人は覚えたての身体能力強化を使うことはなかった。


 多少時間はかかったが、フラフラと歩きながらクルーザーに乗り込み、日が暮れる前に無人島にまで到着することができた。


「まだ、1日しか過ごしていないけど、我が家に帰ってきたって感じがするな」


 濃厚な1日を過ごしたためか、それとも土地を買った所有感があるためか、コテージだけではなく無人島全体が「我が家」のように感じていた。


(もう他人の目を気にする必要はないし、身体能力強化の実践をしますか)


 見えない器から魔力を取り出して体全体に行き渡らせて試しに垂直跳びをすると、朝と同じようにジャンプ力が上がっていた。


「よし。問題なさそうだ」


 身体能力が強化していることを確認した健人は、荷物を体につけてそのまま走り出した。歩かず走ったのは、身体能力を向上させたまま激しい運動ができるか見極めたかったためだ。

 昨日はエリーゼのペースに合わせてゆっくりと歩いていた道を、全速力で走り抜ける。息切れすることもなく、動体視力も向上しているのか、障害物となる枝にぶつかりそうになったら軽くかわす余裕すらある。

だが、しばらく走っていると、徐々に体から力が抜けていくような感覚に陥った。


 健人は立ち止まって目を閉じて体内の魔力を感じることに集中する。すると、先ほどより体内にうごめく力が弱くなっていることに気づいた。


「これが体内から魔力が抜けていく感覚か……」


 エリーゼの世界において、一流の魔法使いは体内の魔力の変化に敏感だ。異世界は魔力に満ちているといっても、見えない器から魔力を取り出してしまえば徐々に減り、最悪は枯渇してしまう。戦闘中に魔力が枯渇すれば生死に関わるため、敏感にならざるを得ないのだ。


 健人はそのことを無意識のうちに理解するとともに、魔力が減る感覚を覚えようと体内の変化を感じ取る努力をしていた。


 身体能力強化を止めて歩きながら、コテージ付近にまで移動すると、減る一方だった魔力が回復していることに気付く。


「エリーゼが言ったとおり、コテージ付近の空間には魔力があるな……」


 日が暮れるまであと30分もないが、魔力がどこまであるのか気になった健人は、コテージに入る前に周囲を散策すると、裏手のお風呂場付近から20m近く離れた場所に見慣れない横穴を見つけた。


「魔力が濃い……この場所から魔力が流れてきているように感じる。今すぐ調べたいけど、エリーゼの協力も必要だし明日にするか」


 日が暮れる前に戻らなければ、暗闇のなか無人島をさまようことになる。リスクを考えれば当然の判断だろう。


 健人はくるりと回転すると、このまま探索したいと思う気持ちを抑え、コテージに戻ることにした。

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