第68話 危険な調査の依頼

 名波議員に呼び出された健人は、エリーゼと共に東京の事務所へと向かった。


 案内された会議室は広く、キャスターのついた会議室用のイスが20脚もある。広い会議室にエリーゼと健人、名波議員が向かい合うようにして座っている。


 壁にはホワイトボードがあり、うっすらと書いた跡が残っている。古くなり、書いた文字が消えにくくなっているようだ。


 周囲をぐるりと見渡してから、健人が正面を向くと、名波議員と目が合う。久々に会ったのだ。雑談の一つでもでもと思い、口を開きかけてやめてしまった。


 名波議員から発生している空気が、重いことに気付いたからだ。


「「…………」」


 沈黙が広がる会議室。秘書と思われる男性が、ホットコーヒーと10数枚ある資料を置いて、会議室を出ていく。バタンと、ドア閉まる音が、健人の耳にやけに残った。


「わざわざ、東京まで来てくれてありがとうございます。まずは、電話で話した内容をまとめた資料を見てください」


 言われるがまま、資料を手に取る。表紙には「南米アマゾン熱帯雨林 調査結果について」と書かれていた。


「未確認動物が話題になっていることは、知っていますか?」


 声をかけられたことで、顔を上げる。


「報道された内容程度であれば」

「私も健人と同じよ」

「では、ほとんど知らないのと同じですね」


 2人がどこまで知っているか、確認する名波議員。奥歯に物が挟まったような言い方をしていた。


「報道規制が、かかっているのですか?」


 何かを察した健人の質問に、名波議員は無言でうなずく。


「実は1年前から南米アマゾンのジャングルから、未確認動物の目撃が増加していました」


 そう言うと、手元の資料を1ページめくる。


「最初は冗談だと思って、誰も本気にしていなかったのですが……。数があまりにも増えたため、政府が人を派遣して調査に乗り出しました」


 普段のやや高めの声から想像できないほど、低く落ち着いた声。2人は名波議員の言葉にのみこまれていた。


 ゴクリと、喉を鳴らしてから健人が質問をする。


「その結果は?」

「残念ながら、新しい生物は発見されませんでした。ですが……」


 名波議員は資料から目を離し、健人の目を見る。


「それから半年後、ジャングルに住んでいる先住民族が、突如として消えました」

「消えた……?」

「建物は多少、壊れていたそうですが、人が争ったような痕跡はなかったようです」


 再び資料に目を落とす。ペラっと、紙をめくる無機質な音が会議室に響き渡る。


 健人とエリーゼは、未確認動物――UMAがアマゾンに出没か!? といった報道内容しか知らなかった。それをエンターテイメントとして楽しんでいたのだ。ところが報道されないだけで、原住民が消える被害が出ている。事態の深刻さに、2人は声が出せずにいる。


「事態を重く見た政府は、人を何度か派遣しましたが……戻ってくることありませんでした。さらに、仕事やツアーなどでジャングルの奥地に向った人、黄金を掘り続けている人、誰一人生存が確認できないそうです」


 想定被害者数が記載されたページをめくり、話は続く。


「4度目の調査で、ようやく一人生還したようですが、1日で息を引き取りました。全身全身が傷だらけだったそうですよ。死ぬ間際まで彼は”巨大な化け物が襲ってくる!”と、繰り返し叫んでいたそうです」


 説明に疲れたのか、ホットコーヒーを一口飲む。乾いた喉が潤うと、説明を再開する。


「そして彼は、探索の成果として、ある物を持ち帰ってきました」


 名波議員の動作に合わせて資料をめくる。するとそこには、赤黒い魔石の写真があった。


「写真を見てわかったと思いますが、魔石です。私の秘書が現地で確認しました。間違いありません。彼は、魔石を持ち帰っていました」

「ということは、未確認生物は魔物ってことかしら?」


 健人は驚き、写真の魔石を呆然と見つめている。

 だが、エリーゼは話の途中から魔物が関与していると予想していたため、驚くことはなかった。


「その通りです。そして魔石、魔物の情報は多くの人が知っています。ジャングルに魔物がいる。そして、魔物のプロである我々に調査の依頼を依頼し、それを受け入れました」


 魔物について最も詳しい国は、間違いなく日本だ。依頼が来るのは、当然の結果であった。


「……その結果は?」


 手元の資料は終わっていない。話に続きがあると思った健人は、質問をした。


「2度、お抱えのダンジョン探索士を派遣しましたが、未だ帰ってきていません。帰還予定日を大幅に過ぎているので、すでに死亡していると考えています」


 魔物と戦い慣れたダンジョン探索士ですら全滅したと聞いて、健人は本日最大のショックを受けた。だがその結果を予想していたエリーゼは、動揺はしていない。むしろ、当然の結果だと受け止めていた。


「ですが、新しい情報がないわけではありません。ジャングル全体に魔力があることが確認されています」

「当然、ダンジョンはあるわね。で、私達に何を依頼したいのかしら?」


 驚きの連続で、頭の中が整理できていない健人の代わりに質問をする。


 目を細めて睨みつけているエリーゼに気圧されて、名波議員の顔はひきつっていた。だがそれも一瞬のこと、すぐに気持ちを切り替える。


「南米アマゾンのジャングルに出現したと思われる、ダンジョンの発見。それと、ジャングル内にいると思われる、魔物の特定してください。これは、正式な依頼です」

「その依頼、断らせてもらいます。健人も、それで問題ないわよね?」


 話しが振られるとは思わず「え?」と、返信する健人。


「なぜでしょうか? お金なら言い値で支払いますよ?」


 だが、そんなことなど構う余裕はなく、名波議員はエリーゼに言い寄る。


「魔法を使って戦えるようになったけど、健人は一般人よ。こんな難易度の高い依頼、達成できるとは思えないわ。自衛隊でも派遣して、調査したらどうかしら?」


 エリーゼは交渉のテーブルに乗るつもりはない。強引に話を打ち切ろうとしていた。

 だが名波議員にとっては、健人たちが頼みの綱であり、ここで逃すわけにはいかない。


「そんな不確定な情報だけで、派遣できると思いますか?」

「できませんね……」


 エリーゼの強固な姿勢に疑問を覚えながら、健人が代わりに返事をした。


「我々は魔法を使える人間を、正確に把握しています。魔物との実戦経験、知識、そして魔法の威力。お2人は、派遣したダンジョン探索士と比較しても決して劣りません。そしてもう、頼よれる方は健人さんしかいません。どうか、依頼を受けてもらえないでしょうか?」

「他国の出来事ですよね? 必死になって、ダンジョンを見つける必要がありますか?」


 話を続ける健人。睨んでいるエリーゼを手で制し、質問を続けた。調査隊が全滅したのにもかかわらず、まだ調査しようと動いていることに、疑問を覚えたからだ。


「この事件は、健人さんだって無関係ではないのですよ?」


 危機感を煽るように、この事件を放置した場合の予想を、ゆっくりと語りだす。


「ダンジョンから魔物が出てきて、人を襲う。しかも、食い止める手立てがない。そんなことが発覚すれば、私たちが管理しているダンジョンだって、どうなるか分からない。そう思いませんか?」

「否定したいけど、出来ませんね……」


 痛いところを突かれて、健人は思わず言いよどむ。


「もう起こってしまったことは、取り消せません。ですが、被害を最小限に抑えて、魔物をダンジョンに閉じ込めれば、やりようはあります」


 今までは実害が目に見えないから、許容されていた。だがダンジョンと関係ない場所で、被害が発生したらどうなるだろう? 少なくとも、今までと同じようにダンジョンを運営していくとは難しい。


 特に日本は必要以上に安全性を求めることが多い。最悪、閉鎖する可能性も視野に入れなければならない。


 ダンジョン運営が行き詰ってしまえば、エリーゼが安心して過ごすための生活基盤が揺らいでしまう。健人は、そのことだけは許すことができなかった。


「私は反対ね。自然界にいる魔物は強敵よ。しかも亜熱帯で、視界の悪いジャングルよね? 私ですら躊躇する条件よ」


 だがそんなことをに気づかないエリーゼは、拒否する姿勢を崩すことはない。


「ですが、他に人がいないのです……」

「私が断った場合、どうなりますか?」


 もしかしたら他にも候補がいるかもしれない。そう考えていた健人だったが、悪い意味で裏切られる。


「健人さんのように魔法が使える人は少ないのです。次に派遣する人は、魔力臓器のレベルが低い人。言葉を濁さずに言えば、魔法がギリギリ使える人になると思います」

「バカなこと言わないで! その人たちに死ねって、言っているようなものよ!?」

「ですから、お二人にお願いしているのです」


 その言葉を最後に、長い沈黙が続く。


「……少し、考えさせてください」


 断った場合を想像すると、依頼を受けるべきではないかと考えていた。だがこの場で決断することはできない。反対するエリーゼを説得する時間が必要だった。


「あまり時間はありません。申し訳ないのですが、2日以内に返事を下さい」


 結局、その場では結論が出せず、答えを先延ばしにすることしかできなかった。

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