第69話 深夜の緊急会議

 ゴーレム島に戻ると関係者を集めるため、健人がすぐに動き出す。早めに話し合いたかったのだ。だが予定が合わず、夜から開催することになってしまった。


 ダイニングには、いつもの7人が集まり、軽食を食べながらお互いの意見をぶつけ合っている。


「だから、私は反対だと言っているの! 失敗したら、あいつらが勝手にやりました。無関係です。と言われて、切られるのがオチよ!」

「ワタシもエリーゼさんと同じ意見です」

「ワシもじゃ。この依頼、ちと危険すぎる」


 エリーゼの意見に同調するミーナ。人の事を気にしないヴィルヘルムでさえ、腕を組んで依頼を断るべきだと言っている。


 3人が反対するには、理由がある。


 ダンジョン内に発生した魔物は、種族ごとに行動パターンが似ている。だが外で生き残った魔物は、罠も使い、行動パターンも変わる。行動が予測できないのだ。


 それだけでも危険度が跳ね上がるが、さらに生物と交配すると、新種や亜種が出現する。これがまた強力な魔物の場合が多かった。


 ダンジョンを探索する感覚で調査に向えば、間違いなく死ぬ。そう考えての意見だ。


「でも、ダンジョンが閉鎖されたら、今まで積み重ねてきたことが……無意味になるんだよ? それに死ななければ、挽回はできるよ!」

「ようやく就職できたので、私は閉鎖されると……困ります」

「俺もっす」


 だが地球組ともいえる健人、礼子、明峰は探索に前向きだ。いや、正確に言えば「依頼を受けるしかない」と考えている。理由は単純で、ダンジョンが閉鎖されれば、無職となってしまうからだ。


「ワシは何度も、命がけの仕事をしてきた。命がけの仕事を否定することはせん。ただこれは、割に合わんぞ?」

「ヴィルヘルムさんからしたら、そうかもしれません。ですが、ダンジョン閉鎖の可能性があるのでしたら、私は依頼を受けるべき、いえ、受けて欲しいと思っています!」


 礼子のトゲのある発言に顔を歪め、


「なら、好きにせい」


 ただでさえ少ないやる気が、霧散してしまった。


「そんな簡単に説得を諦めないでください……」


 すぐに会話を打ち切ってしまったヴィルヘルムを見ながら、ミーナが呆れたような表情を浮かべている。


「礼子さん。仮にこのダンジョンが閉鎖されても、別のお仕事を探せばいいのではないでしょうか?」

「私もそう思うわ。仕事なら他にもあるでしょ?」


 ミーナの発言にエリーゼが同意する。


 2人は、ダンジョン閉鎖のリスクより依頼を引き受けた時のリスクの方が高い。そう思っているからこそ、反対意見を理解することができないでいる。


 だが礼子や明峰は違う。生まれや育ちが異なれば、価値観も変わり、リスクの考え方も変わるのだ。


「戦うことしかできない女が、働ける場所など多くはないのです。階級が低く、自衛隊を途中でやめてしまった人間が、就職できるような会社はありませんでした」


 ブラック企業や低賃金の仕事であれば探せばあっただろう。だが将来の事を考えれば、そのような企業に就職することは出来なかった。これは礼子だけではなく、明峰も同様だ。


「だからこそ、給与が高く、自衛隊で学んだ技術が使えそうなこの職場が、無くなるのは困るのです。ここは、私にとって最後の居場所なんです!」

「それは悪く考えすぎじゃないかしら?」

「そんなことないっす」


 明峰にしては珍しく、エリーゼの言葉を、はっきりとした言葉で否定した。


「自分なんて、《逃げ出したんだから、働けるだけありがたいと思え》と言われて、自殺寸前まで追い詰められたんっすよ?」


 明峰は、転職した会社で残業が続き、休日も働き続け、自殺死寸前まで追い込まれた経験がある。それを看病し、助け出したのが礼子だ。


 その結果、2人ともブラック企業への恐怖、それと職を失うことへの恐怖は、人一倍大きい。それこそ、リスクを量る天秤が狂ってしまうほどに。


「仕事をしすぎて自殺するなんて……そんなことありえるの?」


 日本の暮らしに慣れたエリーゼだったが、明峰の言葉に衝撃を受けた。それはエリーゼだけではなく、ミーナやヴィルヘルムも同様だ。


「それ以外にも、働きすぎて過労死することもあるっす」


 明峰がブラック会社で働いていた時代は、今でも悪夢として思い出す。


 長時間労働に、上司からの非常識なストレス。貯蓄もないため、逃げようにも逃げ出せない状況。まさに絶望の毎日だった。同僚の自殺、過労死なども目にしたこともあった。


「逃げ出すこともできず、死ぬまで働かせるなんて、拷問じゃない……」


 魔物と戦って死ぬことはあっても、働きすぎて死ぬ人間を想像できなかった。だがそれも無理はない。エリーゼがいた世界では、うつ病などで働けなくなり貯蓄が尽きれば、スラム街へと捨てられるだけだったからだ。


 そんな人間は人知れず死んでいった。情報伝達の手段が未熟だったため、そのような犠牲者が出ていることに、気づけていなかったのだ。


「自殺や過労死するぐらいなら、自分はこの依頼を受けて死ぬことを選ぶっす」


 その経験はトラウマとなり、いまの職を失うことを極端に恐れている。


 だがそれはエリーゼも似たようなものだ。ダンジョン外で遭遇した魔物との戦闘は、彼女の心に恐怖心を植え付けていた。


 結局のところ、お互いが強烈な体験に基づいた意見でしか話していない。お互いの体験を共有することは叶わないため、意見が合うはずがないのだ。


「「…………」」


 異世界組と地球組の意見が真っ二つに割れ,、お互いを見つめ合う。ダイニングが沈黙に支配された。

これは、非常に珍しい光景だ。いや初めてだった。


 そんな重苦しい空気のなか梅澤は、このやり取りを少し離れた位置から黙って見つめている。


「健人はダンジョンから出た魔物を軽く見すぎよ。同じウッドドールでも別物よ?」


 前のめりになり、正面に座っている健人を見つめる。


「強敵だからとって見逃す理由にはならない。それに本当にヤバイのであれば、途中で逃げ帰ればいい」


 負けじと、同じような姿勢で見つめ返す。


「逃げる余裕があれば、いいのだけどね……」


 エリーゼの一言で再び全員が黙る。全員の視線が健人に集まっていた。


 全員、責任者である健人の決断を待っているのだ。その当人は、エリーゼを見つめたまま動こうとしない。


「……」


 しばらくして、健人は大きく息を吐いてから背もたれに体を預ける。


「俺は依頼を受けたいと思っている。でも、エリーゼたちが危険だというのもわかる」

「本当にわかっているのであれば、受けたいと思わないはずよ」

「まぁ、落ち着いて聞いて」


 未だ興奮が冷めないエリーゼを、健人がなだめる。


「今は、これ以上話しても平行線のままだと思う。今日はもう休んで、明日また話し合おう。俺は外で考えをまとめるよ」


 そういうと健人は立ち上がる。コテージの外へと、トボトボと歩きながら出て行った。


「……これ以上は付き合っておれん。ワシはもう寝る」


 ヴィルヘルムの一言で、氷のように止まっていた時間が動き出し、全員が席を立って帰り支度を始めた。

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