第24話 写真に映っていた人
さらに翌日になると、備蓄の尽きた食料を調達するために本島に上陸していた健人は、買い物が終わり無人島へ帰るためにクルーザーへと向かっていると、港の組合長である工藤に声を賭けられた。
「ちょっと待ちな」
「……なんでしょう?」
嫌味を言われるのかと、うんざりしながらも返答をする。
「お偉いさんの秘書と名乗るヤツから、直々にお前に宛の封筒を預かっている。何かやらかしたのか?」
帽子をかぶり、派手な色をした赤いダウンジャケットを羽織った工藤が眉間にしわを寄せて健人に近づく。
「なんのことですか? 人が住んでいない場所で静かに暮らしているだけですよ」
「本当かぁ? 最近、東京に行ってたみたいじゃないか。そこで悪さをしたんじゃないのか?」
工藤は組合長という役職にはついているが、実際に働いているのは地元に残った数少ない若者であり、ほとんど働いていない。暇な時間を持て余し、ささいななことでも大げさに表現して暇つぶしのネタを探していた。
「東京にできたダンジョンを見学しようと思って行っただけですよ。それに、悪いことをしたら、偉い人じゃなくて警察が来ると思いますよ?」
「クルーザーに島、金の出所が怪しいんじゃないのか。お前いくら持っているんだ?」
工藤は、漁港では表立っては誰も逆らうことができないため王様気分に浸り、港を利用している健人の情報を把握するのは当然の権利だと歪んだ考えを持っていた。
「工藤さんもクルーザーや島の値段は予想できますよね? あんな高い買い物をしたらお金なんて残らないですよ。だからこそ、買った島で生活しているんですから……」
健人は視線を下の方に向け、悲壮感のただよう表情をしてお金がないないことをアピールする。
「ちっ。少しは残しておけよな……あと、金がないからって犯罪に走るなよ」
健人の迫真の演技により「当面の生活費はあるが、大金は残っていない」と思い込ませることに成功した。
「はい。お金が無くなる前に働きます」
「そうしろ。何なら、俺が紹介してやってもいいがな!」
「はい。そのときはよろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
(低賃金で誰もやりたがらないキツイ仕事をやらせるつもりなんだろうな)
だが、その行動とは裏腹に工藤の事は信用していなかった。
「まぁ金の事はもういい。それよりこの封筒だ。何かあったら港を貸している俺の責任問題になるかもしれん。ここで封筒を開けて内容を見るんだ」
「別にいいですけど……」
ここで断ったら強引に封筒を奪い取られる未来しか想像できない健人は、不本意ながらもうなずいた。
封筒を手稲に開けて中を取り出すと、工藤が強引に奪い取る。
「何が入ってあった? ん? 写真だけか?」
工藤の手には1枚の写真があった。
「変な耳をしているが、これまたえらい別嬪だな。お前の知り合いか?」
「そうだったら、一緒に歩いて自慢していますよ」
知り合いと言ってしまえば「紹介しろ」とヘビのように執念深く、付き纏われるのは間違いないだろう。そう予想した健人は、他人だと言い切ることで言い逃れることにした。
「それなら、なんでお前にこの写真を渡そうとしたんだ? 怪しいな……お前、何隠しているだろ」
「うーん。こんな美人を見かけたら、絶対に忘れないと思うんですけどねぇ」
「……ちっ。面白くねぇな。くれぐれも、また、警察のお世話になるようなことするんじゃねぇぞ」
完全に納得したわけではなかったが、またしても健人の演技が功を奏す。
面白そうなことにはならないと感じた工藤は、追求するのを諦めると同時に捨て台詞を吐いてから、写真を投げ捨てるように返して立ち去った。
「また、ね。あの人の性格なら調べて当然か…………。今になっては、どうでもいいことだけどね」
冤罪事件のことを指摘されても動揺しなかった自分に驚きながらも、落とさないように慌てて受け取った写真を再び見る。
そこには、風で帽子が飛ばされたエリーゼの姿が写り込んでいた。
この写真だけならば「日本のどこかにエルフがいるんですかね?」と言い逃れすることはできただろう。だが、この写真は無人島の持ち主である健人宛に送られた。工藤が言うお偉いさんが「無人島にエルフが住んでいるのは知っている」と分かるメッセージ代わりに使っているのは間違いないだろう。
「工藤さん。この写真は、本当に面白くないですね……」
作り笑いをしていた表情が一変して、ひきつった表情になっていた。
封筒をポケットに入れて急ぎ無人島に戻ると、エリーゼは珍しく畑の手入れをしているところだった。
「話したいことができたから、ダイニングに行こう」
「どうした……ってちょっと待って!」
気持ちが先走る健人は、エリーゼの返事を待たずにコテージに入る。キッチンに移動して2人分のコーヒーを入れてダイニングに戻ると、顔に土がついたままのエリーゼが待っていた。
「まったく買い出しに行ったと思ったら、慌てて帰ってきて……何かあったの?」
「この写真を見てほしい」
ポケットにしまっていた封筒から写真を取り出し、テーブルの上に置く。
「これは……」
風が吹いて帽子が宙を舞い、それを捉えようと手を伸ばしている自分自身の写真を見て絶句し、そして、何が起こっているのか正しく把握した。
「ごめんなさい。私が原因で……」
「ううん。俺が一緒に同行しないかと提案して案内したんだから、エリーゼが気にする必要はないよ」
「でも……」
自分の不注意が原因で異世界人の存在がバレてしまい、各所から目をつけられてしまうのは仕方がないと諦めがつく。だが、異世界人を匿っていたとして、健人にまで迷惑をかけてしまうことを想像すると、胸が締め付けられるような息苦しさを感じていた。
「新宿にダンジョンが出現しなければ、誰も本物だとは思わず、ネットの海に埋もれていたはずだ。だから、運が悪かった。そう思うことにして、これからどうするか考えよう」
隙があったのは間違いないが、エリーゼを見て会話した健人でさえ、魔法を見るまでは本物のエルフなのか半信半疑だったほどだ。致命的なミスとは言えない。写真を見ただけで、異世界人が日本にいると騒いでも、妄想だとして片付けられ忘れられてしまうはずだった。
だがここで、ダンジョン、魔法、魔物といったファンタジー要素が現実に現れたことで状況が変わった。
「……送り主と話し合うの? 見たところ写真しかないようだけど」
「いや、実は裏側に小さく電話番号が書いてあった。ここに電話しろってことなんだと思う」
工藤は写真に写ったエリーゼにしか興味はなく、裏側に記載されていた電話番号を見逃していた。
「電話するしかないわよね。問題は、相手が何を言ってくるかってことかしら」
「そうだね。生のエリーゼを見たいがために写真を送りつける……ということはないと思うから、何かしら要求されると思うだよね」
「そうね。私の身柄かしら?」
「それは当然、言ってくるだろうね。エリーゼは無国籍だから、この日本には不法滞在していることになる」
「それって何か問題なの?」
「最悪、それを名目として長期間収容される可能性は十分あるかな」
突如としてこの世界に出現したエリーゼは、どこの国にも所属していない。当然、国籍は持っていないため、見つかれば不法滞在として扱われる。また、その特殊な事情から、退去強制手続きを取ってもエリーゼを受け入れる国がない。そう言った理由で、エリーゼを確保するために無理やり長期間収容する可能性は十分高いだろう。
そうなってしまえば、無人島で生活できなくなるどころか不自由な生活を強いられてしまう。
「それは嫌ね……」
「ああ。そうだな」
心から嫌そうにしているエリーゼを見て、最悪、彼女だけでも逃がす方法を考えようと心に誓った。
「それともう1つ、懸念がある。ダンジョンについて何か言ってくるかもしれない」
「私のことがバレたからって心配しすぎよ。ダンジョンは、大丈夫じゃないかしら?」
「俺たちが、<ダンジョンとともに異世界人が出現した可能性が高い>と考えているように向こうも<異世界人とともにダンジョンが出現した可能性が高い>考えてもおかしくないんじゃないかな?」
健人の頭を悩ませるもう1つの問題がダンジョンだ。
異世界人だけ手に入れてダンジョンを放置するなど、そんな都合の良いことにはならない。この生活を守るのであれば、同時にダンジョンも守らなければならなかった。
「あ! 確かにそうね……そう考えないほうが逆に不自然ね」
健人の指摘により、エリーゼもダンジョンが狙われる可能性が高いことに気が付く。
「そうそう。さすがに俺を脅して無理やり、この島を奪い取るようなバカなことはしないと思うけど、売ってくれとは打診はされるだろうね」
一昔前の日本であれば力ずくで奪い取ってきたかもしれない。現在であれば、そのような方法を取れば法治国家として大きな問題に発展する。さすがにそんなバカなことをしないだろうと予想していた健人は「無人島の売却を打診される」といった平和的な解決方法をとると考えていた。
「売るの?」
無人島の売却という話に驚いたエリーゼは、持っていたマグカップを落としそうになりながら質問をした。
「まさか。お金をいくら積まれても売る気はないよ」
一戸建てを購入した人を一国一城の主と表現する場合があるが、本島から離れ、海に囲まれた無人島に住んでいる健人も同じような感情を抱いていた。運営している自分の領土全てを売り払う貴族はいないのと同じで、金額の多寡に関係なく、売るという選択肢は存在しなかった。
「どちらにしろ、一度は直接会わないとダメだろう。これから準備して、明日にでも電話するよ」
「私もできる限り協力するわ」
エリーゼを守って、無人島も手放さない。
改めて、何1つ譲れないと理解した健人は、まだ見ぬ写真の送り主をどうやって説得しようか考えを巡らせていた。
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