第23話 新設された免許の取得
先日のテレビ会見から数日で魔力臓器の検査が始まり、約半年ほどかけて政令指定都市の住民の検査は、ほぼ終了した。
検査で魔力臓器の存在が確認されると、半日で終わる講習を受け、魔力臓器の質に応じて1級を頂点とする5段階に分かれた「魔法士」の免許が発行された。
5級の人間が身体能力を向上させても、才能ある人間が鍛えれば到達できる範囲であるのに対し、1級にまでなると動体視力や第六感も優れ、条件さえそろえば弾丸すら避けることができる。2級以上になると、極秘裏に身辺調査が実施され、危険人物として行動が監視される体制がとられていた。
さらに検査を実施中に「魔法士」の免許を取得している人間だけが受験できる「ダンジョン探索士」が新設され、ケガや死亡といった危険は全て自己責任となるが、一部の市民がダンジョンの探索できるようになった。
限定的だが一般公開した背景には、魔法が使えない人間の身体能力が追いつ可ないことが原因で、自衛隊が中心となった初期の探索で犠牲者が発生していたことが挙げられる。また、他にも弾薬の補給といった問題もあり、魔法を使える人間だけに探索させたほうが「安全で効率が良い」と日本政府内で結論が出ていた。魔法が使えるもの全員が持つ「魔法士」とダンジョンに入るために必要な「ダンジョン探索士」。この2つの免許を持たずにダンジョンに入れば違法とされ処罰される。ダンジョン探索には必須の免許だった。
そんな事情があったため、エリーゼと夏を楽しもうとしていた健人は、急きょ予定を変えて試験と免許の取得、起業の手続きなどを優先して遊ぶ暇などなく、気がついたら冬を迎え、年を越していた。
「健人は、魔法士とダンジョン探索士のテストを受けたのよね? ずいぶんと忙しかったようだけど、どうだったの?」
寒さが一段と厳しい深夜。石油ストーブで暖められたダイニングで2人が向かい合って座っている。
携帯電話を買ってもらい、健人が東京に行ってからも毎晩話していたが、放っておかれたと感じていたエリーゼの言葉にはトゲがあった。
「エリーゼがやってくれたように魔力を流されて、魔力臓器の存在を確認されたよ。もちろん、俺は持っていたからそのまま講習を受けることになったんだけど、魔法を人に向けて使わないようにという道徳的な部分と、魔力臓器持ちはいかなる理由があっても魔法を使ったら一発で留置行き。さらに一般人とケンカは違法になるから気を付けといった、法律面の説明と魔法の簡単な使い方を説明してもらって終わったよ」
「何それ? それだとまともな魔法が使えないじゃない」
エリーゼが疑問を持つのも当然だった。魔法士の免許を持っただけで、魔法を使いこなすことは難しいだろう。だがそれは、魔法が使える人間と使えない人間という新しい社会問題が表面化するのを少しでも遅らせるための苦肉の策だった。
結局のところ、魔法士の免許は「自分は凶器をもっている」といった自覚を促すための免許であり、また、一般人へ「この人間は魔法が使える」といった警告をするためでだけの効果しかない。
「極端なことを言えば、魔法士の免許は魔力臓器があることを証明するだけの資格らしいからね」
「なるほど……魔法を使いたいのであればダンジョン探索士の免許を取得してダンジョン内で使いなさいってことね」
「そのためのダンジョン探索士らしいからね。これを取るときは魔法の使い方を教わったし、ダンジョン特区であれば魔法を使っても良いと説明されたよ」
ダンジョン探索士の免許は数日かけて本格的に魔法を学び、最後はダンジョン内に入って探索を体験する。また魔法の習熟度、ダンジョン探索中にテストがあり、基準に満たない場合は試験に落とされるという本格的なものだった。またダンジョン特区と呼ばれる、ダンジョン周辺数km以内であれば魔法の使用は許可され、ダンジョン探索士の免許さえ取得すれば、魔法を使う機会は格段に増え仕組みになっていた。
「ダンジョン探索士の免許はとれたの?」
「もちろん。」
すでに何度も魔法を使い、ダンジョンを探索している健人にとっては簡単な内容だったが、魔法が使えるようになったばかりの未経験者にとって難易度は高く、突破率は低かった。
「でも、魔法士1級だったこともあって、いろいろと目立ったみたい」
魔法士の免許を取得した人の中で、1級に入るのは1%以下だ。ダンジョン探索士に一発合格したことと合わさり、関係者から目をつけられていた。
「あんたねぇ……」
珍しく言葉遣いが荒くなり、不用意に目立った健人を非難するような目つきをしていた。
「いやいや! 免許は必要なものだし! 偽るのも難しいし……仕方がないよ……多分……」
健人も「やってしまった」と自覚していた事実を指摘をされて、うろたえて言い訳ばかりを言っていた。
「ちゃんと反省しているのなら、不問にしてあげる」
人の体を貫くような鋭い目つきが和らぐ。
「それより、やっぱり1級だったのね。私の動きについてこれるし、アイアンドールと対等に戦えた。魔力臓器の質は高いと持っていたけど……本当に高かったのね」
健人が1級だったことに納得したと同時に、この世界の魔力臓器のレベルがエリーゼの世界と同水準だったことに安堵もしていた。
「それにしても、一般公開するとは思わなかったわ」
「ダンジョンと魔石は国が管理して民間人に探索させる形の方が、経済的にはいいのかもしれない。なんせ、別の世界で使われていたエネルギーなんだから、将来的に魔石は新しい市場となる可能性が非常に高いと判断したんだよ」
「国は女王アリで、ダンジョン探索士は働きアリって感じね」
「物は言いようだね……」
「私がいた世界では、そんな感じの扱いだったのよ……」
エリーゼの住んでいた世界ではダンジョンを探索するハンターは使い捨ての駒であり、いくらでも補充できるものだと考えられていた。扱いはひどく、特に駆け出しのハンターは人間扱いされていなかった。そのような経緯もあり、思わず辛辣な表現を口にしてしまったのだった。
「ダンジョン周辺の土地は国が買い取ったし、ダンジョンから手に入れた魔石や道具も国に売却して研究が終わったものだけ、民間のショップに卸して販売されるらしい。民間人はダンジョンのドロップアイテムで賃金を得て満足。国は貴重な資源の研究が手に入り、産出量がコントロールできる新しい市場を創りだす。そんな未来がすぐそこまできているよ」
ダンジョンの管理までを一企業に任せてしまえば、外国が干渉しやすくなるため避けなければならない。また探索を民間企業に任せれば、新しい雇用が生まれて失業率が改善する。内閣の支持率は向上して安定した政権運営ができる。健人は、日本政府の思惑をそのように捉えていた。
「忙しくて大変だったけど、ダンジョンを探索する免許は一通り取得できたな」
「これで少しはゆっくりできるの?」
最近は別々で行動することが多かったため、また以前のようにゆっくりとした生活が送れることを期待していた。
「最後に、無人島の管理体制を強化したら終わりだよ」
「そんなの必要?」
エリーゼは「まだやることがあるの?」と問い詰めたい気持ちを抑えて質問をした。
「この島にダンジョンがあると知られたら、無断で上陸する人は絶対に出てくる。気休めかもしれないけど、コテージとゴーレムダンジョンの入り口にだけでも監視カメラを設置して、上陸できそうな砂浜には、警報機を配置する予定だよ。もうすでに買ってあるから、あとは設置するだけなんだけどね」
試験を受けに東京に滞在している間に、電池で動く監視カメラと赤外線を横切ると音が鳴る警報機を数十個ほど購入していた。警報機は中継機を使えば距離を伸ばせるため、個人向けとはいえ、周辺を監視するだけであれば十分な機能を持っていた。
「必要なのはわかったけど、別にしばらくゆっくりしてからでも良いじゃない? うん。そろそろ、冬らしい遊びを教えてほしいわ」
だがまだ納得のいかないエリーゼは、聞き分けのない子どものように、遊んで欲しいとねだる。
「ここだと雪は降らないし、冬らしい遊びは難しいかなぁ」
「冬らしくなくてもいいわ。 そうだ! ストーブであったまりながら、一緒にアクセサリー作りしましょう。それとも……私と遊びたくない?」
1人で誰とも会わず、話さない生活は本人も気づかないうちにストレスなってエリーゼの心重くのしかかっていた。
「どうした? エリーゼの提案は魅力的だけど、何かが起こってからじゃ遅い。先に設置させてもらえないかな?」
「それは分かるけど、数日ぐらい大丈夫でしょ?」
「俺とエリーゼが暮らすこの島を守るために必要なんだ。エリーゼだってこの無人島が大切だろ?」
健人の両手がエリーゼの肩にかかり、お互いの顔が近づく。
「ええ。そうよ」
「俺たちは、この島での生活が何よりも大切だ。それを守るためなら何でもする。少なくとも俺はそう思って行動しているつもりだ。決してエリーゼの事を後回しているわけじゃないんだ。数日だけ我慢してくれ。それですべてが終わるから……」
健人の必死な説得により我に返ったエリーゼは、心が弱くなっていたことに気づき自己嫌悪感に襲われた。
「……ごめんなさい。少し感情的になっていたわ。私も手伝うからさっさと終わらせてて、それから一緒に遊びましょう」
「ああ。そうしよう。さっさと終わらせて、ゆっくりアクセサリー作りを楽しもう」
「それは楽しみね」
ようやくいつものエリーゼに戻ったことに安堵したと同時に、罪悪感にもかられていた。
翌日から2人で作業を始めたが、昨晩のトラブルは引きずることなく、2日かけて監視カメラ、警報機の設置が終わり、来るべき未来に備えて現状で出来る環境整備は終わった。
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