第98話 警察署にて2

 お互いに向きあるようにパイプイスに座ると、スーツを着た男性が静かに話を切り出した。


「初めまして。政府から今回の件を任された近藤です」


 大人の男性らしく、落ち着いた声だ。

 健人とエリーゼの挨拶が終わると、近藤は話を続ける。


「お二人に依頼したいのは魔物の討伐です。相手は樹海の中をさまよっているオーガ。3体以上います。今まで日本では生息が確認されていない魔物なので、ダンジョンが発生したのではないかと予想しています」


 ゴーレム島で受け取った手紙と同じで目新しい情報はない。事前情報に間違いが無いのは良いことだが、討伐するには足りないことだらけだ。


 もう少し詳しい内容が知りたいと考えた健人は、さらに情報を引き出すことにした。


「聞いていたとおりですね。追加情報はありますか?」

「不確定な情報は伝えたくないのですが……」


 近藤がアゴに手を当て話を止めると、数秒の間、打ち合わせ部屋に沈黙が訪れた。


 健人に伝えるべきか、それとも先入観を与えないために隠しておくべきか悩んでいる。


 情報に振り回されて討伐に失敗してしまったら政府が困る。情報はありすぎても、逆に少なすぎてもいけない。相手に合わせて適切な量がある。どこまで情報を公開しよいのかと考えていると、健人の隣に座る耳の長い美しい女性が視界に入った。


「彼女がいれば問題ない、か」


 可憐な見た目に反して、地球上で最も多く魔物を討伐したベテランのダンジョン探索士だと思い出したのだ。彼女がいれば問題ないと、考え直す。


「残っていた足跡の中にサイズの小さなものもあったそうです。残念ながら正体まではつかめませんでしたが、発見者はゴブリンぐらいのサイズだと報告しています」

「なるほど。もしかしたら別の魔物がいるかもしれないと言うことですね」

「それか、人ですね」


 その言葉を聞いて、健人は人生に絶望した人が死に場所を求めて樹海に入る姿を思い浮かべ、眉をひそめた。宝くじに当たらなければ、もしかしたら自分が選んだかもしれない未来だからだ。


「覚えておきます」


 短く答えた健人は、大きく息を吐いて気持ちを切り替える。


 近藤から樹海の地図をもらい、目撃した場所にマークをいくつかいれると、意外にも多く四つのマークがついた。


 エリーゼにアドバイスしてもらいながらダンジョンが発生しそうなエリアを絞り込むと、出発時間、討伐期限など細かいすりあわせをし、最後に残っていた話題に移る。


「それで報酬ですが、現金と現物のどちらにしますか?」


 現在、特に都内では食料が不足しており、一部では物々交換が復活している地域もある。近藤は気を利かせて物でもよいと、提案したのだ。


「オーガの魔石と鶏、牛、豚といった家畜をいくつか譲ってください」


 むろん健人も食料の供給が不安定になっていることは知っている。最悪を想定して、ゴーレム島だけでも自給自足できる体制を整えようとし、そのための報酬を求めた。


「魔石は良いですが、家畜ですか。どうやって運びます?」

「鶏であれば帰るときにクルーザーで運びます。大型の家畜は九州まで運んでいただき、そこから定期船でゴーレム島まで輸送したいと思います」


 九州とゴーレム島をつなぐ定期船もクルーザーと同様に魔石で動くように改造されている。乗船するのはダンジョン探索士ということもあり、魔物に襲撃されても撃退できる態勢は整っていた。戦力的にはクルーザーより充実していので、健人からすると移動手段に不安はなかった。


「九州まで……うーん。どうしましょうか」


 だが政府にとっては簡単な話ではない。九州まで家畜を運ぶか、ゴーレム島の近くにある酪農家から購入しなければならない。ガソリンを消費したくないため、購入する方向で考えているが、通信が不安定なため、交渉するにも現地に行かなければならず、移動手段の確保が問題だ。


「前向きに検討しますが、確約は難しいですね。特に牛、豚といった大型の家畜は手に入らない可能性が高い」

「鶏は?」

「県内で育てている家がいくつもあるので、数十匹は確保できるでしょう」


 静岡県内でも鶏を飼っている酪農家はいくつかある。馬を使えばに運びも問題は無く、健人が望む量は揃えられる。十分現実的な要求だと思われた。


「では、オーガの魔石と鶏、それと他の家畜が確保できなければ、相応の金貨か宝石でお願いします」

「もう日本の通貨は信用できませんか?」


 健人が今回の討伐で現金を一切求めないことに気づき、近藤は思わず問いかけた。遠くない将来、今の経済が破綻すると予想しているように思えたからだ。


 実際、インフレーションが到来して物価は上がり続けている。経済全体のバランスが崩れかけているので、そう予想しても不思議ではない状況ではある。


「それもありますが、魔石の売却で手に入る金額で十分なので」


 とはいえ、普通であればそこまで極端な行動は取れない。ダンジョン運営で十分な利益を出しているからこそ、未来に向けて備えが出来るのだ。


「なるほど。だからそれ以外の物を求めると」

「はい」

「分かりました。その条件なら用意できます」


 健人が将来をどう考えようが、求めている報酬が正当な物であれば、近藤が拒否する権限はない。


「では、よろしくお願いします」


 話がまとまると健人は立ち上がった。


「近藤さん。これから現地に向かおうと思っているのですが、移動手段はありますか?」

「免許を持っていると聞いていたので、サイドカー付きのバイクを用意しました。運転はお任せしても大丈夫ですよね?」


 まともな移動手段を用意してもらえて、健人は安堵した。


 最悪、徒歩で移動することを覚悟していたが、泊まりがけで探索をするため、荷物は多く、身体能力を強化できても避けたかったのだ。


「取得してからほとんど乗っていませんが、今の交通事情なら大丈夫ですね」


 若気の至りで自動二輪の免許を手に入れてから一度も運転していないペーパードライバーではあるが、サイドカーが着いているので横転する可能性は下がる。さらに車がほとんど走っておらず対向車を気にする必要もない。マイペースに運転できるので、ある意味、初心者でも安心できる交通事情だ。


「駐車場の隣に無人の売店があるので、その辺りに隠すように駐車してください」


 討伐期間は3日を予定しており、その間はバイクを放置することになる。盗難やガソリンだけ抜き取られることも考えられるため、人目がつかない場所を選んで駐車する必要があった。


「分かりました」

「それでは、吉報をお待ちしています」


 和やかな雰囲気のまま会議室を出ると、警察署の外まで見送られる。


 玄関には知らせを受けていた警察官が用意したバイクが置かれていた。並行して取り付けられた小型の車体は、本体と同じ小豆色をしている。


「乗るときはこちらをつけてください」


 警察官からフルフェイスのヘルメットを受け取る。これもバイクと同じ色合いだ。


「ありがたく使わせてもらいますね」


 健人は剣やリュックといった討伐のために用意した道具を背負い、一部は車体にくくりつけてバイクにまたがった。エリーゼはサイドカーには乗り込んで、その上から弓とリュックを抱えている。


「それでは行ってきます」


 健人はエンジンをかけてクラッチを操作してスロットルを回す。

 走り出しはガタガタと揺れていたが、スピードが安定すると振動は収まった。


「安全運転でお願いね」

「が、頑張るよ」


 心配そうに見上げるエリーゼに見守られながら、富士の樹海に向けて出発した。

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