第96話 魔物の脅威と変化
燃料である魔石を惜しむことなく使って、クルーザーが全速力で海上を移動している。
健人は2階で運転しており、エリーゼは船首にある手すりを掴みながら周囲を警戒していた。その目は鋭く、一切の隙はない。
「進行方向に魔物の陰は見えない」
今までであれば室内でのんびりと過ごすか、健人とおしゃべりしながら自由な時間を満喫していたエリーゼだが、魔物が住みついた海ではそんな優雅な過ごし方はできない。
魔物避けを使っているので襲撃される可能性は下げているもののゼロではない。油断せずに周囲を警戒していた。
「この延々と続くような緊張感も久々ね」
日本に転移してからずっと外は安全で、道を歩いていても襲われることはなく、夜も魔物に襲われる心配は無かった。
環境は一変し、無防備に過ごすことに慣れたところで、地上にも魔物が出てきたのだ。久しく忘れていた移動中に襲われる不安。そんな気持ちを抱きながらも同時に、もう戻れない故郷を思い出し懐かしく思っていた。
だが懐かしいからといって、良い思い出とは限らない。移動手段は減ってしまい、魔物に襲われる危険がある。どう考えても歓迎できる状況ではない。
と、そこまでエリーゼが思いを巡らせていると、右前方にサハギンの姿が見えた。敵は一体、直撃するコースではないが襲ってこれる場所にいた。
エリーゼは排除するべきだと即座に判断すると、手すりから手を離して背負っていた弓を手に取る。緑色に輝く矢を創り出して狙いを定めて集中する。波をかき分けて上下に揺れる振動を意識しながらタイミングを計り、わずかに安定した瞬間に矢を放った。
風の影響を受けずに一直線に進む矢は、相手に反応させる余裕を与えずに頭を貫いた。全身の力を失ったサハギンは、トライデントを手放すと海面に浮かび上がり、全身をあらわにする。弓を持ったままのエリーゼは、クルーザーが進み死体を通り過ぎるまで警戒を続けた。
「もう大丈夫」
緊張感から解放されたエリーゼは、戦闘態勢を解いて弓を背負う。
再び周囲の警戒に戻った。
「お疲れ様!」
エンジン音に負けないほどの声を張り上げた健人が、エリーゼを労った。
「休憩する?」
「問題ないわ! このまま静岡まで行きましょ!」
仕事、それも危険が伴う討伐依頼を受けるとはいえ、久々に健人と二人で出かけて喜んでいるエリーゼは上機嫌だった。
◆◆◆
陸地が目視できるようになると、健人はクルーザーのスピードを落とした。防波堤の上に立って、周囲を警備している警察官を視界に入れながらも入港した。
少し前までは釣りや観光で賑わっていた港の姿はもうない。武装した人々が点在しており、物々しい雰囲気を出していた。そんな中、健人はクルーザーを操作して停泊して下船する。
「こんなご時世に船でくるとは、なんとも無謀なヤツだと言いたいところですが……無事なところからすると、君たちにとっては普通のことなんですね」
手に剣や腰に銃をつけて武装した魔法を使える集団が、健人とエリーゼを囲んでいる。代表者と思われる人物が一歩前に出て話しかけた。
魔物に支配されて使われなくなった港に堂々と入り、上陸した二人を不審人物として警戒していたのだ。
しかし、どんな人が降りてくると思えば若い男女。それも腕を組みながら歩いているのを見て、警戒するのが馬鹿らしくなり、緊張感はいっきに抜けていた。
「政府の依頼により、魔物の討伐にきました。こちらが依頼書です」
「依頼を受けた方でしたか」
健人はエリーゼの腕を離すと、懐から名波銀から送られてきた依頼書を取り出す。
目の前に立つ警官が受け取ると、内容とサインを確認して顔を上げた。
「間違いないですね」
依頼書を丁寧に折りたたむと、笑顔のまま手を差し出す。
「お二人ともお待ちしておりました。歓迎いたします」
「ありがとうございます」
健人は手を握って握手を交わす。
「まさか有名なダンジョン探索士に来ていただけるとは思いませんでした」
雑誌に掲載されたこともあり、また個人でダンジョンを運営している健人とエリーゼは、ダンジョン探索士として群を抜いた知名度をもっている。
そんな有名人が危険な依頼を受けるとは思っていなかったようで、目の前にいる警察官は興味を抑えきれずに口に出したのだ。
「意外でした?」
「失礼を承知で言わせていただけるのであればね。安全面でも金銭面でも苦労していないように見えますので。こんな割に合わない依頼は断るものかと」
「言いたいことは分かります。ですが、ダンジョン探索士は魔物から人類を守るのも仕事ですからね。危険だという理由だけで断るわけにはいきません」
「ずいぶんと志が高いですね。で、本音は?」
「政府のご機嫌うかがいですね」
冗談だと分かるように、軽く笑いながら手を離す。
「それは大変ですね」
健人が笑ったことで、上手くはぐらかされたと思い、相手も声を出して笑っていた。
だが先ほどの発言は冗談でもなければ、ウソでもない。
個人でダンジョンを管理するには、政府との関係は切っても切り離せない。法整備から補助金、さらには必要な人材を派遣してもらうなど、協力してもらうことは山のようにある。
クルーザーの改造が成功したのも、ヴィルヘルムをサポートする優秀な所員を政府が派遣したところが大きい。
共倒れしないように利用し合う。持ちつ持たれつの関係。それが両者の関係を表すに適切な言葉だった。
「討伐についてお話ししたいので、警察署まで一緒に来ていただけますか?」
健人がうなずくのを見た警察官は「お前らは配置に戻れ!」と、周囲に命令を出してから移動を始め、健人とエリーゼも後に続いた。
緊急性は低いので移動は歩きだ。
エリーゼは、車が一切通らない道に違和感を抱きながら周囲を見渡す。
出歩く人も少なく、時折見かけるとしても武装した警官か、ダンジョン探索士だけだった。
「ずいぶん寂しい町ね」
健人とエリーゼがこの町に抱いた感想だった。
「魔物が出てくる前は、もっと人がいたんですけどね」
「外に人がいないのは魔物が襲ってくるから?」
「出ないだけではなく、都心に引っ越す人も多いですよ。特に沿岸部に住む人は減り続けています」
単純に人が足りず、地方まで警備の手が回っていない。時折襲撃してくる魔物が陸地に上がり、そのまま町で暴れることも珍しくないのだ。
安全な場所を求めて引っ越すのは自然な成り行きであり、難民とはいわないまでも日本各地で発生している問題であった。
「人が減り続けてしまった場所は捨てるしかないわね」
「すでにそんな村もあるようですよ」
「やっぱり」
エリーゼは過去に、魔物や盗賊に襲われて人が減ってしまい、村を捨てて移住する人を多く見てきた。そうやって人類の支配地域が減少したのを何度も見かけたのだ。今後、世界中で同じようなことが起こると予想し、事実そうなりつつある。
「ですから、樹海で目撃された魔物は致命的な問題になりかねません。陸からも定期的に襲われるようになったら、この町にいる人だけでは守り切れませんから」
歩き続けてようやく警察署が見えてきた。
雑談は終わりだと言わんばかりに最後の一言を放つ。
「みんな、この町を守るために必死なんです」
残された人の生活を守るために戦う。そんな覚悟を決め声だった。
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