第26話 襲撃

 烏山議員は自分の資産を増やすことに余念がなく、手段は問わず人を蹴落とすことで成り上がった人物であり、自分より下の人間は思い通りに動くべきだと考えている。事実、彼の意見に反対するような人間は排除され、周囲には従順か、もしくは価値観が一致している人間しか残っていない。


 東京に向かう飛行機に乗ってからも鎮まらず、ますます膨れ上がる怒りの矛先は、健人達に向かっていた。


「九州にいるヤツらを無人島に向かわせろ」

「……良いのですか?」


 烏山議員が指名した「九州にいるヤツ」とは、敵対者を物理的に排除して烏山議員を裏側からサポートした荒事専門の人間であり、日本では違法とされるような武器も所有していた。

そのような荒事のプロを、魔法が使えるといっても一般人に仕向けることに秘書の梅澤は疑問を抱いていた。


「無人島に人は居るべきではない。そう思うだろう?」

「わかりました。彼らに連絡を取ります」


 表情を見て、何を言っても意見を変えることがないと思い、無人島に住んでいる彼らを哀れに思いながらも、スーツケースからパソコンを取り出してメールで連絡をすることにした。


「魔法が使えて調子に乗っていたようだが、現代の武器には敵わんはずだ……分かっていると思うが、あの女は無傷だぞ」

「承知しました」


 キーボードをたたく手を止めて返事をすると、無心になってメールを送る作業に戻った。


◆◆◆


 メールを送信してから3日後、目出し帽をかぶった黒ずくめの5人の男性が、白昼堂々と健人が住む無人島へと上陸する。


 ゴムボートから降りた5人の片手には拳銃が握られており、街中で見かければすぐに通報されてしまう格好をしていたが、無人島では目撃者される心配はない。特に隠れるような動きなどせず、誰にも気づかれずに順調に進んでいると考え、ゆっくりとコテージへと向かっていた。


「まさかとは思ったけど、本当に襲ってくるとは思わなかった」


 不審者が上陸するとコテージ内にアラームが鳴り響き、緊急事態に気付くと、コテージ周辺を映し出している監視カメラの映像をエリーゼとともに見ていた。


「私の言ったとおりでしょ?」

「今回は俺の負けだよ。それでどうしようか」


 2階の空き部屋に集まった健人たちは、コテージを取り囲もうとしている侵入者を、複数のモニターを見つめながら話し合っていた。


「生かして返す意味はないから、ダンジョンの中でヤッてしましょ。全てを飲み込んでくれるわ」

「……殺すって意味?」


 いきなり物騒な解決方法を提示したことに驚くと、思わずモニターから視線を外してエリーゼの顔を見つめてしまった。


「気絶させて放置するだけでも十分よ。後は、魔物が勝手に処理するわ」


 元にいた世界、特にハンター同士のトラブルは話し合いが決裂したら暴力で解決することも多く、常識に則った発言だった。だが、驚いた健人の顔を見て「この世界では違う」と瞬時に思い直すと、魔物で処理させるといった言い方に変えた。


「それでも……」

「相手は日本では違法とする拳銃を所有して、私たちを脅し――いや、殺しに来ているわ。手怪訝する必要はないのよ? それに、ダンジョンに吸収させてしまえば証拠は残らないわ」


 暴力で解決することに納得できない健人の説得を試みてみるが、その結果は思わしくない。


「ならいいわ。私が1人でやるから見てて」


 平和な日本に住んでいたら、瞬時に殺してでも自分の身を守る決断を下せる人は少ない。エリーゼも後ればせながらそのことを思い出したため、すべて1人で解決することに決めた。


(ここで逃げたら、俺のことを信じているエリーゼを裏切ることになる。そんなことは絶対にできない)


 だが、孤独に生きて死ぬはずだった健人を救ったエリーゼに全てを押し付けてしまうのは、健人の矜持が許さない。


(ここでエリーゼに任せてしまえば絶対に後悔する)


 腹をくくった健人は、侵入者をこの世界から消し去ることを選んだ。


「エリーゼに押し付けることはしない。俺もやるよ」

「……そう決断するって、信じていたわ!」


 健人に残酷なことをさせてしまう罪悪感と、自分の意見に賛同してくれた嬉しさが混じった複雑な感情を抱いていた。


 2人の方針が決まり視線を再びモニターに戻すと、侵入者はコテージの壁際にまで近づいていた。


「2階の窓から飛び降りて走ってダンジョンまで逃げ込みましょうか」


 今から1階に降りると侵入者と鉢合わせする可能性が高い。直接戦っても勝てる自信はあったが、コテージ内が侵入者の血で汚れてしまうことを嫌ったエリーゼは、2階の窓から脱出してそのままダンジョンまで誘い込む方針に決めていた。


 こういった荒事ではエリーゼの指示に従うことに決めていた健人は、無言で頷くとエリーゼの後をついていくと、魔力で身体能力を強化させてから音を立てて窓から飛び降り、ゴーレムダンジョンに向かって侵入者が見失わない程度のスピードで走り出した。


「いたぞ!」


 着地した地点に近かった侵入者が気づき、大声を上げてから、逃げ出す2人に向けて拳銃を向ける。


「動きが早い!」


 だが、左右に動きながら高速で動く2人に照準を合わせることができずにいた。


「撃つな! 追え!」


 集まってきた侵入者に指示を出すと、すぐに手を下ろして追いかける。

 魔法が使えない侵入者は健人を見失わないようにするのが限界で、余裕はない。ゴーレムダンジョンに誘導されているとも気づかず、後を追うように洞窟の中に進み、不自然に舗装された通路にまでたどり着いた。


 何も知らされていない侵入者は、普通の洞窟と勘違いし、通路の真ん中に横並びで立っている健人達に声をかける。


「もう、逃げ場はないぞ。大人しくしていれば命だけは取らないでおいてやる」


 彼らは「男は殺し、女は拉致する」と指示を受けていたため、警告は嘘で塗り固められていた。


「どうした? 怖くて声すら出ないか?」


 警告に反応しないことを不気味に感じた侵入者は、手に持っていた拳銃を健人達に向けて、じわじわと近寄る。


「誰に頼まれたかしらないけど、降参するつもりはないよ」


 時間をたっぷりかけてから、ようやく返事をした。


「……撃て」


 5つの銃口を向けられても怯えることなく、平然と断った健人を不気味に感じながらもトリガーに指をかけて銃弾を放った。


 ゴーレムダンジョン内に乾いた音が鳴り響く。


 弾丸が健人に当たるまでわずかな時間しかない。だが、身体能力が強化され、魔法の発動準備が終わっている健人には十分な時間だった。突如として侵入者と健人の間に氷壁が出現したかと思うと、弾丸を弾く。


 氷でできた壁の出現に驚きながらも2発目、3発目と撃つが、健人が魔力を供給し続けている氷壁を突き破るどころか傷つける事すらできなかった。


「くそっ! 近づいてから撃つぞ!」


 拳銃では氷壁を突き破ることができないと判断すると左右に分かれ、氷壁を迂回するように健人たちに向かって走り出した。


(そろそろ攻撃に転じるか)


 エリーゼの目を見てアイコンタクトをすると、2手に分かれて侵入者の懐に入ると、みぞおちを殴りつけた。魔力で強化された健人の身体能力は凄まじく、侵入者は反応する暇すらなく宙を舞い吹き飛んだ。


「撃て! 撃て!」


 残った侵入者達は慌てて撃とうとするが、健人の動きについていけず、発砲しても当てることなく、全員殴り飛ばされてしまった。


「うっ……化け物め……」


 魔法が使えない侵入者の目には人間の皮をかぶった別の生き物のように感じられ、怯えながらも捨て台詞を吐いた。


「化け物か」


 無残にも敗れた侵入者の一言は、健人の心を鋭く切りつけた。


「気にしたらダメよ。自分に理解できないから言っているだけだから」

「化け物が……仲良しごっこ……か」

「いい加減、あなたの声も聞き飽きたわね」


 化け物と呼ばれることにいら立ちを感じると、手のひらに魔法の矢を創り出す。

 これから何をされるのか直感的に理解した侵入者は口を閉ざした。


「ねぇ。運が良ければ助かるかもしれないとか思ってないかしら? 甘いわね。私たちの居場所を荒そうとした人間を許すわけないでしょ」


 いつも一緒にいる健人ですらゾッとする、冷たい声だった。


「4人は俺がヤル」


 罪を背負うと決めていた健人は、氷槍を創り出す。


「ごめんね。ありがとう」


 自分のわがままで殺人にまで手を染めてしまうことに対しての謝罪と、一緒に背負ってくれる感謝の気持ちが絡み合った言葉だった。


「た……助けて……くれ」

「一瞬で終わらせてあげるわ。バイバイ」


 対等な生き物ではなく道端に転がっているゴミ、いや汚物を見るような目をして、胸に矢を突き突き刺し、一瞬のけいれんののち侵入者は息絶えた。


「こっちも終わったよ」


 覚悟を決めていた健人は葛藤することなく、残り4人の侵入者の頭に氷槍を突き刺し、頭をつぶしていた。


「お疲れ様」


 全ての作業が終わった健人たちが死体を見守っていると、数秒後に身に着けていた道具ごと地面に飲み込まれるようにゴーレムダンジョンに吸収され、通路の奥から叫び声に似た地響きが鳴り渡った。


「この音は?」


 エリーゼから死体が飲み込まれると聞いていたが、実際にその現象に遭遇したことと先ほどの音に、得も言われぬ不安に駆られ、身体が小刻みに震えていた。


「たぶんだけど、ゴーレムダンジョンが初めて死体を吸収した喜びの声かしら? 初めて聞くからわからないわ。でも、何が起こっても私たちならなんとかできるわよ。それにまだゴミ掃除が残っているわ。彼らが乗っきた船も処分しましょう」


 健人の震える手を優しく包み込み、ダンジョンの外へと向かっていった。

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