第44話 シェイプシフター

 シェイプシフターの討伐を一時断念すると、残っていたダンジョン探索士、研究職員を全員、本島へと避難させる。その後、ゴーレム島に留まった社員6人全員をダイニングに集めると、日が完全に落ちた時間から緊急会議が始まった。


「シェイプシフターは、捕食した生物の姿に変わることができる魔物よ」


 討伐を再開する前に魔物の特性を把握し、今後の方針を決めるため、シェイプシフターの講義を開催していた。


「理由までは分かってないのだけど、ダンジョンの外に出て活動したがる珍しい魔物ね」


 魔物は基本的にダンジョンの中で活動し、外に出る魔物は稀だ。そんな魔物のルールから外れた種族が、シェイプシフターである。ダンジョン内に発生した瞬間から、食べ物を求めるかのように、外を目指す厄介な魔物だった。


「外に出て長く生きたシェイプシフターは、狡猾になるの。気づかないうちに人が消え、発覚した時は、数え切れないほど犠牲者が出ることも珍しくないわ」


 人を捕食し、なり変わることで次の人間を捕食する。家族、恋人、友人など親しい人間が犠牲になることが多く、また人の出入りが激しく都市部では、特に発見が遅れがちで、数十年も気づかないまま犠牲者だけが出続けた例もあった。


「それは……やっかいだな……弱点とかあるの?」


 姿形を変えられる上に、ダンジョンに縛られない。外に出てしまえば討伐の難易度が跳ね上がるのは間違いない。ダンジョンに閉じ込めている間に、どんな方法をとっても討伐をする必要があった。


「発生したばかりだと、青白い顔といったように、見た目を完全に再現できないわ。それにね。人間に似せることはできるけど、生き物ではないから体温がないのよ。触れれば分かるわ」


 見た目は完全に再現でき、取り込んだ生物の経験、知識を高い精度で再現することもできる。一見、万能に見える能力だが、食事、排泄、睡眠といった生理現象や体温といったものはなく、注意深く観察していれば気づくことは可能であった。


「私みたいに魔法が使えない人間が触ったら、すぐに食べられてしまいそうですね……」


 腕で体を抱えるようにすると、ぶるっと身震いする。

 魔法が使えず、身体能力も世人男性並である梅澤にとって、触れた瞬間に食べられる未来しか想像できなかった。


「魔法が使えても同じよ。確かめるのも命がけね」


 たとえ身体能力が強化できたとしても、魔物に触れるほど接近して安全なわけがない。どんな人間でも、魔物に直接触るという行為は、危険が伴った。


「それに、シェイプシフターは個体差の激しい魔物なの。発生してからどのぐらい経過して,

知能がどのぐらい高いのか、それによって難易度は大きく変わるのよ」


 武器の違いはあるもののウッドドールなどは、生物を見つけたら真正面から襲う。足を忍ばせて奇襲するなどといったことはしない。ゴーレムダンジョンに出現するような無生物系の魔物は、一定のルールが決められているかのように、同じ行動をする。


 だが、シェイプシフターは正面からぶつかり合うこともあれば、罠や奇襲といった搦め手を使ってくる場合もあった。


「聞けば聞くほど、やっかいな魔物だな……」


 明るい話題がでないことに精神的に疲れ、大きく息を吐く。


「そうねぇ……明るい話題があるとしたら、ヤツらは、無生物系のダンジョンでしか発生しない上に、数十年~数百年に1度といった低い頻度でしか発生しないわ。ここを乗り切れば、じっくりと対策を練る時間はとれるわよ」


 明るい話題をなんとかひねり出そうとしたが、今直面している問題には役に立たず、健人を慰めることはできなかった。


「今回のヤツは、知能はどの程度あると思う?」


 リーダーがいつまでも弱気でいてはいけない。そう思い直すと、気持ちを切り替えて質問をする。


「そうねぇ……」


 先ほどの戦闘を思い出すために、目をつぶり人差し指を顎につける。


「捕食した人間の魔法を使い、状況が悪くなれば逃げ出す判断力。少なくとも、人間の子ども以上の知能はあるでしょうね……最悪、大人並みの知能はあると思って、対処したほうがいいかもしれないわ」


 先ほどの突発的な遭遇戦で分かることは少ない。そんな状況で、敵を過小評価しないようにと、注意しながら質問に答えた。


「準備してから、突入したほうが良さそうだね……。具体的な案は、今晩考えるよ」


 今すぐ、ゴーレムダンジョンに突入するか、多少時間をかけても対策をきっちりと練ってから突入するか。そのことに悩んでいた健人は後者を選択した。


「ダンジョン内は何が起こるかわからないし、最低でも5人は欲しいわ。私と一緒に、最適な案を考えましょ」


 この場にいる全員が、時間をかけて準備する方向で納得しかけた。だが、自分のことばかり考え、空気の読めないヴィルヘルムは違った。


「それは困る!」


 イスから勢い良く立ち上がり、エリーゼに掴みかかろうとするが、隣に座っていたミーナが慌てて体を抱きしめて止める。


「魔石はまだまだ不足しているんじゃ!」


 準備をするということは、それだけ長い間ゴーレムダンジョンが閉鎖されることになる。安定供給し始めたばかりで、研究所に間石はほとんど残っておらず、数日で魔道具の研究が止まることは明白だった。


「ヴィルヘルムさん落ち着いてください!」

「だがの…………う」


 手を振り払い後ろを向くと、今にも涙をこぼしそうな表情をしているミーナがいた。

 自分の欲望に忠実なヴィルヘルムといえども、泣いている女性を怒鳴りつけることはできず、声が尻すぼみなって消える。


「討伐が失敗すれば、さらに時間が必要です。余計な時間を使っているように見えて、エリーゼさん達の案が一番早いんです」


 自らの服の袖を、勢いよく顔にあてて涙を拭く。

 エリーゼの役に立ちたい。その一心で、ヴィルヘルムを説得しようと試みていた。


「本当かのう?」


 ミーナと向き合っているヴィルヘルムは、珍しく落ち着いた声を出して問う。


「はい! ワタシはエリーゼさんを信じていますから!」

「ふむ…………」


 偏った性格をしているヴィルヘルムへの周囲の反応は冷たく、面倒だと粗雑に扱う人間、無視する人間など大勢いたが、真正面からぶつかってくるような人間は少なかった。そんなミーナの純粋な思いに心を打たれると、自身が驚くほど素直に説得され、先ほど座っていたイスに腰掛ける。


「…………ミーナに免じて、大人しくしてやろう」


 腕を組んで、窓のほうを向きながら返事をする。その顔は赤く、恥ずかしがっているようだった。


「他に、今後の方針について異論のある人は?」


 ニヤつきそうになる顔を引き締めながら、周りに問いかけると、今度こそ反対意見は無いようで、誰も手を上げず健人を見つめている。


 会議を終わらせようと口を開こうとすると、ポケットに入っていた携帯電話が部屋に鳴り響く。慌てて取り出し確認すると、液晶画面に表示された名前は名波議員だった。


「名波議員からだ……急用かもしれない。電話に出るね」


 一言断ってから電話に出ると「一時閉鎖ってどういうこと!?」と、悲鳴に似た叫び声が聞こえてくる。その声はあまりにも大きく、会議に集まっていた全員に聞こえたほどだった。


「行方不明者が出たと報告した翌日に閉鎖したから、文句を言いたくなる気持ちは分かるけど、少しうざったいわね……」


 携帯電話を持ちながら頭を下げている健人を見て、口を尖らせて不満を口にする。


「エリーゼさんと健人さんは仲が良いですね……」


 羨ましそうにエリーゼを見つめていた礼子は、ノドからひねり出したような声をしていた。


「そ、そんなんじゃないわ! だって、まだ……」


 思いがけない発言が飛び出し、顔を真っ赤にして否定する。指をいじりながら、何かを言葉を発しているが、声が小さく誰も聞き取ることはできなった。


「大和姐さん……」


 エリーゼの照れている姿をうらやましそうに見ている礼子を見て、明峰は哀しそうな眼差しを向けていた。


「もう帰ってええかのう」

「もう少しの辛抱なので、落ち着いてください……」


 その近くでは、早く研究所に戻りたいと駄々をこねているヴィルヘルムをなだめているミーナの姿もあった。


「いやぁ、混沌として、実に面白いですねぇ」


 健人が電話に出ると張り詰めた空気が一気に緩み、各々が自由に話し出す。梅澤は1人、そんな雰囲気を楽しんでいた。


 そんな混沌とした状況も電話の終了とともに収まり、健人とエリーゼは明日から東京へ出張することが決まった。

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