第10話 ゴーレムダンジョン探索1
無人島に戻ってきた翌日。
朝食を済ませてから、ホームセンターで購入した安全靴、頭には安全第一と書かれたヘルメット、斧や鉈、背中に2日分の保存食や水を詰め込んだリュックなどを身につけてからコテージの外に出た健人は、その場で軽くジャンプなどをして荷物が邪魔にならないか確認をしていた。
「やっぱり荷物は重いね。歩くのであれば問題ないけど、戦うのは厳しそう。敵を見つけたらリュックを下ろして戦う感じになる?」
「そうね。敵を見つけたらリュックを下ろしてから魔法で攻撃するのがいいと思う。ウッドドールは左胸にある動力源の魔石か、頭を潰せば動かなくなるわ。遠距離から一方的に攻撃して倒しましょう」
健人が使う魔法の威力と精度は、初心者レベルを超えている。
エリーゼは、練習通りの威力と精度が実戦でも発揮できれば、問題なく戦えると考えていた。
「もし、先に敵が俺たちを見つけた場合はどうする?」
「先制攻撃できない場合はすべて私が対処するわ。健人は後ろに下がって見てて」
どんなこともでもそうだが、初心者が瞬時に適切な判断や行動はできない。ダンジョン探索初心者に緊急対応の判断を任せるのは危険だ。
「……わかった」
健人は首を縦に振ってうなずく。
経験の差があることは理解しているが、半人前以下の扱いに劣等感を感じて返事が数瞬遅れてしまった。
「ほかに気なることある?」
「この斧と鉈だけど、ぶっつけ本番で使えると思う?」
「はっきりいうと、武器を使った戦闘は期待していない。お守りとして持ってて」
健人は、古武術を学んだり、軍隊などに入って戦闘訓練を受けたこともない。せいぜい、体育の授業で柔道を習ったぐらいだ。接近戦について不安を抱くのは当然だろう。
さらに健人が持っている斧や鉈はホームセンターで売っていたものだ。武器として扱うには、威力や強度といった面で不安しかない。
エリーゼはそれらのことを踏まえて、武器を使う状況を避けるように探索しようと考えていた。
「それもそうか……」
健人は役に立たないと言われた武器を見つめていた。
「これからゴーレムダンジョンにいくけど、今日の目的は、1階の雰囲気と初戦闘を済ませること。それ以外のことは余計なことだから絶対にしないように」
「わかった。俺はエリーゼの指示に従うよ」
今回は2日分の食料や水を用意している。エリーゼは、初心者がいることを考慮しても地下3階までは探索はできると予想していた。小さな目標を1つ1つクリアして冒険はせず、慎重に探索を進めようと考えていた。
「私も準備してくるから待ってて」
健人がしばらく待っていると、緑色の麻のような服、右手に弓、腰にポーチと大型ナイフをつけたエリーゼがコテージから出てきた。ブーツが安全靴に変わった以外は、浜辺で見つけた時と同じ格好をしている。
「その格好を見るのは懐かしいね」
「普段の生活だと、こっちの世界の服の方が過ごしやすいけど、探索するなら話は別。やっぱり頑丈な服に着替えなきゃね」
エリーゼが来ている服はハンター御用達の丈夫で長持ちして汚れがつきにくい服だが、生地は固く肌触りも悪いため着心地は最悪だ。一般的にはこの服の上にレザーアーマといった鎧を着るのだが、この世界に来る前に壊れてしまったため、この世界に持ち込むことはできなかった。
「準備もできたことだし、ゴーレムダンジョンにいきましょ」
そう言うと、エリーゼは髪をなびかせながらゴーレムダンジョンの方に向かい、健人も後を追うようについていった。
◆◆◆
「俺が見つけた時からだいぶ変わったね」
健人は、様変わりしたゴーレムダンジョンの周囲を見渡していた。
無人島は木々に囲まれた自然が豊かな場所だが、ゴーレムダンジョンの周囲10mは土がむき出で、不自然に感じるほど植物といったものが存在しない。小さいながらも、生命の営みが感じられない空間ができていた。
(見つけたときには気にならなかったけど、コテージを建てたときはこんなスペースはなかった。これもゴーレムダンジョンが出現した影響だろうか……)
入り口に目を向けると高さが2m〜3mのどある不揃いな柵と木製のドアがあり、その近くにはテントがある。出入り口のチャックを下ろして中を見渡すと、滅菌ガーゼ、包帯といった救急用具が置かれていた。
「コテージから近いし必要ないともうけど、素材の置き場として使おうと思っているの」
探索を繰り返せばコテージに入りきらないほどの素材が出てくるはずだ。すぐに倉庫が作れるわけもないので、生活スペースを圧迫するようであれば置き場として用意していた。
健人は一緒に入ってきたエリーゼの顔に視線を向けると、彼女は救急用具をじっと見つめていることに気づいた。
「健人のおかげでこの世界のことを少しずつ理解できるようになったわ。基本的には私がいた世界の方が技術的に劣ってる」
そういって、一呼吸おいてから話を続ける。
「でもね。特定の分野では勝っているの。その一つがケガや病気の治療ね」
「魔法でぱぱっと治せるの?」
「魔法だけでは治せない。正確には魔法と薬草を使うの。それがこれよ」
エリーゼは腰につけたポーチから試験管のような細長い透明な入れ物を、指に挟んで2本取り出した。彼女の腕の動きに合わせて、血のように赤い液体が波打っている。
「軽い怪我だったら私たちのリュックに入っている救命用具を使うけど、大きな怪我……骨折や切り傷ね。その場合は、私が持っている回復ポーションを使うわ」
付与タイプに適性のある人が薬草の効果を向上させる魔法を付与して、傷を短時間で治すポーションを作ることができる。使う薬草の種類、比率などにより効果は大きく変わり、下級・中級・上級・最上級とランク付けがされている。エリーゼが持っている回復ポーションは上級の部類に入り、大抵の怪我であれば瞬時に治してしまう効果があった。
上級以上は入手が困難で、エリーゼも普段は使わない。
そんな貴重品を彼女が持っているのは、最下層に到達するために必要だったからだ。攻略前は18本用意していたが、手もちの2本を残して全て使い切っている。
「私じゃ作れないからできるだけ節約したいけど、健人の命には変えられなから変に遠慮しないでね」
健人の世界には2つしかなく生産できないものなので、値段がつけられない貴重なものだったが、それを惜しげもなく「使う」と宣言してる。
エリーゼにとって気づかないうちに、値段がつけられないポーションより健人の命の方が重要だと判断していた。
「魔法があるからもしかしてと思っていたけど、魔法のようなポーションもあるんだ……」
「どう? 少しは驚いた?」
本島では驚いてばかりだったエリーゼは、健人を驚かせたことに満足げな笑みを浮かべていた。
「ああ。驚いたし、これを使った時はもっと驚くんだろうな」
エリーゼが手に持っている回復ポーションを見つめ、傷が瞬時に治る光景を想像していた。
「2個しかない貴重品なんだ。ケガをしないように注意するよ。テントの中も確認したし、外に出よう」
そういうと健人はテントの外に出て、エリーゼもその後を追った。
「ひと段落ついたら、テントから倉庫っぽいものに変えたいね」
後ろを振り返ってテントを眺めていた健人が、思い立ったようにつぶやいた。
「テントは出入りが不便だし、小さい小屋にしたいね」
「お手製で?」
「うん。ここに業者を呼びたくないしね」
「そうね。その時は一緒に作りましょ」
「そうしよう。楽しみだ」
本当に倉庫が必要になる日が来るのか、2人で作れるのか。そんな些細な問題は脇に置いて、健人とエリーゼは、これから先も一緒にいるのが当然だと考えるように、お互いに顔を見て微笑みあっていた。
「必要なことは説明したし、そろそろダンジョンに入りましょう」
エリーゼの一言で緩やかだった雰囲気が、一気に変わる。
熟練のハンターが守り、教えてくれるとはいえ、ダンジョン探索は命がけだ。健人も頬を叩いて意識を切り替えて、2人一緒に並んでダンジョンに入る。
入り口は付近は天然の洞窟のように不規則なおうとつがあり、健人は水分を多く含んだ空気がまとわりつくような感触を覚えた。
奥に進むにつれて空気が乾いていき、その変化に合わせるように、整地された床や壁に姿を変える。天井も一般的な建物の4倍ほどの高さになり、人が6人並んで歩けるほど広々とした場所だった。さらに、蛍光灯に匹敵するほどの光を天井が発していた。
「ダンジョンの中に明かりがあるんだ……」
周囲が完全に人工物に変わったところで、健人は立ち止まって周囲を眺める。
「明かりのないダンジョンもあるけど、人工型は明かりがついていることが多いわ。ここまできたらランタンは不要よ」
エリーゼの指示にしたがって、手に持っていた電気ランタンの明かりを落として腰につける。
「ここからは私の後ろを歩いて。1階に出てくるウッドドールは、音には鈍感だから大きな音さえ出さなければ問題ないけど、念のため会話は必要最低限にしましょう」
健人がうなずくと、エリーゼは通路の奥に向かって歩き出した。
突き当たりまで目測で500mはある一本道は、不気味なほど静かで、石畳の上を歩く小さな音と2人の呼吸だけが聞こえていた。
(耳が痛くなるほど静かだ。さらに極度の緊張……1人で探索してたら気が狂いそうだ)
ハンターが1人で探索することはない。健人が予想した通り、極度に緊張した状態で閉鎖された空間に長くいたら精神が先にダメになってしまう。そのまま魔物と戦っても実力が発揮できるはずがない。1人で探索するハンターは数が少ない上に生存率も低かった。
健人がそんなことを考えていると、いつの間にか曲がり角が目の前にまで迫っていた。突き当りを左側曲がり、さらに何度か通路を曲がり奥に進むと突然、エリーゼが右手を軽くあげたので2人とも足を止める。事前に決めていたハンドシグナルだ。
健人は次の指示がくるまで待っていると、そのままエリーゼは振り返ることなく、腰につけたポーチから手鏡を取り出し、通路の先にある曲がり角の先を確認した。
「20mほど先に、ウッドドールが1体がいるわ。ちょうどいいから健人が攻撃して。あいつらは頭か左胸に一定のダメージを与えれば倒せるから、最初はわかりやすい頭を狙うといいわ。万が一外しても私が倒してあげる」
「わかった」
健人は返事を一言で済ますとすぐさま、魔法を作り出すために右腕を体の前に突き出して準備を進める。
「氷槍を出すよ」
魔法を体外に出す準備ができた健人は、エリーゼの前に飛び出す。すると、エリーゼが言っていた通りに20m先に木でできた顔のない人形が棒立ちしているのが目に入った。
目標を目視した健人がすぐさま魔法を放つ動作をすると、ウッドドールも動きを察知したようで勢いよく振り向くと、右手に持っていた太い木の棒を振り上げ、こちらに向かって走り出した。
(人形のくせに動きが早い! 早く、早く魔法を出さないと!)
極度の緊張と敵が迫り寄ってくる恐怖によって、準備してのにもかかわらず、氷でできた槍を2本作り出すのに5秒以上の時間がかかってしまった。
さらにやっかいなことに危険を察知ウッドドールは、魔法が出現したタイミングで走るスピードがあった。その姿を見た健人は、慌てて1本目の氷槍を頭に向かって射出する。
練習の成果が出たのか頭に向かって一直線で進むが、魔法の接近を感知したウッドドールは軽くしゃがみ回避すると、立ち上がる力を利用して、健人に向かって3mほどある天井ギリギリの高さまで飛び跳ねる。
人体で再現することが難しい動きと、氷槍を回避されたことに驚いた健人は動きが止まってしまった。だがそれも一瞬のこと。すぐに気を取り直して残り一本の氷槍をウッドドールに向けて射出した。
さすがに空中で回避動作をすることはできないようで、狙い通り頭に当たると刺さった氷槍の先が突き抜け、ダンジョンの天井にまで突き刺さり、ウッドドールは首吊りをした死体のように天井から下がっていた。
極度の緊張から解放された健人は、長距離マラソンが終わった直後のように呼吸を乱しながら動くことのないウッドドールを見つめていた。
「なんとか倒せたようね」
背後からエリーゼの声が聞こえた健人が振り向くと、矢をつがえていた彼女の姿が目に入る。
「ああ。念のため2本作っておいて正解だったよ」
「その判断は正しかったわ。ゴーレム系は人では実現することができない無茶な動きをする場合もあるから、特に不測の事態に備える必要があるの」
「それなら先に言ってよ……」
「言葉で言うより実感したほうが色々と効率がいいでしょ。それより天井を見て」
エリーゼは天井にぶらさがっているウッドドールを指差した。
不満げな顔をしながら健人もつられて見上げると、足元から徐々に黒い霧が出現し、数秒後にはウッドドール全体が黒い霧に覆われたかと思うと、次の瞬間には消えて無くなっていた。
非現実的な光景に目を奪われていた健人だったが「コン」と、硬いものが落ちた音で意識が現実に引き戻される。
音がした方を向くと、赤黒い小石が落ちていた。
その石をエリーゼが拾い上げ、健人に差し出すように見せる。
「魔物が倒した後に残る魔石よ」
「これが……魔石か……」
魔石を受け取りじっくりと眺める。
琥珀のように中が透けて見える楕円形の魔石は、宝石のような魅力があり、美術品のような美しさを感じた。
「綺麗だな」
「ええ。強い魔物から取れる魔石は、もっと色が濃く、そして美しいわ。私の世界では美術品として集めている人がいるほどね」
「なるほど。集めたくなる人の気持ちがなんとなくわかる」
「魔物を倒す目的も達成できたのだし、そろそろ帰りましょうか」
「そうだな。魔石の鑑賞は後にするか」
二人とも戻るため、通った道を再び歩くことにした。
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