第81話 アマゾン探索1~2日目
夜の見張りは交代制となり、前半は健人が受け持つことになる。
明かりのない夜。家の入り口から、健人が空を見上げる。日本では見ることできないほど、星が輝いてきれいな夜空だ。だが残念ながら、美しい風景を楽しむ余裕はない。いつ襲われるか分からない緊張感。葉のざわめきでも過剰に反応してしまうほど、健人は神経をすり減らしていた。
それは、エリーゼと見張りを交代して、部屋で横になっていても変わらなかった。
幸いなことに夜が明けても襲われることはなかったが、
「あまり、寝れてないようね」
このような野営に慣れていない健人は、ほとんど眠ることができなかった。
重い体を無理やり起こした健人に、エリーゼが声をかける。
「そうだね……全然、寝れなかった。安全な部屋で寝れるありがたみを感じているところだよ」
周囲が明るくなったことで、ようやく健人の不安が和らぐ。
「今日は早く寝るのよ? 休めるときに休む。訓練だと思ってしっかりやってね」
「訓練というには、危険すぎる気もするけど……」
「私の世界だと、魔物がいる森で夜を明かすなんて普通よ」
エリーゼは、こういった野営には慣れていた。熟睡こそしなかったが、浅い睡眠でもきっちり、頭と体を休めている。
「今日は、もっと奥地にある集落へ向かうわ。さっさと朝食を食べて移動しましょ」
健人は眠い目をこすりながら、朝食の準備を始め、数分で簡素な食事を終わらせると、すぐに荷物を持って奥へと歩き出した。
家から出た健人が空を見上げる。雲一つない、見事な晴天だった。
異変を感じたのは、集落から出て1時間ほどだった。周囲の魔力濃度が急上昇したのだ。さらに、鳥の鳴き声が聞こえなくなり、動物も見かけなくなる。異様に静かな空間。ジャングルという生物が豊かな場所で、ザッ、ザッと、歩く音だけしか聞こえない。
依頼さえなければ、早急に立ち去るべき雰囲気を漂わせている。だが危険だと分かっていても、今の健人とエリーゼは前に進むしかなかった。
異変を感じてから、事態が変わるのに時間はかからなかった。先頭を歩くエリーゼが右手を上げる。止まれの合図だ。健人が前をのぞき込むと、数メートル先に人の背丈ほどある巨大なクモがいた。
「っ……!」
驚きのあまり、声を出しそうになった健人。この場合、声を出さなかったことを褒めるべきだろう。
巨大クモの全身は黒い毛におおわれ、頭は血のように赤い。黒と白のゼブラ模様の足をきれいに折りたたんでいた。
「寝ているのかしら? 恐らく、夜行性のクモね……」
運よく木の陰で休息しており、健人たちには気づいていない。
「健人の世界には、こんな大きいクモっていないわよね?」
「うん。絶対」
「私が知らない魔物だし、この世界のクモと交配してできた魔物かしら? それとも……」
「それとも?」
「この場所は魔力濃すぎるわ。もしかしたら、そのせいで変異したのかも」
エリーゼの世界には、魔境と呼ばれる場所がある。そこは周囲の魔力が異常なまでに濃く、魔法が使えない生物、特に胎内にいる子どもを魔物化させていた。
「想像していたより、ヤバいかもしれないわ……。ダンジョンから魔物が出たんじゃなくて、ここに生息している生物が魔物化しているかも。きっと、この近くにダンジョンが複数あるはずよ」
そのような場所は通常より危険なのは当然として、必ず、近くに複数のダンジョンがあった。魔力の発生源が複数あり、それぞれの魔力が混ざり合うことで、魔境が出来上がるのだ。
「もう少し様子を確認したいから、一旦、下がるわよ」
距離を取ろうと動いたところで、巨大クモがゆっくりと立ち上がる。頭についている6つの黒い眼は、健人たちを捉えていた。
「まずいわ!」
エリーゼは慌てて青く輝く矢を創る。すぐさま矢を番えたが、放つことはなかった。
「待って! 動きがおかしい!」
健人の指摘によって異変に気付いたからだ。
「こっちに来ようとしているけど……前に出れない?」
巨大クモは数歩前進すると、すぐに後退する。それを何度も繰り返していた。まるで見えない結界に阻まれているように、前に進めないのだ。
「健人、何か魔法を使っているの?」
「まだ何もしていない。近づいてきたら土棘で串刺しにするつもりだったよ」
「じゃぁ、なんでアイツは、踊っているのかしら?」
獲物を取り逃がしたくない巨大クモは、諦めることはなかった。何度も前に出て、後ろに下がる。それを絶え間なく繰り返している姿は、エリーゼが表現した通り踊っているように見える。
健人は自ら置かれた状況を整理し、しばらく悩むと、1つの結論を出す。
「もしかしたら、これのおかげかもしれない」
健人が手にしていたのは、ベルトループから取り外した虫除けだった。
「……あり得るわね。ベースが虫であれば、ミーナお手製の薬は役に立つはずよ」
「ちょっと、試してみる」
手に持った虫除けを、巨大クモに投げる。すると大きく跳躍して後退した。
「帰ったら、ミーナに特別ボーナス確定だね」
「ええ。たっぷりと上げましょ」
魔境という危険な場所で、思わぬ朗報に2人とも大きく安堵する。
「向こうが近づけないことも分かったし、そろそろ倒すわね」
エリーゼが、番えていた矢を放つ。
放たれた矢は、周囲の気温を下げながらクモに向って一直線に進む。狙い通り赤い頭部に突き刺ささると、その数秒後、矢が爆発する。
巨大クモの頭部が氷漬けになり、砕けるように力なく倒れる。
「証拠の写真を撮っておきましょ」
健人は自身が持っているカメラを取り出すと、頭部が氷漬けになったクモを写真に収めた。
「魔石があるか、確認しに行き……」
写真も撮り終わり近づこうとしたところで、エリーゼが動きを止める。周囲を警戒するように見渡してから、健人の手を引いて後ろに下がった。
「エリーゼ!?」
健人が悲鳴を上げそうになるが、木の陰に隠れて口を押さえられてしまった。
「少し黙ってて」
エリーゼの緊迫した声に気圧され、健人は無言でうなずく。2人で木の陰から、ゆっくりと巨大クモの死体があった場所を見ると、1周り小さい赤い鱗を持つトカゲが、3匹。死体を食べていた。
「このトカゲは知っているわ。サラマンダーと呼ばれる魔物よ。口から火の玉を吐き出すから要注意ね」
「……こいつも写真に収めておくか」
健人が証拠となる写真を撮影している間、エリーゼが今の状況を整理する。
周囲の魔力が濃く、生物が魔物化している。さらにダンジョンから出てきたと思われるサラマンダーまでいた。間違いなく複数のダンジョンがある。
さらに生物の頂点たる魔物を、別の魔物が食べている状況は良くない。普通の動物が極端に減ってしまった影響だ。こうなってしまえば魔物の生息範囲が広がるのも時間の問題だ。
「本当にやっかいな依頼を受けてしまったわね……」
エリーゼは魔物除けを起動させながら、大きくため息をはいた。
「魔物除けが起動していれば、魔法の発動が察知されにくくなるわ。健人、魔法でまとめて倒してもらえないかしら?」
写真を撮り終わった健人が、手を前に出し魔法を発動させる。鉄よりも硬く頑丈な氷槍が1本、2本、と作られ、最終的には10本の氷槍が健人の周囲に創られた。
「打ち漏らしたら、私が倒すわ」
エリーゼも緑色に輝く矢を創り出し、全ての準備が整う。
「いけ!」
健人の掛け声とともに、10本の氷槍が、サラマンダーに向って放たれた。木々を縫うように、複雑な軌道を描き、食事に夢中になっているサラマンダーの目や口を中心とした、頭部に命中し、悲鳴を上げることも許されず3匹とも絶命した。
「素晴らしいコントロールね」
エリーゼは、ずば抜けた魔法のコントロール力に感嘆していた。実戦経験は確かに足りない。だが、それを補って余りあるほど、健人のコントロール力は卓越したものだ。
「魔石の他に鱗も有用よ。ヴィルヘルムとミーナのお土産にちょうど良いわ。リュックに入るだけ、持って行ききましょ」
「わかった。俺が魔石と鱗を剥ぎ取るから、エリーゼは周囲を警戒して。それでいい?」
「問題ないわ」
ロングソードを片手に、慎重に近づく健人。その後姿を、頼もしいと思いながら、エリーゼは自分に与えられた仕事に集中することにした。
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