第43話 敗走
エリーゼが振るう斧を紙一重で避け続けるシェイプシフターを見れば、エリーゼが優位だと思える。だが、一方的に攻撃しているからといって、戦闘に勝てるとは限らない。
無生物であるシェイプシフターは、休まず動き続けることは出来るが、エルフであるエリーゼは違う。攻撃を躱され続け、息が上がり動きが鈍くなった隙に、みぞおちに蹴りが入り、勢いよく吹き飛ばされた。
「エリーゼ! くそっ!」
シェイプシフターが、地面に横になり咳き込んでいるエリーゼに向かって、ドリルのように溝がある火槍を放とうとしている。
叫びながらも健人はすぐさま魔法を放ち、エリーゼを守るように3重の土壁が出現する。さらに魔力を込めて強化するが、それは相手も同じで、エリーゼの息の根を止めようと創り出した火槍に魔力を注ぎ、先ほど見たときより熱量が増し、溝のようなものができていた。
火槍が土壁に衝突した瞬間、空気が震え、壁の向こう側から土を削るような音が聞こえる。
「土壁が削られている……」
シェイプシフターは姿を似せるだけではなく、食べた生物の経験、知識もある一定レベルで引き継ぐ。火槍をドリルのような形にし、回転させながら土壁を削る程度であれば、容易に再現することができた。
「くっ!」
火槍に込められた魔力が尽きるか、土壁の魔力が尽きるのが先か、根比べが始まった。
1枚目の土壁を突き抜け、火槍が2枚目の土壁に激突する。未だに咳き込んで動けないエリーゼを横目に、土壁にまで走り寄り手を当てて魔力を補充する。
湯水のごとく魔力を使ったことが功を奏し、2枚目を突破することなく火槍は消滅した。時間にしてみれば数秒だったが、光に包まれて消えゆく土壁を見つめながら、緊張のあまり健人は全身に汗をかき息が乱れていた。
火槍が防がれても動揺すらしないシェイプシフターは、倒れているエリーゼに向かって飛び出すが、健人が間に入って蹴りを防ぐ。先ほどまでの魔法戦とは打って変わり、殴る蹴るといった原始的な戦いに変わった。
素人が殴りつけるような、大きく振りかぶった右ストレートをサイドステップでかわすと、ジャブを顔面に叩き込む。力が入っていない攻撃ではダメージを受けることはないが、シェイプシフターは反射的に目をつぶってしまい動きが止まった。
その一瞬の隙をついて、健人は右足を上げてから素早くかかとを落とすが、魔力の流れを察したのか、視界が見えないはずのシェイプシフターは一歩後ろに下がって、当たる直前で回避する。
だが、攻撃はそこで止まらず、振り下ろして地面についた右足を軸にして、半回転しながら放たれた左足の蹴りを放つ。シェイプシフターは避ける余裕はなく、魔力と回転の勢いが乗った攻撃によって大きく吹き飛ぶと、地面を2転、3転と転がり動きが止まる。
何度も攻撃が放たれる激しい攻防だが、健人が終始有利に進めていた。
(近接戦に限れば、俺の方が強いな)
エリーゼから接近戦の技術を徹底的に叩き込まれ、さらに独学ではあるが接近戦の技術を毎日のように鍛えていた接近戦の技術は高く、すでにエリーゼより強くなっている。
そんな健人から見ればシェイプシフターの攻撃は、力任せに殴りつけるだけの子どもの攻撃ように感じられ、油断さえしなければ当たる気はしなかった。
(でも、それ以外がやっかいすぎる……)
地面に転がったことで汚れた体を気にせず、地面に手をついてゆっくりと立ち上がる。普通の人間であれば内臓が破裂するほどの蹴りを受けたのにも関わらず、先ほどの攻撃でダメージを受けているようには見えなかった。
飛び跳ねて健人の目の前に着地したシェイプシフターが、先ほどのお返しと言わんばかりに回し蹴りを放つ。バックステップで避け、反撃に一歩踏み込んで顔を殴ると、縦に回転しながら勢いよく吹き飛び、奥にある木にぶつかって動かなくなった。
「攻撃は当たるけど、なぜか効かない……か……」
殴りつけた拳を見つめながらつぶやく。
「見た目は生き物のように見えるけど、本質的にはウッドドールと変わらない。私たちと同じ生き物ではないのよ」
ようやく呼吸が整ったエリーゼが、後ろから歩いてくる。
「体は大丈夫?」
シェイプシフターから視線を外さないまま声をかける。
「心配かけたわね。健人が時間を稼いでくれたおかげで問題ないわ。それよりあいつの見た目に惑わされたらダメよ。ゴムを叩いても壊せないように、アイツに打撃は効かないわ」
言い終わると先ほどと同じように赤い斧を創り出す。
「私がとどめを刺すわ」
吹き飛ばされたシェイプシフターがフラフラと立ち上がる姿を捉えながら、エリーゼは腰を落とす。
「一気に畳み掛ける……え?」
重心を移動させ動き出そうとした瞬間、相手が光に包まれたかと思うと人間から鳥に、姿を変えていた。
「まさか! 逃げる気!?」
飛び立つ前に倒そうと一足飛びにシェイプシフターまで近づくが、到着した頃にはすでに上空へと飛び出した後だった。
健人が魔法を放とうと魔力を練っている間に、鳥に姿を変えたシェイプシフターは、ゴーレムダンジョンの方へと向かって行ってしまった。
「すぐに後を追うわ! 健人は、武器をお願い!」
エリーゼは、すぐに飛び跳ねるように木々の間を移動して追跡を始め、健人はゴーレムダンジョンで手に入れた剣とエリーゼの弓を手に入れるため、急いでコテージへと向かう。
乱暴にドアを開けて、それぞれの部屋に入り武器を手に入れると、剣を背負って弓を片手に持ち電話をかける。
「武器を手に入れた。そっちはどこにいるの?」
「ダンジョン探索士が出てきた瞬間を狙って、ゴーレムダンジョンの中に入って行ったわ……今は、礼子さんと一緒に入り口を監視している」
「すぐ、そっちに行く」
携帯電話をポケットにしまい移動を始めた健人は、ゴーレムダンジョンにつながるアスファルトの道にまで移動すると、体中に魔力をまわして全力走り、数分後にはエリーゼと礼子がいる現場にまで着していた。
「状況は変わってないようだね。ゴーレムダンジョンの中には何人残っている?」
全力で走ったのにも関わらず、息切れすることなく、険しい顔をして問いかける。
「30分以内には、全員がゴーレムダンジョンから出て来る予定です」
セキュリティドアの前に立つ礼子が、敬礼をして答える。
「その人たちが出てきたら、ゴーレムダンジョンは一時閉鎖だ! これから事務所に行って、これまで分かったことを説明してくる」
「健人、いいの?」
急いで立ち去ろうとする健人の後ろから声がかかる。
一時的にでもゴーレムダンジョンを閉鎖してしまえば、今回の件が他の人間にもすぐに知れ渡ってしまう。さらに閉鎖している間は収入すらなくなってしまう。そのことを、エリーゼは心配していた。
「不測の事態が発生したんだ。この対応が最適だよ。少なくとも……俺はそう思う」
振り向いてエリーゼの質問に答えると、すぐに走りだす。
シェイプシフターと戦い、姿を自由に変えるという危険性を理解していた健人は、なによりも討伐を優先しなければいけないと考えていた。
ゴーレム事務所にいた梅澤に一時閉鎖をする理由を説明すると、急ぎエリーゼと2人でゴーレムダンジョンに入り、地下1階にまで降りた健人だったが、シェイプシフターの姿を見つけることはできなかった。
「多分、この下にいるんだろうな」
ゴーレムダンジョンの地下1階にいる健人は、地面を指差す。
閉鎖の連絡をしてから装備を整える暇もなく探索を始め、普段着のままで剣しか持たず、探索用の荷物すら持っていなかった。探索の準備が整っていないまま未踏破のエリア、さらに新しい魔物との戦いは危険であった。
「一旦、帰った方がいいかな?」
後ろを振り返り、エリーゼを見つめる。
「そうね。帰った方がいいと思うわ」
お互いの顔を見て頷くと、成果を上げられないまま、ゴーレムダンジョンの外へと向かって歩き出した。
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