第57話 混戦と裏切り

「まずは、1体!」


 すれ違いざまに胴体を真っ二つに切り裂かれたストーンゴーレムが、黒い霧に包まれて消滅する。普段のおとなしい礼子からは、想像できない野生的な笑みを浮かべていた。


「次!」


 幻だったかのように消えたかと思うと、次の瞬間には空中に移動し、浮かんでいたスペルブックを正面に捉えて一刀のもと切り捨てる。着地するとすぐさま、地面を這うように移動し、ストーンゴーレムの足を切り捨て、倒れてきたところで頭を切り刻み消滅させる。


 ハンドルを握ると性格が変わる人間がいるように、戦闘になると周囲の事を忘れて、笑いなが戦う癖が礼子にはあった。その性格を何度も直そうとしたが直るどころか悪化し、最後には自衛隊をやめて、個人でも活動できるダンジョン探索士という職業にたどり着いた。


「弱い……弱すぎる! もっと、もっと、ギリギリの戦いをしましょう!」


 何かのスイッチが入って性格が変わった礼子は、再び魔物に斬りかかっていった。


「性格が変わりすぎよ……」


 純粋に戦闘を楽しんでいる姿を見て、エリーゼは呆れたような表情をしていた。


「でも、おかげでしばらく安心ね。ねぇ。あなた大丈夫?」


 藤二の全身は、傷がないところを探すのが難しいほどであり、ストーンゴーレムに殴られたのか、片目が大きく腫れて視界がふさがっている。


「なんとか……ですが……」


 息は荒くいつ気を失っても不思議ではないように見えたが、見た目よりかは傷は浅いようで、意外なことにしっかりとした声だった。


「それなら、しばらくここで待ってなさい。治療する前に戦闘を終わらせるわ」


 体を触り全身の傷を確認したエリーゼは、致命傷を負っていないと判断し、弓を手に取り立ち上がる。


 魔物の数は健人の方が多く、苦戦していた。すぐにサポートできなかったことに苛立ちを感じながらも心を落ち着かせて、ゆっくりと魔法の矢を創り出し構える。


「美しい……」


 一連の動作に魅入られた藤二が、思わず声を漏らす。


「私、見た目を褒められても嬉しくないのよ」


 弓を引きながら、横目で藤二を見ると、今まで出会ってきた人間のように、エリーゼの美貌に目を奪われたような表情をしていた。


 美醜が極端に偏っていれば、例え美しくても外見に対する悩み、コンプレックスといったものは、一般的な人間より強くなりがちだ。それに加えて種族的な特徴もある。エリーゼは、見た目を褒められることは多かったが、一部の例外を除き、嬉しいと思ったことはなかった。


「確かに……あなたの美しさに一目惚れしました。それは、間違いありません。ですが、あなたと一緒に行動したことで、もっと知りたいと思うようにもなったんです。そう、あなたのことがもっと知りたい! 見た目で判断されるのが嫌だというのであれば、あなたの内面を見せてください!」


 周りが戦闘中だというのに関わらず、愛を告白するような言葉を口にする藤二に、エリーゼは呆れていた。興味を失ったよな表情をすると、視線を健人の方に戻して矢を放ち、魔法を放とうとしていたスペルブックを貫いた。


「どうか、私にチャンスをください!」

「…………」


 見た目に引き寄せられる人間はろくなものではない。甘い言葉で近寄り、不利益をもたらす。人生経験に裏付けられた独自の考え方があった。目の前の男もロクでもない人間だと切り捨てたエリーゼは、声を聞くのをやめて矢を射ることに集中する。


「我妻さん!! なぜ、エリーゼさんの方に!?」


 近くで発生している雑音のせいで普段より集中しすぎていたのだろう。礼子の言葉がエリーゼの耳に入ることはない。背後から忍び寄った我妻の存在に気づいて後ろを向いたときには、魔法で創り出された黒い槍でエリーゼを貫こうとした瞬間だった。


「!!」


 スローモーションのようにゆっくりとした動きで、我妻の持つ槍が胸元へと迫ってくるのが見える。すでに回避するには遅く、受け流すしか方法がなく、弓を構えた状態のままの体制では、どうやっても受け流すことはできない。


 ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべている我妻に刺されるのを覚悟したエリーゼだったが、2人の間に黒い影が入ったことで、最悪の未来を避けることができた。


「ゴフッ」


 水が吹き出したような音が聞こえ、真っ赤な血がゴーレムダンジョンの床を濡らす。

 突然の事態に一瞬動きの止まったエリーゼだったが、腹を貫く槍が目に入ると、体の向きを変え、襲撃してきた我妻に矢を放つ。我妻は槍を引き抜こうとするが、藤二が両手でつかみ固定しているため引き抜くことができず、すぐに諦め後ろに飛び、数瞬遅れて直前まで立って居場所に矢が刺さった。


「なぜ、攻撃したの? と、聞いておくべきかしら?」


 視線を我妻から離さず、藤二を守るように前に出る。


「……」


 エリーゼの質問に、我妻は返事をしない。後ろでは、刺された藤二が横たわっている。さらに悪いことに、腹に刺さった槍はいつの間にか消えており、空いた穴から血が勢いよく流れ出していた。すぐにでも止血しなければ命に関わるが、目の前の我妻が邪魔で応急手当すらできない。


 にらみ合いが続き、エリーゼが焦燥に駆り立てられていると、聞きなれた声がゴーレムダンジョン内に響き渡った。


「エリーゼ!」


 健人は、最後に残っていた数匹の魔物をまとめて黒い霧に変えると、目で追えないほどのスピードで我妻に急接近する。


「うぉぉぉ!!」


 普段の優しく無害な健人からは想像できない激しい怒りの表情を浮かべ、大剣を前に出し我妻と衝突する。だが、声を上げた攻撃は不意打ちにはならず、突き刺さる直前に盾を創り出した我妻と、2人そろって礼子が戦っている後方へと吹き飛んでいった。


 健人の思いがけない行動にエリーゼは驚き動きが止まるが、思い出したように膝をつき藤二の患部を見る。


「ひどい傷……このままだと、外に出るまで持たないわ……」

「あなたの…………盾になれた……のであれば本望で…………す」


 エリーゼの声で藤二が気づき目を開き、弱々しい声を出す。

 腹を貫かれ、堪え難い痛みに襲われているはずなのに、何かを成し遂げたような満足そうな笑みを浮かべていた。


「私を見た目で判断し、思い込みが激しく自分勝手で、独りよがりの行動が多い。やっぱりあなたのことが好きになれないわ」


 話ながらも止血しようと試みるが、出血の勢いは衰えることなく、藤二の体から血が流れ続ける。


「でも、当たり前のように命を賭けて守ってくれた……今まで出会ったロクでもない人間とは違うのは分かったわ。なにより、あなたに大きな借りができた……」


 この場で止血できないと判断すると、腰につけたポーチから細長い透明なボトルを取り出す。


「それに、好きではないからと言って、借りを返さないほど薄情な女ではないの」


 片手でボトルのフタを取り、液体を傷口へと振りかける。


「うっ……こ、れは?」


 目を閉じかけていた藤二だったが、体を治す刺激により一時的に意識を取り戻した。


「あなたの気持ちには応えられないけど、責任をもって傷を治すわ」


 エリーゼがこの世界に持ち込んだ最後のポーションが効果を遺憾なく発揮し、瞬く間に藤二の傷を癒す。傷を負ったことが幻だったかのように、穴の開いた痕は残っていなかった。


「とっておきのポーションを使ったの。間に合ってよかったわ」


 ミーナがポーションを作るために研究を進めているが、完成の目処はたっていない。生産体制が整うまで、この世界に持ち込んだ最後のポーションは、健人にしか使わないと決めていた。だが、治す手段があるにもず関わらず、藤二を見捨てることができず、自分の信念より目の前の命を選んだ。


「傷がふさがっている……」


 治療される側の藤二は、そのようなエリーゼの心境に気づかない。驚異的なスピードで小さくなる傷口を見つめながら、驚きの声を漏らすことしかできなかった。


「このポーションは失った血までは戻らないから、ここで休んでいなさい。後は、私達がなんとかするわ」


 言い終わるとすぐに立ち上がり、健人と礼子がいる戦場に顔を向ける。健人は我妻と対峙したまま動かず、礼子は最後に残ったストーンゴーレム3体と戦っていた。


「私の気持ちに応えてもらえなくても構いません! あなたの近くで戦いたい!」


 フラつきながらも立ち上がろうとする藤二を、顔を動かさず手を前に出して止める。


「私の隣にいるのは健人だけで十分よ。あなたは別の誰かを探しなさい」


 動きを止めて悔しそうな表情を浮かべる藤二を見ることなく、エリーゼはゆっくりと緑色に輝く矢を創り出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る