第78話 ダンジョンへの期待

 飛行機から降り、マナウスの地に立った4人。その中で魔法が使える健人とエリーゼは、都市一帯に漂う魔力の存在を感じ取っていた。


ダンジョンの存在を確信した2人は、必要な手続きを終えて荷物を受け取り、鈴木と田尻と別れてから空港の外に出る。


「魔力があると思っていたけど、これは想像していなかったわ」


 エリーゼは目の前に広がる、近代的な都市に驚いていた。到着するまでは故郷と同じく、木々に囲まれた姿を想像していたのだ。


 だが実際は、道は舗装され、ヨーロッパ風の建物や高級ホテルがいくつもある。日本のように隅々までインフラが整っているとは言い難いが、エリーゼの故郷より近代化された住みやすい都市だ。


 しばらくその場で健人とエリーゼが立っていると、ゲートから別行動をしていた鈴木が車で迎えに来る。


「随分と過ごしやすそうな都市ですね」

「ブラジル北西部では、最大級の都市ですから。高級ホテルがいくつもありますよ。今日はそのうちの1つに泊まる予定なので、これからご案内します」


 後部座席に乗り込んだ2人に田尻が行き場所を告げると、空港からホテルへと向かって移動を始めた。


◆◆◆


 19世紀に天然ゴムの地として栄えたマナウス。その当時に建てられたヨーロッパ風の建物は現在も使われている。さらに高層ビルや所狭しと並んだ露店など、様々な側面が楽しめる観光都市だ。最大の目玉はもちろんアマゾンのジャングルであり、重要な観光資源となっている。


「ここに来る観光客の多くは、アマゾンで遊ぶために来ています。ピンクイルカの触れ合い、ジャングル探検、ピラニア釣りと、非日常を感じるには最適な場所なんですよ」

「流石、案内人。詳しいですね。わざわざ調べてくれたんですか?」

「現地で魔石を確認したのも、未帰還のまま行方不明になったダンジョン探索士を案内したのも、我々なんです。何度も来れば、自然と詳しくなります」


 動いていることを周囲に知られたくない名波議員。彼女が現地に派遣したのが、鈴木と田尻だ。公にしたくない案件には、彼らが指名されることが多かった。


「つまり、あなたのお仕事は、現地を案内しながら私たちを監視するってところかしら?」


 ただの護衛が、魔石を確認して名波議員にレポートを送るはずがない。エリーゼは鈴木と田尻が、自分たちの行動を監視するために同行していると考えていた。


「ということは――」

「何を想像しているのか、何となくわかります。多分間違っていません」


 鈴木の言葉によって、エリーゼの言葉が遮られる。


「ちょ、鈴木さん!」

「田尻。お前だって同じ気持ちだろ?」

「……そうですけど」

「なら、黙っていろ」


 助手席に座っていた田尻が騒ぎ出したが、鈴木が強引に黙らせる。


「2人だけで話していないで、説明してもらえないかしら?」


 普段ならキツイ言い方をするエリーゼを止める健人も、話の内容が気になり無言のままだ。


 鈴木は軽く咳払いをしてから、気持ちを切り替えて話し出す。


「我々は現地の案内とは別に、お2人の行動を監視するよう言われています」

「誰に? って、質問したら答えてくれるかしら?」

「流石にそれは、勘弁してください。独り言だと思って聞いていただければと」


 ちょうど赤信号になり、車が止まる。


 道を横切り人々の表情は明るい。彼らは、ジャングルに魔物がいる事実を知らないのだ。


「監視といっても、張り付いて逐一報告するわけじゃないんです。依頼に失敗、正確に言うのであれば、帰還の予定から丸一日経過したら報告しろと、指示されています」

「それは……」


 信号が青に変わり、車が動く。急に動き出したため、健人は途中で言葉を止めてしまった。


「ご想像通りです。監視の目的は、失敗したこと迅速に把握するためです」


 一般には公開せず、極秘裏に動いているプロジェクトだ。失敗したときの保険をいくつかかけており、監視もその一つだった。


「個人旅行でマナウスに訪れ、事故によりジャングルで死亡した。と、事実をねつ造する時間を稼ぐためですね」


 一般人を危険な場所に派遣した事実が明るみに出れば、非難されるのは間違いない。だが、個人が勝手に言ったのであれば、自己責任として片付けられる。「勝手にやりました。私は知りません」と、シラを切るための保険だった。


 実際、前回派遣したダンジョン探索士は、旅行中の不慮の事故として処理されている。


「そこまでして、やるべきことなのかしら?」


 鈴木は何を? とは聞かなかった。その代わりに、自らの気持ちを語る。


「みんな期待しているんです」

「何を?」

「ルールが変わることです」


 はっきりと、迷うことのない声だった。


「私の友人は、学歴が低く職歴のない奴がいました。ですが、ダンジョン探索士という職業ができたおかげで、腕一本で人並みの生活が送れるようになったんですよ」


 魔法が使える。この条件さえクリアしてしまえば、学歴や職歴など関係ない。多少危険だがまともな仕事にありつける。社会的受け皿として機能し始めていた。


 さらに魔法が使えなくても、ダンジョンという新しい市場ができたため、雇用が増えているのだ。そんな状況が続けばきっと、日本の景気が良くなる。誰もが期待していることだった。


「私は、好景気を経験したことがない世代です。ずっと不景気のまま、終わってしまうのかなと思っていました。ですが、ダンジョンの話を聞いてその考えは変わり、健人さんに会って確信しました。これが上手くいけば、世界が変わる。そうすれば生活が少しは向上するんじゃないか、と」


 健人は、そんなに期待されていると思っていなかった。鈴木に返す言葉が見つからない。


「期待するのは勝手だけど、あなたの想像通りにいくか分からないわよ?」


 健人が他人の期待に押しつぶされないようにと、鈴木に注意する。


「分かっていますよ。夢物語だって。でも私はその夢に投資し、そのお手伝いがしたいんです。とはいえ、出来ることは少ない。こうやってベラベラとしゃべる程度しかできません」


 伝えたいことを言い終えると、鈴木は自嘲の笑みを浮かべる。


 長い前振りだったが、これが健人とエリーゼに肩入れして情報を流す理由だった。


「話し過ぎたようですね。そろそろホテルに到着しました」


 ホテルの駐車場に止めると、エンジンを切って車から降りる。


 健人とエリーゼの前には、白壁に茶色い屋根を配した建物があった。すぐそばにはネクロ川があり、ボートに乗ればそのままジャングルに行くことも可能だ。


 4人は大型のキャリーバッグやリュック、布に包まれた弓などを持ち、ホテルのロビーへ向かう。田尻がロビーで手続きをすると、無事にチェックインが終わり、予約していた部屋へと案内された。


「広い……」


 プレジデンシャルスイートに入った、健人の発言だった。


 客室サイズは313㎡あり、床は白い大理石だ。ヨーロッパ風のベッドやイス。窓からは、ネクロ川が一望できる。


「予算は気にせず、遠慮なく使ってくださいとのことです。ジャングルでの探索は3日後から開始する予定ですから、今日はゆっくりと休んでください」


 言い終わると、鈴木が田尻に目配せをする。


 意図を汲み取った田尻が大型のキャリーバッグから、黒い布に包まれた細長い棒状のものを取り出す。


「それと、これを受け取ってください」


 健人が受け取り、布を取る。


 隠されていたのは、全長1.3mもある両刃のロングソードだった。部屋の照明を反射させ、顔が映り込むほど磨き上げられている。


「これは新宿のダンジョンで発見されたロングソードです。大剣の代わりに使ってください」


 鈴木は何事もないように手渡しているが、名波議員と交渉をして手に入れた武器だった。足が付かないようにと、健人とは別の方法でマナウスにまで持ち込んでいる。


「ありがとうございます!」


 弦を外した弓は、なんとかマナウスまで持ってくることができた。だが、大剣はさすがに個人で持ち込むことは難しかったのだ。丸腰で探索するのを避けることができ、健人は喜んで受け取った。


「これは名波議員から?」

「そんな感じです。今回の探索が終わったら返却してください。それと、武器を持っていることがバレると厄介なので、普段は布に包んで隠しておいてください」


 鈴木の忠告に従い、健人はロングソードを布で巻いて、ベッドの下へと隠した。

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