第105話 休暇
二人は静岡からゴーレム島に戻ると、ダンジョンの運営にかかりっきりになっていた。ダンジョン内に出現した魔物の情報をまとめ、異変がないか確認をして、気になることがあれば自らダンジョンに入って調査をする。
もちろん周辺の警戒も怠っていない。ダンジョン探索士を雇い、複数のチームを結成して島内を巡回する体制を整えていた。
土日もなく働き続けている健人だが、魔物からゴーレム島を守るために、ずっと働き詰めというわけではない。稀に休みが取れる日もあるのだ。
◆◆◆
久々に趣味の時間だ!といわんばかりに、テーブル一面に生地を広げて、一人で笑みを浮かべていた。
「作るぞ!!」
今回は、探索中に調味料のビンが割れないようにと、ガラスのビンを小分けに入れられる専用のバッグを作る予定だ。
手元にある図面には長方型バッグの中に六つの仕切りが描かれている。マジックテープでふたが出来るように設計され、素材は全て手元にあり、後は作業を進めるだけ。
健人はまず始めに、ダークブラウンの生地に直接チャコで線を引いて、図面通りに印をつける。大きい裁ちばさみを手に取ると、チョキチョキと軽快な音を立てながら断裁した。その動きには迷いはなく、何度も繰り返し作業した経験があるように見える。
線に沿って断裁が終われば、今度はミシンを使って縫い合わせる。ガタガタガタと動きながら作業を進めていると、二階からピンク色をした薄手のパジャマを着たエリーゼが降りてきた。
「今度は何を作っているの?」
せっかくの休日なのに、朝早くから起きて作業をしている健人を見て、欠伸を押さえながら少しあきれた声を出した。
所々、寝癖ではねている髪をそのままにして、覗き込むようにして図面を見る。
「小物、ビンを入れる箱?」
「調味料を入れるバッグだよ! 泊りがけで探索をするときに、必要になるかもしれないからね!」
「そうね、確かにあったほうが便利かもしれないわ」
健人の熱のこもった声に比べてエリーゼはそっけない。地球では携帯食料のバリエーションが豊富で、数日の探索であれば調味料を使った料理などする必要がないのだ。
必要でないものを作る。エリーゼは、物が不足しがちな今、そんな贅沢をしている罪悪感からくる言い訳を聞き流しつつ、コップに水を入れて健人の横に座る。
「見てても良い?」
「面白いことなんてないよ」
「それで良いの。楽しさなんて求めてないわ」
「エリーゼがそれで満足するなら、飽きるまでどうぞ」
健人は何を考えているのかよく分からない、といった表情を一瞬浮かべてから作業に戻る。
クッション性を高めるために綿を入れてから、再びミシンで縫い始める。最初は見られていることを意識していたが、次第に集中力が高まっていくと、意識しなくなっていった。
「楽しそうね」
作業を淡々と進める健人を寝ぼけ眼で眺めていたエリーゼは、好きな人の作業を見守る幸せを噛みしめていた。
つい先日オーガと戦い、その際、一人の異世界人が死んだ。
叩き潰される瞬間を見たエリーゼは、その姿を健人と重ねてしまい、感情が大きく揺さぶられていた。自分が死ぬのは良い。だが健人は別だ。目の前で死んでしまう、失ってしまう恐怖が全身を駆け巡り、今もまだ体の中でくすぶっている。
そんな不安な気持ちを落ち着けるために、最近は健人の近くにいることが多い。 何も起こらない少しだけ退屈な生活が、何よりも尊いものだと、当たり前だからこそ忘れやすい事実に気づけたことに感謝をしていた。
「できた!」
最後に葉のマークを付け加えると、数時間かけて作り続けていたバッグが完成した。
「終わったの? それならお昼ご飯を食べましょ」
作業が終わりに差し掛かり、終わりが見えてきたころからエリーゼは料理を始めていた。手に持ったお盆には、ご飯にチンジャオロース、鳥ガラの卵スープがあり、作り立てだと主張するように湯気が立ち昇っている。
「いいね! 片付けるよ!」
慌てて立ち上がると、テーブルに散らかった生地の切れ端やミシン、裁ちばさみなどを手早くまとめると、片付けるために二階に上がっていく。その間にエリーゼが料理を並べて準備を進める。
息の合った動きで、話しかけてから数分後には二人とも席に座っていた。
「「いただきます」」
健人はスープを口に含む。卵の甘みと鶏ガラからの旨味が程よい。チンジャオロースの味の濃さも好みだった。
出会った頃は、調理器具の使い方が分からなかったエリーゼだったが、道具の使い方を学び、日本人が好む食事を調べ、レシピを覚え、ついには健人の好みに合った味の濃さまで習得したのだ。
健人はその全ての努力に気づいているわけではないが、日々、料理の腕が上がっていることには気づいていた。
「美味しいね」
「ふふふ、そう言ってもらえると、作ったかいがあったと思えるわね」
エリーゼは、コツコツと重ねてきた努力が認められ、自然と笑みがこぼれた。
「そういえば、さっきのバッグはいつ使うの?」
「厚めの布を使っているし、綿も入れたから、クッション性は高い。落としても中は割れないようにできたはず! だけど、さすがに何もしないで実践で使うのは怖いから、近いうちにダンジョンに入って性能テストしてみようかな」
「結構……本格的なのね」
作って終わりではなかったことに、やや引き気味のエリーゼに気づかない健人は、笑顔のまま話しを続ける。
「こんなご時世だからね。作ったものは、積極的に使わないと!」
「それじゃ、これからダンジョン探索かしら?」
「ううん。午後は、一緒に遊ぼうと思って。どうかな?」
「私は暇だから大丈夫だけど、後回しにして良いの?」
「もちろん! 性能テストは仕事の合間で出来るけど、エリーゼと一緒に遊ぶのは休暇中にしかできないことだからね!」
健人の趣味に付き合って貴重な休日が終わると思っていたので、思わぬ提案に、エリーゼの気持ちが急上昇する。
「今日は天気が良いし、畑の様子を見てから一緒に散歩がしたいわ! そうだ! 外でお菓子を食べるのも良いわね!」
「それなら、一緒にクッキーを作ってから出かけない?」
「それ採用よ!」
「なら、早く食べて準備を進めないと!」
「そうね!」
貴重な休日を少しでも長く楽しむために、テンションの高いまま二人は急ぐようにして食事を進める。全ての料理が二人の胃袋に収まると、食器を片付けてクッキーの材料を取り出す。おそろいのエプロンをつけたところで、コテージのドアからノック音と共にミーナの声が聞こえた。
「何の用かしら? 彼女は仕事中よね?」
「うん。何か問題が起きたのかもしれない。行ってくる」
健人が小走りで玄関まで移動する。ゆっくりとドアを開くと、声の主であったミーナが見上げていた。
「お休み中にごめんなさい。でも、すぐに伝えた方が良いと思って!」
「どうしたの?」
てっきり悪い知らせだと思っていた健人だったが、ミーナの声は明るく弾んでいる。興奮しているようで、顔がやや赤みがかっていた。
不審に思って追加で質問しようとしたところで、彼女が透明なビンを持っていることに気づく。中には薄い赤い色をした液体が入っている。
「これ見てください!」
ミーナは、健人が見ていたビンを掲げた。
「なんだい?」
「回復ポーションです!」
「そっか、回復ポーションね。え!? 回復……ポーション!? 完成したの?」
「はい! 最下級ですが、ちゃんと効果が発揮するものができました!」
念願だったポーションの完成によって、健人とエリーゼの休暇は終わりを告げた。
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