第18話 アイアンドールとの戦い

 体の限界を超える魔力を巡らせ身体能力を向上させた力任せの一撃で、アイアンドールを文字どおりに吹き飛ばす。だがダメージはほとんど与えられず、空中で一回転してから着地をすると、すぐさま健人に向かって走り出し、上段から剣を振り下ろした。


 魔力によって身体能力、反射神経が向上している健人は、剣の腹を叩いて弾くが反撃をする隙はなく、アイアンドールから放たれる攻撃が嵐のように降り注ぐ。

 健人も負けじと、常人では受け止めただけで潰されてしまうような力のこもった攻撃を、持っている剣1本で防ぎきっていた。


 アイアンドールの力は強いが、技術はない。攻撃を防ぐだけであれば、エリーゼの魔法が完成するまで時間を稼げていただろう。だが、体の限界を超えた魔力を巡らせているため、魔力の消費は激しく、また、体への負担も強い。動くたびに体内が悲鳴をあげていた。


 何度目か分からない横薙ぎの一撃をかがむことで回避し、立ち上がると同時にバックステップで距離を取る。


(大気中の魔力を吸収するより消費の方が早い……残りの魔力は半分。体が持ったとしてもあと2〜3分で魔力切れか)


 横目でエリーゼの方を見ると、その視線の意味を理解したエリーゼが声を出す。


「もうすぐ回復するわ!」


 健人が倒れてからの間、アイアンドールと一騎打ちをしていたため、エリーゼの魔力は尽きかけ、強力な魔法を発動させるために、先ほどまで魔力の回復に専念していた。


 健人は無込んで頷くと、迫り来るアイアンドールに視線を戻す。


(エリーゼの魔法が完成する前に魔力は尽きる。時間は向こうに味方している……液体窒素を使うか……)


 魔力の減りが早く、さらに出血により力が入らなくなり始めたことを自覚している健人は、当初の予定していた作戦を変えることにした。


 アイアンドールの猛攻が再開し、剣の嵐が降り注ぐ。一歩も引きさがることもなく攻撃を避けるが、攻撃に転じることができず、貴重な時間を消費していた。


◆◆◆


 荷物を置いていた場所に戻り魔力の回復に努めていたエリーゼは、身体能力を強化していなければ目で追うことが難しいほどの速さで繰り広げられている剣戟を見つめていた。


「すごい……」


 勇敢にも巨体に立ち向かう健人に目を奪われ、思わずつぶやいてしまった。


 出会ったときから優しく面倒見は良かったが、決して強い人間ではなかった。それが、同じ探索者のほとんどが時間稼ぎすらできずに殺されてしまうだろう、5mはあるアイアンドールに劣勢であるが見事に戦えていた。


(なんでアイツと対等に戦えるの?)


 無茶な魔力の使い方して、ようやく肉体的には互角に近い能力を発揮し、互角に打ち合っている。一見、健人の身体能力向上の魔法に目が行きがちだが、真に驚くべきことは、戦闘経験が少ないのにもかかわらず、ひるむことなく打ち合っていることだ。


普通の人間であれば、最初の一撃で心が折れて立ち上がることはできなかっただろう。それが、委縮することなく本来の実力をいかんなく発揮して対等に戦っている。その事実に、エリーゼは今までにないほど感情が昂っていた。


 生まれ故郷を離れて旅に出たエリーゼは、最後は住んでいた世界で生きることを諦めて異世界にたどり着き、健人と出会う。一緒に過ごした数か月は、元の世界にいた長い年月より価値があったことに、エリーゼは今この瞬間に気づいた。



(もっともっと2人で楽しみたい! ここで倒れるなんて、絶対に許さないんだから!)

 健人の時間稼ぎのおかげで回復した魔力を使い、エリーゼは左手に白く輝く矢をいくつも創りだす。

 激しい戦闘を見守ることしかできないエリーゼは、自分でも気づかないうちに、音が漏れ出すほど奥歯を強く噛んでいた。


◆◆◆


 密着状態から抜け出すことができずに数えきれないほどの剣撃を回避していた健人だったが、何度目かわからない攻撃を避けると、アイアンドールがバランスを崩し、最初で最後となる隙を見つける。


(今だ!)


 ずっとチャンスをうかがっていた健人は、剣を弾いて壁際まで後退する。

 態勢を整えなおしたアイアンドールは、誘い込まれたことに気づかず、壁際で待ち構えている健人を串刺しにしようと剣を突き出す。


攻撃を見切っていた健人は、左側に移動して紙一重で避けるはずだったが、予想をはるかに超えるスピードで繰り出された突きは、脇腹に突き刺さり、勢いを落とすことなく剣先ごと健人を壁に叩きつけた。



 健人は、体が燃えるような尋常ではない痛みに持っていた剣を落としてしまうが、壁から剣を引き抜こうとするアイアンドールを妨害するために全身を使って剣を抑え込む。


(ようやく動きを止めた!)


 無傷とは行かなかったが、アイアンドールの動きをようやく止めた健人は、さらに体内に魔力を流し込む。体は軋み、目から血が流れだし、剣を押さえつけている手や腕には新しい切り傷ができる。


(剣を手放さなかったのが、お前の敗因だ!)


 魔法を発動させるのには十分な時間を手に入れた健人は、命がけの綱引きをしながらも準備をしていた魔法を発動させる。


 健人の足元から発生した冷気が地面を伝わり、アイアンドールの周辺を囲んだかと思うと、氷壁が四方を囲むように出現する。氷壁が上昇する勢いに負けて、健人を突き刺した剣は遠くに跳ね飛ばされた。


 一瞬のうちに氷壁に囲まれたアイアンドールは、素手で氷壁を叩くがヒビ一つ入ることなく、硬いものを叩く重く低い音を聞きながら、身体能力の強化を止めて壁にもたれ座り、残り僅かな魔力すべてを氷壁に使い、さらに強度を強化した。


「容器を投げてくれ!」


 大声で叫びエリーゼの方に顔を向けると、勢いよく走った彼女が液体窒素の入った容器を投げ飛ばすところだった。


「いっけぇー!!」


 今まで耐えてきた感情を爆発させるような大きな声を出して投げられた容器は、弧を描きながらアイアンドールの頭上まで近づくと、後から放たれた矢が数十本の矢が、天井から急降下して容器に突き刺さる。


 矢が刺さった勢いで半壊し、液体窒素をばらまく容器は、勢いよくアイアンドールに向かって落下。数秒後には、氷壁の内側から白い煙が噴出しはじめた。


「酸欠になる前に離れるわよ!」


 涙で頬を濡らしたエリーゼが駆け寄り、動けない健人の代わりに、両脇を持って引きずるように氷壁から急いで離れる。


「頑張ったわね……」


 部屋の出入り口まで移動すして、健人のケガの状態を調べていたエリーゼがつぶやいた。


 全身に打撲、脇腹には10cmもある切り傷、内臓が傷つき吐血し、過剰な魔力を体内に巡らせたことで、全身の筋肉はボロボロになっていた。


 腰につけたポーチからポーションの入った細長いビンを取り出したエリーゼは、意識が朦朧とし出している健人に半分飲ませると、残りを脇腹に振りかけた。


 ポーションの効果は絶大で、逆再生しているかのように傷が消えていく。


「高級なポーションだから増血する効果もあるわ。あとは、私に任せてゆっくりしてなさい」


 異世界の人間にも効果を発揮したことに密かに安堵したエリーゼは、子どもを寝かしつけるような優しい声を出していた。


 体力、精神、魔力その全てが尽きかけていた健人は、エリーゼの言葉で緊張感から解放された、返事をすることなく目を閉じて深い眠りにつき、意識を失ったことで魔力の供給が断たれた氷壁が徐々に光の粒子となって消えていく。


「これで終わりよ!」


 すぐさま立ち上がると、消えかかっている氷壁の方を向き、先ほどと同じ白く輝く矢を何本も作成する。


 矢を束ね、構えた弓から一斉に矢が飛び出すとアイアンドールの頭上付近の天井に向かい、急降下して雨のように降り注ぐ。


 急速に冷やされ脆くなった体では矢の衝撃に耐えられず、命中するたびに粉々に砕け散り、最期は氷壁と同時に消滅した。


「あの液体はスゴイわね……。疑っていたわけじゃないけど、こんな簡単に砕けるなんて思わなかったわ」


 軌道がコントロールできる矢の威力は低く、通常の状態であれば、アイアンドールの表面を削るのが限界だろう。だが、四方を氷に囲まれ、液体窒素によって低温状態になり脆くなったアイアンドールには、エリーゼが放った矢の威力で十分だった。


 あっけなく倒せたことに驚き棒立ちしていたエリーゼだが、すぐに現状を思い出すと、必要なものを回収して健人を背負い、ゴーレムダンジョンの出口に向かって歩き出した。


◆◆◆


「……ここはどこだ?」


 健人が目覚めると、布越しに光が当たるテントの中だった。


「ゴーレムダンジョン前のテントよ」


 魔物に出会うことなく無事に脱出したエリーゼだったが、戦闘による疲労で体力の限界を迎えていたため、コテージにたどり着く前にテントで休憩していると、いつの間にか眠ってしまい、そのまま翌日まで目覚めなかった。


「おはよう。ちゃんと、目覚めてくれたのね」


 横になったまま声がした方に顔を動かすと、隣で横座りをして健人の顔を見つめているエリーゼがいた。目の前に素肌を晒した美脚があり、つるりとした艶やかな脚に胸が高まっていた。


「エ、エリーゼが運んでくれたのかありがとう。それにしてもポーションの効果はすごいね。あんなボロボロな状態だったのに、どこも痛くないよ」

「今回は処置が早かったのと高級なのを使ったから、痛みどころか傷跡すらないわよ。下級のポーションだったらこんな綺麗に回復していないわ。ポーションならどれも同じだと思わないでね」

「……そっか。俺のために貴重なポーションを使ってくれて、ありがとう。おかげで命拾いをしたよ」


 目の前にある美脚に別れを告げてから体を起こすと、頭を下げてお礼を言う。


「初めて探索した時にも言ったけど、大きなケガをしたら使うって決めていたから。そこは気にしなくてもいいわ」


 一瞬の間をあけてから声のトーンを落とすと、健人に警告をする。


「でもこれからは、必要以上に魔力を体内に巡らせて身体能力を強化するのは禁止よ」

「確かに体への負担は強かったけど……禁止するほど?」

「体を痛めるだけじゃないのよ? 最悪、魔力を貯める器が壊れてしまうわ。そうしたらポーションを使っても回復しないし、魔法が使えなくなるわよ」

「………」


 勝つためとはいえ、危険なことをしていたことに気づき、背中に冷たいものが走った。


「わかった。無茶は、出来るだけしない」

「出来るだけじゃなくて、しないの!」


 健人の「出来るだけ」という言葉に怒ったエリーゼは、前のめりになって詰め寄る。座ったままだった健人は、迫力に押されて後ろにのけぞりながらも、日本人らしい曖昧な言葉で逃げようとした。


「ぜ、善処するよ……」

「……」


 苦し紛れの言葉には反応せず、エリーゼは無言で睨む。


「そ、それより、アイアンドールは何か残した?」


 逃げることに失敗した健人は、視界の隅に入った魔石から戦利品のことを思い出し、話題を変えるために質問をした。


「……露骨ね」


 眉を吊り上げ、今までにないほど感情を表に出していることに気づき、健人は驚き口をつぐむ。

 息遣いが聞こえそうな距離で見つめ合い、沈黙が続く。


「……」

「……」


 意見を変えない健人に根負けしたエリーゼは深いため息をつくと、腰につけたポーチから拳ほどの大きさもある魔石を取り出し、手のひらに乗せた。


「上質な魔石を残して消えたわ」


 それは、最初に手に入れた物とは比べ物にならないほど赤く透き通っており、不思議な魅力を放つ魔石だった。


「キレイだ……」


 テントの中に転がっている魔石と同じものだとは思えず、吸い込まれるようにゆっくりと顔を近づけて眺める。


「普通は1階でこんな上質な魔石は手に入らないのよ? せっかく苦労して手に入れたのに、買い取ってもらえないのが残念ね」


 子供のように魔石を見つめている健人を見て、先ほどとは打って変わり機嫌をよくしたエリーゼは、笑顔になっていた。


「売らなくていいよ。それに使い道がなくてもキレイなんだし、飾っておこうよ」

「……そうね。記念品として飾っておくのも悪くはないわ」


 知らない間に機嫌がよくなったと感じた健人はこのチャンスをものにするべく、急いで立ち上がるとその場で飛び跳ねて体調を確認してからエリーゼに声をかける。


「よし! 体の調子もいいし、そろそろコテージに戻ろう!」

「そうね。コテージに戻って汚れを落としたらゆっくりしましょ」


 テントを出た2人は、手が触れ合いそうな距離で歩きながらコテージへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る