第56話 発見

「もっと健人を休めてあげたいけど、そろそろ行くわよ」


 この先にも魔物の集団がいる可能性が高い。本来であればもっと休む必要があっただろう。だが今の状況がそれを許さない。戦闘をするには重くなった腕や足を動かし、先に逃げ出してしまった我妻と藤二を追いかけるように、ゆっくりと歩き始めた。


「土壁の向こうから聞こえていた音が魔物の足音だとしたら、我妻さん達は生きていると思いますか?」


 予想に反し、しばらく歩いても人間どころか魔物すら現れない状況に不安を抱いた礼子が、後ろを歩くエリーゼと健人に話しかける。


「今は、生きていると信じることにしているよ」

「さっきの戦闘で時間がかかりすぎたわ。正直、難しいわね」

「そうかもしれないけど……」


 健人は自身の願望を、そしてエリーゼは詰めたく冷静に予想を言う。表現は違うが2人の生存が絶望的だと考えていた。


 特に健人は最前線で戦っていたため、魔物の群れから生き残る難しさを肌身に感じている。言葉では無事を期待するような言葉を口にしていたが、生存が絶望的だと感じずにはいられなかった。


「勝手に逃げ出したんだから、健人が気にする必要はないわ」

「そうですね。健人さんの命令を待たなかった2人が悪いと思います」


 礼子もエリーゼの意見に同調する。


「ただ、この3人でシェイプシフターを討伐できるか、難しいところね……」


 2人の生存を絶望的だと考えているエリーゼは、このまま3人でシェイプシフターを討伐したいと考えている。だが、たった3人で討伐に向かうには難易度が高く、選びたくない選択肢であった。


「他の魔物と一緒に攻めてくるからだよね?」

「必ず、他の魔物と一緒に攻めてくるわ。少なくとも、私だったらそうわよ」

「エリーゼさんの意見に同意します。相手は人間並みの知能があると思って行動したほうが良いと思います」


 シェイプシフター1体だけであれば3人だけでも、戦力として十分だったかもしれない。現に、地上で戦闘したときは、健人とエリーゼの2人だけで退けることができた。だが、状況は大きく変わった。地上が人間のホームグランドだとすると、ダンジョン内は魔物のホームグランドだ。地の利を生かした――他の魔物を利用して襲ってくると、健人達は考えていた。


「そうだよねぇ……厄介なことになったなぁ……」


 大きいため息を出すと、優しく光る天井を見上げる。

 この場に居る全員が、魔物の群れを操れるとは予想していなかった。どのような方法で魔物を操っているのか、今この場で調べるには時間が足りないと、思いながらも、見失った2人を探すために歩き続けていた。


◆◆◆


「これが終わったら、また何か作りたいな……」


 我妻と藤二を探し始めて数時間が経過した。未だに進展がなく内心焦り出した健人は、気持ちを落ち着かせるために、しばらく別の事を考えることにした。


「今度は、キャンドルを作ってみるか? いや、火事になったら大変だし、無難に編み物に挑戦してみるのも良いな……討伐が無事に終わればだけど……」


 作りたいものは山のようにある。だが、ダンジョン運営を軌道に乗せるために奔走し、趣味の時間すら持つことができなかった。気分転換に始めた考えだったが、最後にはシェイプシフターの討伐を終わらすという結論に行きついてしまい、気分が再び落ち込む。


「今度はイヤリングを作りましょうよ! ブラブラと垂れ下がるものが欲しいなぁ」


 健人を見上げ、わざとらしく上目づかいをして、おねだりをする。


「エリーゼにお願いしたら作るしかないね。無事に終わったら挑戦してみるよ」

「フフフ、楽しみだわ」


 普段であれば、探索中に関係のない話をすれば注意しただろう。だが今回に限り、話にのった。常に緊張していたら、いざというときに実力を発揮できないことがあるからだ。油断しすぎないように、だが、頼もしくも心の弱い健人を支えるように、ハンドメイドの話題で盛り上がっていた。


「仲が良いですね……ずっと疑問だったんですが、出会った頃から仲が良いのですか?」


 先頭を歩いていた礼子が、羨ましそうな声を出す。


「うーん。どうだったっけ? 最初は多少警戒していたと思うし、すぐに仲良くなったわけではないわ」

「なにか、きっかけでも?」

「そうねぇ……」


 出会った日から紳士的に接し、エルフだから、美人だからといった理由で特別扱いをしなかった。村から出て人間の街で暮らすようになってから、外見で特別扱いされることの多かったエリーゼにとって、そんな扱いは新鮮であり、普通になったようで嬉しかった。


 さらに健人は必要以上に気を使うタイプであり、世間から隠れて窮屈そうに生きている姿は、方向性は違うが自分に似ていると感じることも多かった。共通点が見つかれば、仲良くはなるだろう。だがそれだけで、今みたいにお互いを支え合うような関係にはならない。


 エリーゼはしばらく悩んだ末「彼との思い出だけで長い人生を1人で生きていける」そう直感したからだと結論を出した。なんとも曖昧な表現だが、こういった関係は、そういうものかもしれないと、エリーゼは考えていた。しかし、それをこの場で言うには恥ずかしく、言葉にすことはなかった。


「それは、今度教えてあげるわ」

「えー! 逃げるなんてズルいですよ!」

「じゃぁ、礼子さんの話も聞かせててもらえる?」

「私は……その、仲の良い男性なんていませんから……」

「そうやって逃げるのね?」

「逃げているのではなく! 事実……なんです……」

「じゃぁ、仲の良い男性が見つかったら教えてあげるわ。お互いに教え合いましょ」

「そんなこと言わずに――」

「静かに!」


 女性同士の会話に入れず、話を聞かないようにと周囲を警戒していた健人が、緊張したような声をだす。


「……これは、爆発音?」


 身体能力を強化して耳をすませていた健人が、音の正体にたどり着く。ダンジョン内の魔物は、同士討ちすることはなく通路を漂うだけだ。生物がいない限り爆発音などは決して発生しない。


「誰かが、戦っている!」


 仮に魔物と戦闘しているとしたら、はぐれた我妻と藤二しかいない。走り出し道を曲がったところで、魔物の集団が視界に入る。奥では誰かが戦っているようで、上に漂っていたスペルブックが火槍に貫かれて燃え上がる姿が見えた。


「俺はこのまま突っ込む! エリーゼは援護で礼子さんは護衛してください」


 立ち止まることなく指示を出すと、先ほどよりも一段ストピードをあげて、魔物の集団に向かう。バットを振るように腰をひねってから大剣を横に振ると、ストーンゴーレムの集団が壁にたたきつけられるように吹き飛ぶ。


 健人はその結果を見ることなく、左右に大剣を振って道を作り、爆発音がした地点へと到達した。


「助かった!」


 魔物と戦っていたのは、予想していた通り人間であり、少し前にはぐれた藤二だった。あちこちに傷を負い、肩で息をしている。健人達の到着が遅れていたら、魔物の群れに飲み込まれていただろう。


「我妻さんは?」


 我妻の姿が見えず、近くにいたストーンゴーレムを魔法で吹き飛ばしながら質問をする。


「戦闘で見失った!」


 想定外の返答に一瞬思考が止まるが、気を取り直すとすぐに指示を出す。


「ここは俺に任せろ! 道がふさがれる前にエリーゼの所に!」


 藤二はこの場に残ると宣言をした健人を心配そうに見るが、魔法でスペルブックとストーンゴーレムをまとめて吹き飛ばす姿を見ると、何も言わずにエリーゼの方へと走り出す。


「お前たちの相手は俺だ!」


 エリーゼの方へと向かう藤二に近寄る魔物を優先して攻撃し、自らが囮なるように魔物を挑発する。その努力が実ったのか、無事に魔物の包囲から抜け出し、エリーゼの元へとたどり着くと、力が抜けたように藤二は床に膝をつく。


「もう大丈夫……ではないようね」


 倒れそうになる藤二を支えようとしたエリーゼだったが、背後から聞こえてくる足音に気付く。


「魔物が目視できる範囲で5体います。私が前に出るので、藤二さんをお願いします」


 今まで警戒するだけで戦闘をしてこなかった礼子は、気力、体力ともに余裕がある。右手に刀を創り出すと、軽く振るってからニヤリと口元を上げる。ゴーレムダンジョンに入ってから戦闘しなかったストレスを発散するかのように、魔物の集団に向って勢いよく飛び出した。


「もう、返事ぐらい待ちなさいよ」


 残されたエリーゼは、笑顔を浮かべて刀を振るう礼子を見つめながら、再び藤二に手を差し伸べていた。

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