第87話 アマゾン探索2日目夜〜3日目
集落から離れて1時間ほど歩くと、古木にある洞を見つける。体を丸めれば大人一人入れるほど大きさだ。日が暮れる前に、体を休める場所を見つけたのは幸運だった。
「食欲はないと思うけど、無理にでも、お腹に詰め込んで。それが終わったら交代で休みましょ。前半の監視は私がするから、後半は健人に任せるわ」
辺りは薄暗くなり、30分もしないうちに日は完全に落ちて夜になる。明かりをつけられない今、すぐに行動しなければ、暗闇の中で食事をとることになる。さらにいつ襲われるかわからないのだ。休める場所を見つけたからといって、気をぬくことはできない。
二人とも携帯食を水で胃袋に無理やり流し込み、食事を短時間で終えると、健人は洞に入り横たわる。
慣れないジャングルでの探索、魔物との戦闘。目を閉じても浮かび上がる、集落が魔物に飲み込まれる風景。そのどれもが精神と肉体を蝕んでいた。
◆◆◆
気がつくと、健人は逃げ出した集落の中にいた。魔物が女性を襲い、辺りは火の手が上がっている。
アリの鋭いアゴに首を両断された女性。その頭部が足元に転がってきた。限界まで開いた眼は健人を見ている。この世の全てを呪っているような表情だった。
「なぜ、見捨てた?」
頭だけの女性が口を開き、恐怖を感じた健人は一歩下がる。すると、どこからともなく悲鳴が聞こえた。
周囲を見渡すと、魔物が逃げ惑う女性を襲い、捕食する場面を目撃する。ベチャと、音を立てて、女性が巨大なクモの餌食となった。
「やめろ!」
とっさに魔法を放とうとしたが、腕はピクリともしない。先ほど動いたはずの頭さえ、今は動かすことができない。石像のように固まっている。
「なぜ、私を見捨てたの?」
巨大なクモの口から上半身が出ている女性が、光の消えた目で健人を見ている。
「助けたかった! でも俺には、その力が無かった! 仕方なかったんだ!」
健人の叫びに答えることはなく、女性は巨大なクモに飲み込まれた。
「それは嘘」
健人の背後から抱き着いた女性が、耳元に口を寄せてささやく。
「全員助けられなくても一人ぐらい、担いで走る力はあったでしょ? それをしなかったのは、自分の命が大事だから。ヤグに虐げられた女性を魔物の餌にして、生き残りたかったのよね」
背後にいる女性を振りほどこうとしても、健人の体は動かない。
耳をふさぐことも、声を出すことも、目を閉じることもできない。
「私たちは、きっと忘れないでしょう。牢獄のような日々を終わらせてくれるはずのあなたが、見捨てたことを」
抱きしめる力が強くなり、健人の体が悲鳴を上げる。
「一緒に地獄に落ちましょう。それで許してあげる」
体が引きちぎれるほど力が強まり、息が止まる。
◆◆◆
「…………ッ!」
呼吸の洗い健人が目を開けると、そこは眠った時と同じ洞の中だった。
「すごい汗だけど大丈夫?」
交代の時間となり、健人のそばに来ていたエリーゼが、心配そうな表情を浮かべている。
「……大丈夫」
「あまりそうは見えないけど、私も少しは休みたいから、交代してもらえる?」
「もちろんだ。ゆっくり休んでくれ」
後半の見張りを任された健人は、洞の前に座り、じっと前を見つめている。左手には魔石爆弾。右手にはロングソードを持ち、いつでも戦える体制を整えていた。
悪夢のおかげで眠気はない。だが暗闇から怨嗟の声が聞こえてくるようで、少しずつ健人の精神を削っていく。風で揺れる葉の音ですら、呪いの言葉に聞こえるほどだ。
拷問なような時間だが、永遠に続くことはない。周囲を警戒しながらもじっと耐え続けると、夜明けになり周囲が明るくなり始めた。健人の緊張感がほどよく解けて、立ち上がると、目の前に半透明の少女がいた。
心臓部分には魔石が浮かんでいる。相手も健人と会うのは想定外で、お互いに驚き、動きが止まる。
だがそれも一瞬の出来事。すぐに三日月のような笑みを浮かべ、右手で健人を指差すと、空気を圧縮した塊が健人に向って放たれた。
考えてから動いては遅いタイミング。それをエリーゼとの訓練の日々が、健人を救った。足元から魔法を放ち、氷壁を出現させて防ぐ。低い衝突音とともに、即席で創った氷壁は砕け散った。
「シルフね!」
戦闘に気づいたエリーゼが、弓を持って洞から飛び出してきた。
「魔石を狙うわよ!」
緑色に輝く矢を創り出すと、シルフに向けて放つ。健人も氷槍を心臓部にある魔石へと次々と撃ち込む。
無数の攻撃に、シルフは回避する間もなく魔石を砕かれ、甲高い悲鳴を上げて消え去った。
「今の声はまずいわ。囲まれる前に、ここから離れるわよ」
先ほどの断末魔によって。近くにいる魔物が集まってくることを危惧していた。幸い、明るくなり始めている。移動は可能だ。
2人は手早くリュックを背負い、歩き出そうとしたところで、赤い鱗のトカゲ――サラマンダーが、数匹近づいてきた。
「走るわよ!」
嘆く暇も悲しむ暇もなく、健人は走り続ける。サラマンダーの移動速度は遅く、走れば振り切れる程度だ。しかし今回は、場所が悪かった。足場が悪く障害物の多いジャングルでは、思ったようにスピードが出せない。
何度も追いつかれそうになり、その度に残り少なくなった魔石爆弾で、先頭のサラマンダーを倒して足を止める。だがそれは爆発音によって魔物をさらに引き寄せる結果となった。2人を追う魔物の数は減るどころか増える一方である。
「サラマンダーにシルフ。クモにアリ、あれは、ドライアード!!!」
後ろに振り返ったエリーゼが目にしたのは、蝶の羽を持つ緑色の肌をした女性だった。全裸の体にツタを巻いている。非常にきわどい格好だが、このジャンルグルでは出会いたくない魔物の筆頭だ。
「周囲の木に気を付けて! あいつは、植物を操作するわ!」
エリーゼの警告をきっかけに、周囲の木に絡まっているツタが、2人を捉えようと動き出す。
一度でも捕らえられて足を止めてしまえば、後ろの魔物に追いつかれてしまう。健人が先頭になり、ロングソードでツタを切り飛ばしながらも、何とか前に進む。だがその結果、移動速度は目に見えるほど落ちてしまった。
「合流地点までもう少しだというのに!! このままじゃ逃げ切れないわ。魔石爆弾の数は?」
「残り3つ!」
「私たちを追っている魔物の数は……数えるのがイヤになるほどいるわね」
走りならがら後ろを振り返ったエリーゼは、魔物の数に諦めて足を止めそうになってしまった。
戦うか、それともこのまま走って逃げるか。仮に逃げ切れたとしても、迎えのボートがいるか分からない。
どのような選択が最善なのかエリーゼが悩んでいると、ジャングルに銃声が鳴り響く。
「2人とも無事ですか!?」
発砲したのはボートで待っているはずの鈴木だった。
肩にはサブマシンガンをかけて、魔物に向って断続的に発砲している。
「なんでここに!?」
「後で説明します! ボートのエンジンはかけっぱなしです! すぐに逃げましょう!」
状況が古典したことで、エリーゼの考えがまとまった。
「鈴木は弾が無くなるまで撃って!」
返答の代わりに、雄たけびを上げて魔物に弾丸を放つ。
「健人! この辺を焼き尽くすわよ!!」
足を止めた健人は手を前に出し、火炎放射器をイメージして魔法を放つ。普段は使わない魔法だ。放つまでに時間はかかったが、無事に発動する。
手から伸びる炎は10mを優に超え、銃弾で足止めされていた魔物を飲み込む。さらに周囲にある木にも燃え移り、瞬く間に周辺は炎に包まれた。
「これで足止めは完璧ね。ボートまで走るわよ」
煙が立ち込め息苦しくなり、焼ける臭いが鼻にこびりつく。これ以上ここに留まれば、健人たちも炎に飲み込まれてしまう。
「「了解!」」
3人が急いでその場を離れると、魔物に襲われることなく川岸にまでたどり着く。
「すぐに出せ!」
鈴木が走りながら、ボートに残っていた田尻に指示を出す。鬼気迫る表情から状況を察すると、すぐさま地面を蹴り離岸する。完全に川岸から離れる前に、鈴木、エリーゼ、健人の順番でボートに転がり込み、命からがらジャングルから抜け出すことができた。
「ハァ……ハァ……鈴木さんのおかげで逃げ切れました。ありがとうございます」
息を整えながら、まず始めに健人は礼を言った。
「でも、銃なんていつ持ち込んだんですか?」
「健人さんが持っているロングソードと一緒に、こっちに持って来たんです。流石にバレるとまずいので、ここで破棄しますけど」
鈴木は、躊躇することなく、サブマシンガンを川に投げ捨てる。
万が一のためとして用意し使う予定はなかった。それどころか、健人を迎えに上陸することさえ、鈴木は予定していなかった。
秘匿しておくはずだったサブマシンガンを片手に上陸して、一刻も早く健人と合流したのには、それ相応の理由が有る。
「落ち着いて聞いてください。世界のいたるところで、魔物出現、襲撃しています。さらに魔法が使える人間が言うには、魔力が拡散するスピードが上がっているようです。数日後には、世界中が魔力に包まれるかと……」
ジャングルから抜け出した安堵も吹き飛び、健人とエリーゼは鈴木の話に釘付けになる。
「これは政府からの見解によると、私たちがダンジョンの存在を把握するよりも昔に、人が訪れない場所――海や山奥に先に存在していたようです」
海にダンジョンが出現すれば、同時に転移する異世界人も海の中に出現する。今までと同じ異世界人であれば、すぐに呼吸できず死んでしまう。山奥でも、水や食料を持たずに歩き回れば、同じ運命をたどるのは間違いない。何人もの異世界人が人知れず転移し、そして死んでいた。
人里に転移できたエリーゼ、ミーナ、ヴィルヘルムは幸運だったのだ。
「アマゾンの例もありますし、その話は理解できます。でも、なぜ一斉に攻撃を仕掛けているのでしょうか?」
魔力が高濃度になり、通常の生物にまで影響を与える魔境であれば、魔物が爆発的に増えることもありうる。だが通常は、世界各地を襲えるほどの量は、ダンジョンから出てくることはない。
「誰かがダンジョンを破壊したか」
だが例外はいくつかある。その一つが、ダンジョンを攻撃したときだ。ダンジョンは自らの存在を守るために魔物を外に解き放つ。エリーゼが過去に何度か警告していたことだった。
「あるいは、地球侵略のために魔物を放った……可能性だけであれば、いくつも考えられるわ」
エリーゼは他にも可能性をいくつか考えるが、情報が足りないため、原因は特定できなかった。
「それは後で考えよう。今は、襲撃を止める方が先決だと思う」
「健人の言う通りだけど、襲撃は止められないの。唯一の方法は、外に出た魔物を倒すこと。でも、世界中に散らばった魔物を絶滅させることは難しいわ……」
「……ということは」
「この世界に魔物が定着するのは間違いないわね」
エリーゼの不吉な予想。それは、人間が地球を支配する時代が終わることを告げていた。
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