第41話 小休止

 エリーゼを先頭に雑木林の奥へと進む。人が普段通らない道は歩きにくく、本島のホームセンターで購入したナタを振るい、進行方向にある邪魔な枝を切り取りながらゆっくりと進んでいる。このことから分かる通り、探し人である豊田がこの先に訪れている可能性は低かった。


 健人達は諦めることなく、進んでは進路を変え、少しでも発見の可能性を上げるべく、人が通った痕跡を懸命に探していた。


 はやる気持ち反して人が通った跡は見つからず、道無き道を数時間歩き続けていると、健人の額には汗が浮かび上がり息が上がっていた。


「少し休憩をしましょうか」


 健人との距離が離れ始めたことに気づいたエリーゼが、立ち止まって振り返る。


「まだ……行けるよ」


 服の袖で額の汗を拭うと、力なく答える。だが、一目見ただけで、無理をしいることは明白だった。


「こういう時は、私の指示に従う。そう決めたでしょ?」

「…………そうだったね」


 ダンジョン探索中はエリーゼの指示に従う。これは、始めて探索した時から決めていた2人のルールであり、ダンジョン内ではないが、今回の捜索でもそのルールは適応されていた。

 そのことを思い出した健人は、エリーゼの言葉に同意する。


「ここに座りましょ」


 休憩場所に選ばれたのは、大木の下にある、地面から飛び出した木の根だった。

 健人がエリーゼと向かい合うように座り、力を抜いて大きく息を吐く。本人が自覚していた以上に疲れていたようだ。健人は、座った途端に鉛のように足が重くなったのを感じた。


「最近はデスクワークが増えていたから体力が落ちたのかな」


 疲れを癒すように、ふくらはぎを揉みながらつぶやく。

 会社の立ち上げからダンジョン探索士の受け入れなど様々なプレッシャーが健人に襲いかかり、教員時代には想像もしなかった経験を重ねていた。


 弁護士や元自衛隊員など、ダンジョン運営に必要な人材を紹介してくれる名波議員がいなければ、契約書1枚すら作るはできなかっただろう。

 そんな忙しい日々を送っていた健人は、もう半年以上もダンジョン探索から離れていた。


「2人だけで行動するのも久しぶりね」


 昔を懐かしむような表情をしながら、健人の動作をじっと見つめていた。


「今の生活は大変?」


 質問されたことに気づくと、ふくらはぎから手を離して顔を上げる。


「大変と言われれば大変だよ。勉強、勉強、さらに勉強といった日々だね」


 口では大変と言っているが、その表情は明るかった。


「私と一緒ね」


 地球にきてから約1年が経過しているが、未だに学ぶことが多い。新しい共通点を見つけて嬉しくなり、思わず含み笑いをした。


「今は何の本を読んでいるの?」

「最近は、コト……なんとかさんの、マーケティングだったかしら? そんな本を読んでいるわ」


 この世界に来た当初から変わらず、本を読む日々を送っているが、その内容は大きく変化している。健人と出会った当初は、この世界の常識を覚えるために学んでいた。


 今では健人のやりたいこと――ダンジョン経営を支えるべく、カクテルや料理の作り方といった生活に関する本を読みながらも、マーケティングといった、健人の役に立つような知識も仕入れている。まだまだ専門用語を覚え始めた段階であり、実践するのはもう少し先になりそうだった。


「エリーゼも頑張っているね」

「健人ほどじゃないけどね」


 心地よい木漏れ日のなか、ゆっくりと目を閉じると、木々のざわめき、鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。捜索中という事実を忘れて、2人は疲れた体を休めていた。


「エリーゼと出会ってから、朝起きるのが楽しいだ。今日は何があるのかな? ってね。毎日がワクワクするんだよ」


 日々の緊張から解き放たれた影響だろう。普段の生活では口にしない気持ちを、健人は打ち明けるようにして話し出した。


「そうなの?」


 明日が来なければいいのに。そんな日々を長く過ごしたことがないエリーゼにとって、健人の発言は共感できるものではなかった。


「この島を買った頃は、目が覚めると “朝が来てしまった”と、暗い気持ちになっていたんだ。朝起きるのが辛かった。でも、今は大変だけど楽しい……って、なんか1人でしゃべっているね。ごめん!」


 エリーゼが話についてきていないことに気付き、顔の前で手を合わせて謝る。


「新しい一面を見たようで、得した気分よ。健人が、充実した毎日を過ごせて良かったわ」


 からかうこともなく笑顔のままのエリーゼを見て、恥ずかしさがこみあがり、顔が真っ赤になる。


「で、でも、最近は悩みがあるんだ!」

「へぇー。悩みって、何かしら?」


 健人の焦る気持ちを感じ取ったエリーゼは、からかうような声色で話を促す。


「運動不足! 最近、体力と筋力が落ちてきた気がするんだよね。実際、腹筋の割れ目が薄くなった気がするし、運動を再開したいんだよね」


 何気ない、よくある悩みを打ち明けたつもりだったが、エリーゼのくすぶっていた気持ちに火をつけてしまった。


「運動不足解消ね。私、アイディアがあるわ」

「……そのアイディアとは?」


 不敵に笑うエリーゼに気圧された健人が、ゴクリとのどを鳴らす。


「ダンジョン探索よ!」


 胸を張り少し顔を上向きになって、気持ちよく言い切る。

 子どもの頃から狩りの訓練をし、大人になってからは毎日のようにダンジョンを探索していたエリーゼにとって、ダンジョンが目の前にあるのに探索できない日々はストレスであった。


 普段は健人を応援するためにダンジョン探索に誘うことを我慢しているが「運動不足解消」という大義名分があれば、その限りではない。目の前に転がってきたチャンスを手にするべく狩人のような目つきで健人を見ていた。


「時間がないし筋トレで――」

「ダメよ! せっかく身に着けた技術が衰えてしまうわ!」

「そ、そうだよね……」

「ええ、そうよ。だから、人探しが終わったらダンジョンに入るのよ?」

「う、うん」


 いつの間にか近づかれ、両肩をがっしりとつかまれた健人は、目をそらすことすらできずにうなずいてしまった。


「良い返事ね。はっきりと答える男性は好きよ」


 肩をつかんでいた手を離し、健人の前に差し出す。


「さぁ、休んでいる暇はないわ! さっさと見つけ出しましょう!」


 上機嫌になったエリーゼのほてった手をとり、立ち上がる。


「探すのは良いけど、どうする?」


 名残惜しそうに手を離してから話しかけるが、1人で気持ちが盛り上がっているエリーゼは、それどころではなかった。


「これ以上探しても痕跡は見つかりそうにないわ。多分、私たちは根本的な所で間違っているのよ」

「例えば?」


 行方不明となった豊田の捜索は行き詰っていた。そのことを誰よりも理解していた健人は、一縷の望みをかけて質問をする。


「そうねぇ。実は、そんな人間はいなかった!」

「ダンジョン探索士の免許の履歴は残っているから、存在はしているはずだよ」

「泳いで帰った!」

「たとえ泳いで帰っても、仲間には連絡するとおもうよ」

「じゃぁ、サルのように木に登って移動した!」

「確かに身体能力を強化すれば出来ると思うけど……ありえるかな?」

「ごめんなさい……さすがに、ムリがあるわね……」


 案を出している最中に冷静になり、最後の言葉には力がなかった。


「ううん。何も思いつかないのは俺も一緒だから。ミーナ達と別れた場所に戻って見落としがないか確認してみよう」


 体力が回復した2人は、捜索するために再び歩き出した。

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