第4話 家電の話 その1

 我が家の家電たちが一斉にボイコットをはじめたようである。


 ことの起こりは今年の夏にさかのぼる。

 そう、まさに毎日暑くてきびしいなあ、と思いはじめたまさにその頃、冷蔵庫がお亡くなりあそばされた。まったく突然の別れだった。

「あらなんだか牛乳がやけにぬるいわ」とおしとやかに小首をかしげていた次の日には冷凍庫の氷が全滅、翌朝には「ぬるいとかじゃねえ、熱いぞこれ!」と思わず笑っちゃう状態におちいったのである。


 おりしもバイトは翌日も翌々日も入っており、すぐには買いに行けない状況。

 三日間を冷たい牛乳と氷なしの生活に身を没し、熱い夜に梅酒ロックも飲めないありさまになってしまった。これは困る。非常に困る。インドア派の引きこもりは、自宅でちびちび酒を飲まなくては生きていけない。

 町の電気屋さんで一人暮らし用の冷蔵庫を探したところ、安くて5万。

 高くない? え? せいぜい2〜3万だと思ってたんですけど?


 シェフに相談したところ、近くにトレファクがあるから行って来い、とのこと。

 なんだいなんだい、リサイクルショップなんかに私の欲するお買い得の冷蔵庫がほんとに置いてあんのかい? と半信半疑で次の休み、てくてくトレジャーファクトリーまで歩いていったところ、

 あったー!!

 冷蔵庫がよりどりみどりである。

 しかもありとあらゆる家電が置いてあるじゃないの。

 電子レンジも買っちゃおうかしら、それと掃除機もぼろいのよね、あれ、ミシンはないかしら? とうきうきしながら店員さんに「冷蔵庫買いたいんですけど、家まで運んでくれるサービスとかあります?」と訊いてみる。

「軽トラの一時間レンタルだったら無料ですけど、配送だと三日後になります」


 な……んだ……と……?


 私は今すぐ冷蔵庫が欲しいのだ。今日中に! お願い!

「じゃあ、軽トラ貸してください。自分で運びます」

「え? 冷蔵庫ですよ? お友達とかいますか?」

「なんとかします」

「ほんとに大丈夫ですか?」

「大丈夫です!」

「じゃあ、今他のお客様が軽トラを使ってますので、あと一時間お待ちいただいてよろしいですか?」

「おっけーです! ごはん食べてきます!」

「あ、そうですね! お待ちしてます!」

 店員さんがにこやかな女の人で良かったぜ。対応かわいい。

 二軒先のイタめし屋さんでパスタをもしゃもしゃ食いつつ、ヒマだろう妹と、近所に住むニート父を持つ友人、そして姉にラインを入れてみた。


 結果、大敗北。


 姉からは「馬鹿じゃないの? 冷蔵庫重いよ? 一人で運べるわけないじゃん!」と説教をくらい、妹はバイト中なのか既読すらつかない。友達には「ちょっと確認しないと……」と歯がゆい返事をもらい、おそらく一時間後には決して間に合わない。

 すると、あのかわいい店員さんから電話が。

「軽トラ戻りました! ごゆっくりご来店ください!」とのことである。

 ……うん、時間稼ぎをしても仕方ないね! 今日中に冷蔵庫手に入れないと死ぬもんね! 私の気持ちが!


 トレファクに戻ると、すでに軽トラの荷台に冷蔵庫がしっかり固定されていた。

 よかった。少なくとも今ここで醜態をさらすはめにはならない。

「お友達きてくれそうですか?」と店員さん。もちろん来てくれませんとも! 平日の昼間ですからね!

 にこやかにごまかして書類にサインし、いざ軽トラに乗り込む。


 実は私、車の運転は大得意である。

 一度は鳥取、島根のほうまで1ヶ月半の車中泊の旅に出かけたし、田舎の実家ではマニュアル車はもちろん、4トントラックを乗り回し、クレーン車にでっかい丸太を積む手伝いをしたりしているのだ。へへん。そこらのインドア派とはわけがちがう。


 意気揚々と軽トラを走らせ、鼻歌まじりにバックでアパート前につけて、ひと息。

 よし。まずはトレファクさんが引き取ってくれる壊れた冷蔵庫を荷台に載せよう。

 出かける前に冷蔵庫の中身は空にしておいたので、あとは車まで運ぶだけ。

 私の部屋は二階。階段の上まで引きずってきたところで気づいた。


 おいこれぜってー持ち上がんないぞ。

 

 無理だ。私は今さら大変な事実に気がついた。

 パスタを食べながら一人で冷蔵庫を運ぶ方法を検索したけど、あれって少なくとも男の人が運ぶ方法なんだよね。それですら大変そうだし。


 おっとお?


 私の長所はあきらめのはやさである。

 さっさと試合終了して家でのんびり漫画でも読んでいたい人なのである。

 冷蔵庫を運ぶのは無理だ。軽トラの貸し出しは一時間。ボロいアパートの住人は、ななめ下に住むおじさんのみ、今はご不在の様子。ご近所であいさつするくらいの顔見知りは、アパートから近い順におばあちゃん、最近引っ越してきたご家族、そしておばあちゃん。

 私はターゲットをしぼった。

 まだ引っ越してきて日は浅いが、あの家族しかいない! 少なくともお母さんと娘さんとは顔見知りだ!


 ピンポーン。


 少し待ったのち、お母さんが出てくる。

 事情を説明して、助けを求める。

「私、力持ちなんだけどね、今はちょっと仕事してて手が離せなくて」

 それは申し訳ございません! でも、そこをなんとか!

「今ね、息子が二階にいるから、ちょっと待ってね」

 えっ! 息子さんがいたんですか? 私見たことありませんけど?


 お母さんは同じ家の中だというのに電話をかけて息子を呼び出しはじめた。

 おいおい、大丈夫か。いったいどんなニートが出て来るんだ?

「こんにちはー」

 降りてきたのは、何ともイケメンのうら若き青年であった。

 うっそ。これ、本当に息子さん? やるじゃないですかお母さん!


 人見知りっぽい息子さんは照れて始終笑い通しだったが、こちらも負けずににっこり笑顔で感謝を表現。営業スマイルはとっくの昔に獲得済みである。そこらの引きこもりとはわけがちがう。


 かくして時間どおり冷蔵庫を運び終わり、古いほうは荷台に固定させて(ロープの扱いを知らないのか、息子さんはここではあまり活躍しなかった。インドアだけれどアウトドア的なことはだいたいできる私としては、ちょっと邪魔なのでどいていてくれてちょうどよかった)無事トレファクに軽トラを戻した直後、記録的な大雨が降り出したのである。

「ギリギリセーフでしたね!」とはしゃいでくれた店員さんにほっこり。

 姉にことの顛末を報告すると「お礼の品を献上しろ!」と親切なアドバイスをいただいたので、スーパーでメロンを買って持って行った。こうして、ご近所さんとの友好関係は確立された。



 ここで培われた教訓は「ご近所さんとは仲良くすべし! いつもあいさつしていれば、冷蔵庫くらい運んでくれる!」である。ぜひ参考にしていただければ幸いだ。



 さて、次は電子レンジの話をしようかしらと思っていたのだが、それより先に掃除機がイカレてしまった。なので次回はその話をしようと思います。


 もうさ、ほんとに、なんでまとめて具合悪くなんですか、あんたがた?

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