第12話 一期一会でおわらせて
「おおう、マジか」
バイトを終え、まかないご飯が出てくるまでの二分間。スマホをチェックした私は奇妙な声をあげた。長文の英語でメッセージが届いていた。
差出人は旅先で知り合ったイタリア人のガブリエラ君である。他の言語圏の人たちは彼のことをガブリエルと呼んでいたが、彼は自分をガブリエラと発音したのだから私は彼をガブリエラと呼ぶ。
彼と仲良くなったのは私ではなく、一緒に旅をしていた父である。だって私は英語ができないんだもの。基本的に海外旅行は好きじゃない。めんどうくさいから。しかし誘われたらふたつ返事で「いいよ」と答える。まあ、さすがにISISが大暴れしているときに幼なじみが「トルコ行こ」と言い出したときは「やだ」と即答したが。
私の英語力は中学生レベル。なんとか意思疎通が出来るくらいだ。旅先で知り合うのはたいてい英語のネイティブじゃない人なので、会話は成立する。ネイティブとは話にならん。なにあれ超早くて聞き取れない。
英文をながめていると「これが文盲か……」という気分になる。ちょうど着替え終わったバイト仲間の大学生に「これ読んでよ」と丸投げ。こうして私は英語を学ぶ機会を手ばなしつづけて生きてきた。
この大学生は賢いので、すぐに解読を始めてくれた。彼はすでに大手の銀行に内定を決め、順当にいけば三十歳で年収一千万円はこえますよと普通の顔でおっしゃるマジの高学歴である。どうか彼が悪い女の子に引っかかりませんように。
「東京に来るので、会いたいって言ってますね」
はっはーん。そういう内容でございましたか。もっと短文でまとめられなかったんですかねえ、ガブリエラさん?
すごいめんどくさい。
そう思ったが私は心根の優しい人間なのでおことわりすることが出来ない。とりあえず彼の要望には一切耳を貸さず、「高尾山になら連れてってやってもいい」というような内容で強行突破。
高尾山はいいぞ。私は天狗が好きなんです。
彼はついに高尾山にやってきた。
すごい雑な英語で乗り切る私。なんとか会話の糸口を探すガブリエラ。お地蔵さんを見て「なんでよだれかけしてるの?」と爆笑するガブリエラ。高尾山のてっぺんでそばをおごってくれるガブリエラ。「これ何?」と訊いてきたので「なると」と答えたら「それアニメのやつじゃんw え? まじで?」となったガブリエラ。
ありがとう。
もう、充分です。
私は充分がんばりました……お願いだから解放してください……。
彼はハグをしてにこやかに去っていった。最初から最後までにこやか。
旅は好きだが、フェイスブックは好きじゃない。旅先で知り合った人といつまでもつながっているもんじゃない。思い出は美しいままが華ですよ、ほんと。
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