第5話
「お!おい!今すぐ起きろ!邪神だ!」
包丁の叫び声で目を覚ます。
「やれやれ、まだ腹はこなれてないんだがな」
「悠長なことを」
自慢ではないが寝起きは良い方である。さっと飛び起きて包丁を握りしめる。
「いないぞ」
「……上だ!避けろ!」
巨大な影が、地表に落ちて来た!巨大な邪神か!?こんな邪神とどう闘う?さすがに食べきれないぞ!
次の瞬間、地面に衝撃が走った。まるで巨大な地震が起きたようだ、くそ、立っていられないレベルじゃないか。踏ん張りつつ、俺は包丁を構えたまま、巨大な影と相対する。
……クジラの死体だ。半分以上白骨化している。
「なんでこんなものが降って来やがった?」
「……いるぞ!」
そこには一体のエビとも人間ともつかない姿の邪神がいた。
「skktbtnn」
何を言っているかはわからないが、何故だか残念そうである。
「豪快な襲い方をして来やがったな!」
「邪神というだけある」
俺は青眼に包丁を構える。隙を見せるつもりはない。
「nnkkgkstksdn. knnngdn」
なんて言っているのか分かったとしたら、少しは相互理解できるだろうか?相互理解したとして、お互いに幸せになれるだろうか?お互いの利害が対立しているのなら、相互に理解しあえたとしても、幸せにはなれないだろう。
エビがハサミで殴りつけようと構えている。こいつは慎重なタイプと見え、構えはするが動かない。
「おい
「h?nnd」
「弱いヤツから、回り出すんだよ」
俺は不意に持っていた蠣殻をエビの顔面に何度も投げつけた。邪神の眼にガンガン蠣殻をぶつけるうち、邪神がよろめいて弧を描く。
「ほらな」
「卑怯なだけじゃないか」
包丁が冷たい。卑怯でもなんでも勝てば良かろう。勝てば官軍だし歴史を作るのはいつだって勝者だ。邪神だってきっと綺麗な闘いばっかりしちゃいないだろう。こいつがどうかは別問題として。
蠣殻に怯むことなく、まっすぐに邪神が飛びかかってくる。ハサミで包丁を狙ってくる……と見せかけて、頭を殴りつけてきた!こぶになったか?いってぇ……。こいつは、やりやがる。ヤドカリやイカとは一味違うな。
二撃目がすかさず頭を狙って来やがる!ギリギリでかわしながら、包丁で斬りつけてやる。しかし、かわされ……振り向きざまに
眼に蠣殻をぶつけられた邪神がそれでもこちらに飛びかかってくる!しまった、足を取られ……
「ブラフだ」
倒れ込んだ俺は、同じく下を向いた邪神の心臓に、イスカリオテを突き立てた。まっすぐな、いい
「すまん、さっきは悪かった。お前は、弱くなかったぞ。だがな……お前は邪神としちゃ、真面目でまっすぐすぎた」
「なんでそんなことが言える?」
包丁には分かんないのか。
「こんな朝から何かしてるヤツが真面目でないわけないだろ、俺なんか朝は寝てたいよ」
「なるほどな」
邪神は体液を流し尽くし、動かなくなった。邪神のハサミを捻りとり、火にかける。
「結局食べるんだな」
「食べないと、こいつに失礼だ」
「どこの人喰い族だ」
「言ってろ」
両手を合わせて、邪神に感謝を捧げる。食材を供給してくれた意味で。柔らかい内臓の肉と、エビの殻で朝のスープだ。味の方はロブスターに近い。伊勢エビだったら最高だったんだが……。
「ロブスター味か……、まぁいい。全部食べさせてもらおう」
「ロブスターはイマイチ好きじゃないのか?」
「嫌いじゃないんだがな。エビとカニは美味い種が多すぎるんだ」
「なるほど」
充分にロブスター風味の邪神を堪能したところで、邪神が落としたクジラの死骸を見る。
「ヒゲクジラか。ナガスクジラのように見えるな」
ここで俺は気がついてしまった。
「おい!イスカリオテ!なんでこんなに地球に似た種の海洋生物が存在するんだ!」
「……気づいてしまったか」
「まさかここは地球……なわけはないか」
「地球とやらではないが、地球との関係は浅くはない」
……それは地球から生物が来ている可能性があるということか?この環境に?そんなことがありうるのか。
外来、生物……しかしあくまでそれは地球の中での話なのではないか?この海の生物たちは地球から来たのか?いや……
この海から、地球に生物がやってきたのか?
「……邪神も地球に?」
「それはない。邪神は地球を恐れている」
「何故だ」
「わからない。わからないが……わかる気がする」
包丁が俺に呟く。まさか……俺みたいなのがいるから寄り付かない、とでも?冗談じゃない。それなら日本近郊に来た邪神なんて、恐怖のあまりションベンチビって泣きながら逃げ出すことになる。邪神ともあろうものがそんなわけねーよ。邪神なめんな。
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