第8話



 対邪神インターフェースの猛攻が始まる瞬間、俺はほとんど無意識のうちにまだこちらに襲いかかってこないアンモナイトの群れの中に飛び込んでいった。ホーミング性能のある対邪神インターフェースとはいえ、貫通力にだって限度はある。熾烈な攻撃によって、しかし貫かれたのはアンモナイトばかりである。


『んなっ……』

「そういやさぁ、ちょっと気になってはいたんだよ」

『何だと?』

「ピナーカ、あぁあの長野ちゃん愛用の槍だけどさ。あいつフィッシャーマンって呼ばれてたんだよな」

『何が言いたい?』


 不審感を露わにする黄の王。ヤツが使った対邪神インターフェース、10本もあったのか。10+1+1は幾つだ?おそらくこれらについているのは、その名前だ。


「多分、これらの名前を俺は知っている」

『名前がなんだと言うのか?』

「由来を教えてやるよ。漁夫フィッシャーマンのペトロ、その弟アンデレ、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、トマス、マタイ、小ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、イスカリオテのユダ。イエスの12の使徒」


 かつて異世界に転移した彼らの祖先は、対邪神インターフェースにキリスト教の12使徒の名をつけていたのだろう。邪神払いのための験担ぎだろうか。邪神は悪魔ではなかろうが、人間からしたら悪魔より恐ろしい存在でもある。邪神と戦うために神の力を借りる、ということか。


「もっともピナーカのヤツはその名前嫌がってたし、包丁もめったにその名前で呼んでないな」

『敬虔な神とやらの信者だったとは、意外だな』

「いや、別に?」

『なっ!?なら何故その名を知っている?』

「昔俺もある病気に罹っていたんだよ。恐ろしい病気なんだ」

『病気?』

「ムダに万能感を覚え、そうかと思ったら逆に自分の無力さに絶望し、選ばれし者でないことに涙を流す。今のお前がかかっているその病気だよ!」


 みんな一度は通る道だ。ムダに古代の神話を調べ、自分がその中に何の関係もないことに涙を流す、そう、厨二病という病気だ。


「ムダに力がある厨二病の邪神かんじゃって本当にタチが悪いなおい!人類滅亡とかバカな妄想なんぞやめろやめろ!」

『ふざけたことを言うな!地球に巣食う害虫の分際で!』

「そういう表現がもう厨二病だ。百歩譲って人類滅亡企むのは自由だが、それでてめぇの邪神なかまを傷つけるようなヤツは宇宙せかいの害悪なんだよ!!」

「大人しく、この宇宙せかいから退場してもらおう」


 二人で啖呵を切って、包丁を青眼に構える。このクソ邪神やろう、最早叩き斬らないとどうにもならん。


『ナメたことを。やれるものならやってみ

「あぁ」

 ろ』


 黄の衣が切れ、ヤツの身体から触手が転がり落ちた。何が起こったのか理解できないという表情を浮かべる黄の王。祭司もあぜんとしている。二枚貝の隙間から大淫婦の娘も覗いているようだが動かない、いや、動けなかったか。


『きぃ……さぁまぁ!!』

「ナメているのはどちらだ黄の王!」

「こいつのゲソも焼くことにすることにしよう」

「おい」


 包丁のが主人公っぽい台詞吐いてるな。厨二病は寛解しなおったから俺。もうそういう台詞はほどほどにしようと思うんだよな。そういえば松明があったな。よし。


『……わかった。確かに私はナメてかかっていた。本気でいかせてもらう』

『いかん!黄の王の衣をとらせるな!』

『もう遅い!』


 祭司が叫んだが、黄の王の衣が脱ぎ落とされる。巨大な槍のような身体の殻が露わになる。先程の黄の衣に似た色である。殻は複雑な光を放っている。


「構造色だと?オパールか?……ベレムナイト!?」

『ほぅ、知っているのか。中々物知りではないか』

「なんでベレムナイトが邪神の王やってんだよ意味わかんねぇよ」

『現界した際に使いやすかっただけだ。いかせてもらう!』


 突進してくる黄の王。その大きさは先程を上回り、加速力も非常に高い。アンモナイトの中に突っ込んで来やがった!


「うわっと危ねぇ!クソっ!」


 なんとか躱しはしたが気がつくと、ヤツは対邪神インターフェースを回収しているではないか。……なんとか置けたな。


「抜け目ねぇな厨二病」

『油断している余裕があるのか?』


 再び対邪神インターフェースを投擲してくる黄の王。ちょっとではあるがあの殻の光、見るのは精神的に良くなさそうである。アンモナイトの群れの中を突っ切る。アンモナイトも動き出したな。砕けていくアンモナイトの殻の中で、大淫婦の娘の入っている二枚貝を見つけた。ビシッと殻を閉じている。


『終わりだ』


 黄の王が殻の頭を前に、急加速して突っ込んでくる。ヤバい、加速が早く避けられない!それでも避けようとしたが、足元の大淫婦の娘入り貝に引っかかりコケて倒れこんでいく俺。マズったか。


『何……だと!?』


 俺が倒れ込んだ先の、大淫婦の娘の入っている二枚貝の殻を、ベレムナイトの殻の先が貫いてしまっている。無言で包丁で黄の王の胴体を突き刺した。


「偶然ってヤツは怖いな。負けたかとおもったぞ」

『そ……んな……』


 ヤツの持っている対邪神インターフェースも使って、次々と突き刺す。


「やはり勝ったな」

「師匠」

「大淫婦はもう、元の次元に返したぞ」

『!!』


 黄の王が驚愕の表情を浮かべる。


『お、お前は……まさかと……お、思うが……』

「そう。※※※※ー※」

『それほどの力を持つものがついて……勝てるわけが……ないか』

「いや、負けたのはお前がこいつより弱いからな」

「えぇー」

『えぇー』


 黄の王も半ば呆れたようにそう反応を返す。俺も呆れるしかない。素かよ。


「あとはまぁ、現界して受肉してるからってのもあるかもしれんな」

「パワーダウンしてどうする」


 ほんとだよ。包丁じゃ無いけどそう言いたくなるわ。


「受肉自体が事故みたいなもんだ、ほれとっとと帰すぞ」

『何が……なんだか……悪夢だ……』


 そりゃ人間ごときに負けたんじゃな、悪夢だと言いたくもなるわな。気持ちはわからんでもないがさっさと帰れよ厨二病。オパールの淡い光とともに、黄の王も元の世界に帰っていく。パチパチと焼ける音がちょうどいい感じになってきた。食うか。


「ベレムナイトってコウイカの近縁らしいけど、それだけにやっぱ美味いな」

「いつの間に!?」

「何食ってるんだ、お前は」


 包丁に言われる筋合いはねぇよ。せっかく斬り落としたんだから喰っときたかったんだよベレムナイト。いやこれ美味ぇよ。もっと食いてえよクソ!失敗したなぁ。

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