第9話



 黄の王はなかなか美味かった、それはいい。祭司の傷が想像以上に深い。


『……どうやらここまでのようだな……』

「おい、何言ってんだよ、やめろよそういうこというの……」

『黄の王に……持っていかれた……』

「持って行かれた?なんのことだ?」

「対邪神インターフェースで構成情報を持って行かれたのか」


 包丁に言われて気づく。そうか、対邪神インターフェースは邪神同士が殺しあうにも使える兵器だったのか……。


「……くそっ……どうしようもないのか!」


 洞窟の壁を思わず叩いてしまう。


「上手くいく保証はないが、手はなくはないぞ」

「本当か師匠!」

『……し、師匠?……全くお前は面白いな……※※※※ー※が師匠の人間とは……』


 笑ってんじゃねぇよ祭司、お前ほっとくと死にかねないんだぞ。しかし何やるってんだ師匠。


「幸いなことに、この奥の宇宙のガン、膨大な構成情報を持ってる。そいつでそこの祭司だったな、を再構築する。しばらくは持たせるが長くはもたんぞ」

「輸血とか臓器移植みたいなもんか。いいぜ包丁、最後の一品だ。調理を頼む」

「やっぱり喰うのか」


 最後に出てくるのはなんだろう、美味いヤツだといいのだが。包丁に呆れられているのももう慣れっこである。


 洞窟を降りて行く。暗闇の中に何かの存在を感じる。これまでにない磯の香りだ。まるで海を濃縮したようなその香り。


「美味そうな匂いさせやがって……」


 不意に、目の前の闇が動き始めた。闇の中から無数の針がこちらを狙っている。針だけではない。何かの触腕のようなものまでこちらを狙おうとしている。


 蠢く異形の闇。


 そのような邪神ばけものと相対しているのに、何故か俺は猛烈に腹立たしさを感じる。腹立たしさと同時に食欲が沸き立つ。生物の原初の反応。喰うか喰われるか。図体がデカいヤツが有利、それは自然界では基本であるが、しかしそれはあくまでも基本でしかない。このようなデカい図体で無数の針で身体を守ろうとは、キンタマの小さいヤツだ。


「気をつけろ!こいつの周囲の針は対邪神インターフェースだ!」

「なんだと!?ものすごい数じゃねえか」


 包丁の叫び声に反応して、触手のようなものが繰り返し俺を襲ってくる。この深い闇は原初の生物には脅威だろうよ。人間であってもそりゃ脅威なのかもしれん。だがな。……触手を斬り裂き続け、無数の針を叩き落とす。かけらも負ける気がしない。何故なら。


「そいつが何かはっきりわかったぞ、今な」

「なんだと?この怪物は……?」


 大きく息を吸い込む。生まれてこの方ないくらいの大声で邪神ばけものを怒鳴りつける。


「どう見たってウニじゃねえかてめぇ!!」


 一瞬、闇がビクつくのを感じた。ビビってんじゃねぇよ邪神ウニ


「ウ、ウニぃ……!?」

「闇だかなんだか知らないがなぁ!邪神ウニなんて高級食材、食べないわけにはいかんよなぁ!!あ!?」


 闇が震えている。捕食されるという、本能的な恐怖を、脅威を感じているのか?てめぇが宇宙を滅ぼす側なのになにビビってんだよ邪神ウニ野郎!


 攻撃が熾烈さを増す。なのだが恐怖はない。黄の王のほうが余程恐ろしかった気がするぞ、対邪神インターフェースとかぶっ込んでくるしあいつ。所詮針と触手じゃねえかよ、数多くてうぜぇけど。


 ……しかし、あることに気がついてしまう。


「まずいな」

「何がだ」

「攻めあぐねてる。隙がないというよりクソデカいせいで攻撃しにくい」

「確かにな」

核噴進砲デイビー・クロケット持ってくりゃよかったな」

「放射性物質汚染で喰えなくなるぞ」


 避けながら包丁と相談するが、どうにもいい手がない。デカいってのはそれだけで優位に立てるのは確かだよな。人間と象が戦うなら人間はかなり不利である。……最も人間は古くは槍を、そして今ならライフルも454カスールも使いこなす。そのせいでマンモスは絶滅すらしたし、アフリカゾウもその危機に瀕している。


「飛び道具とか欲しいところだな」

「呼んだかい?」


 虚空から10本の武器が輪を描くように降りてきた。まさか!


「た、対邪神インターフェース?」

「邪神に使われて終わりじゃカッコ悪いしな」

「助けにきたよ」


 なんか知らんがありがたい!攻撃しにくいのは変わりないが、手段が増えるのは助かる。


「ありがたい!こちらこそよろしく頼む!」

「それはいいがどうする?」

「俺に考えがある。おまえら耳どこかわからんが耳貸せ」

「後で返せよ」


 10本の武器を降ろし、包丁も含めてひそひそと会議する。


「方針はわかったよ。でも一つ足りないものがある」

「どこかから持ってこれないか?」

「当てならある。とりあえず連絡とれるといいんだが……」


 通信機に話しかける。


「おーい!誰か聞いてるかぁ!!」

「なんですか」

「アフィラムか!頼みがある、ひとっ走り行ってくれ!」


 次元を超えて通信できたか!あそこにあるもの持ってきてくれるといいんだが。


「何をやるんです?またとんでもないことするんでしょうけど」

「救うんだよ!世界を!」

「……全く変な人ですね。んで、何を?」

「転送機を資材置き場に持ってってくれ!」

「……わかりました、よくわからないけど」

「マギエムとアレンも連れてけ!もう邪神はいないとは思うけどな」


 材料はこれでいい。あとはもう一箇所に連絡したいが……


「ん?なんだ?声がしてきたが」

「師匠!頼みがあるんだ!」

「なんだ。ここまで来たらなんでも言え」

「魚人達に手伝ってもらいたいことがある。頼めるか!」

「よくわからんがわかった。話はつけてやろう」

「助かる!」


 どうやら祭司がもう一個通信機作ってたらしい。つくづくマメな邪神だ。これで準備は揃った。さぁあとは時間との勝負だ。


 ウニの周りを逃げ回り続けている。これはあくまでも時間稼ぎだ。本命の一撃をかますためのな。……ピナーカが飛んで来た。期待してたものを結びつけている。よし!


「持って来たぞ。んで、何をするんだ?」

「サンキュー。おまえら11本、タイミング合わせて奴の頂上にその電線の輪っかを置いてくれ」

「電線の輪っか?何をするんだ?」

「まあ見ててくれ」


 さらに逃げ回る俺をいい感じでウニが襲ってくる。馬鹿なヤツめ。見てろ。思いっきり近づいて、もう一本の電線をヤツの口に放り込む。


「上も置いたぞ!」

「下もな!いよっしゃ!魚人のみんな!オラに力を貸してくれ!」

「なんか知らんが行くぞ!」


 武人の声がしてきた。元気そうで何よりだ。魚人達から電線に放たれた電流が、邪神ウニの頂上部と口を猛烈に刺激する。邪神ウニからブクブクブクと何かが出て来た。卵だ。ウニの動きがおかしくなって来た。


「電気刺激の味はどうだ邪神ウニ公!」

「何が起こってるのかさっぱりわからんが、動きが止まったぞ」


 放卵した生物は体力を劇的に消耗する。生殖というのはコストが高いのだ。鮭なら死んでる。さて、全部放出される前にだ。周囲のトゲを斬りとばしつつ、頂上に進む。ブクブクと湧いてくるウニ卵産卵口に包丁を叩き込む。


「最後の一品だ!いただくぞ!」

「やっぱり食べるのか……美味いのかウニって」


 包丁により大きく斬り裂かれた端から、ウニの卵巣の塊が見える。ウニほど新鮮かどうかで味が変わる食材はない。……絶品です。文句なしです。食い進むと、何か奇妙なものを見つけてしまった。


「な、なんだこれ?」

「転送機に似ているようだが」


 ウニの中に何故かあの高次元アクセスの機械が転がっている。こいつが諸悪の根源か。全く人間ってヤツは度し難いな。


「終わったな」

「師匠」


 師匠が祭司を連れてやってきた。ウニはもうまともに動ける状態ではなさそうである。祭司も結構やばそうな状態だが……


「そこの機械があるだろ」

「ああ」

「そいつと対邪神インターフェース、あとその残骸で多分なんとかなる、気がする」

「気がするじゃダメだろ気がするじゃ」

『ダメ元でやってくれ……頼む』

「わかった、頑張ってみる」

「頑張るのはいいけど目はさますなよ」


 師匠しっかりしてくれよ……祭司の命がかかってんだからよ。それにしてもこれからどうしたものかね?地球から28光年とか、ちょっと遠いだろここ。あ、長野ちゃんも連れて帰らないと。こっちはやることやったんだからあとは頼むぜ師匠。

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