最終話



 師匠の手によって、祭司とウニが融合していくのを呆然と見ている。ウニ、だいぶ食べたけど影響ないだろうか。


「思ったより消耗し尽くしてるなこいつ」

「し、師匠、まずったか?」

「いや、消耗させるのはいい手だ。ただ、こいつの治療が結構ギリギリになってしまった。上手くいっても、しばらくこいつは寝て過ごしてもらうことになるな」

「困ったな……」

「おまけにお前たちを地球に帰さないといかんしな。そのぶんの情報エネルギーも必要だ」

「んじゃ、俺はいいよ」


 それで祭司が助かるならそれに越したことはないだろ?エネルギーの確保の方法は他にもあるかもしれんし、最悪長野ちゃんだけでも地球に帰せればそれでいい。


「ダメだよ!一緒に地球に帰ろう!」

「そうは言ってもな、祭司死なせるのもイヤなんだが……」


 長野ちゃんも合流したわけだが、なんでこんなひっついてんの。ひっつかれてイヤなわけじゃないけど、決意が鈍る。


「……まてよ。その手があるな」

「どうした師匠?」

「むしろおまえから情報エネルギーを回収しよう」

「えぇ?」


 長野ちゃんがピナーカを師匠に構える。この子なんでこんな好戦的なの。


「落ち着け。むしろ逆にこいつのためだぞ」

「どういう……こと?」

「こいつがちょっと強くなりすぎてるのはわかるな」


 長野ちゃん、小さく頷く。人間やめてるとか思われてそうだな。てか俺やめてるの人間?やめた覚えないんだけど、多分。


「色々な原因で蓄積したこいつの情報エネルギーを回収する。そうすればこいつは普通の人間並みひとなみになって地球にも帰れる」

「普通の人間じゃないみたいに言われてもな」

「違うのか?」

『……てっきり邪神かと思ってました』


 包丁も司書ちゃんもお前らなぁ!やっぱりこの世界に礼儀を知っているやつはいないらしい。こんな奴らと一緒に居られるか!俺は自分の世界に帰るぞ!


「最近の記憶の一部も失うが別に問題あるまい」

「問題大ありだよ!」

「むしろこんな意味不明な記憶持って生きる方が辛いと思うんだが、人間的には」


 師匠の方が人間味ありすぎて色々と困る。だが、たしかに師匠の言うことも最もだ。邪神かいさんぶつを襲撃して食べながら暮らしてたとか言ったら、精神科に連れて行かれること間違いない。


「わかった師匠。んで、どうしたらいい」

「その対邪神インターフェースでお前を切る。そのあと、そいつをこの機械に接続」


 邪神ウニの腹から出て来た装置か。エネルギー源が自分なのがなんとも言えんな。ある意味人力じゃねぇか。


「痛そうだな」

「豪快に切る必要ないからな、指先くらいでいいから」

「むしろ豪快に斬った方が世界のためでは?」


 包丁の野郎俺のことを始末する気かよ。誰が斬らせるか。


「んじゃ師匠、包丁、頼むぜ」

「ほれ」


 指先がチクッとする。……くそ、ヤバいぞ記憶じょうほうが持って行かれる!こういうことか!街の連中、祭司や司書ちゃんの記憶とか、今まで食べた邪神の味まで!!他のはともかく味が!味がぁ!!


「うおおおおおおぉぉぉ!」

「ちょっと!大丈夫なの!?」

「ミユキ、お別れだ。私たちもな」

「ピナーカ……った、楽しかったよ」


 ピナーカも長野ちゃんの指先を切っている。長野ちゃんからも記憶を持ってく気だな。まぁその方がいいよな。


「あ!そういや!忘れてた!ヒョウモンダコの野郎をまだ食ってねぇよ!」

「此の期に及んでまだそれか!死んでしまえ!」


 包丁の暴言もこれで最後だと思うとなんか泣けてくるな。思わず涙が出た。


「……な、泣くほどのことは言ってないぞ、……すまなかった」

「バカ言え。……色々ありがとな、イスカリオテ」

「こちらこそ」


 湿っぽいのはここまでにしよう。ん?長野ちゃん何書いてんの俺の手に。なんだよこの数字。名前も書いてある。


「はい、これ電話番号。なんかなくても電話しなさい」

「えぇー」

「そっちのも教えろ」

「えぇー」


 ってこれ油性マジックかよすぐに消えねぇよ!どこで手に入れた?師匠か?しゃあねぇな。全く……


『寂しくなりますねぇ』

「司書ちゃんも色々助かったよ。そして祭司、本当に、本当に世話になった」


 祭司はもう話すのもきついらしい。でも、軽く手を振ってくれた。おいおい司書ちゃん泣くなよ。イカが泣くのってシュールな光景だな。


『う、うう……お、お元気で……』

「心配しなくても大丈夫だ。司書ちゃんたちもな。祭司をよろしく頼むぜ」

『はいっ!』


 俺のポケットの中の通信機が振動する。誰だよ。


「帰るのだな。何をどうするかはわからんが気をつけてな」

「マギエムか!お前ちゃんと服着ろ!」

「ミユキ!あっちでも元気でね!」

「フィオナさん!アフィラムさんと仲良くね!」

「全く最後まで騒々しい人たちだ……寂しくなりますね」


 まだそんなこといってんのか、アフィラム。照れ隠しも程々にしとけと言いたくなるな。


「ナガノさん!イソノさん!ありがとうございました!!」

「アレンか!お前も強くなれよ!」

「はいっ!」

「お気をつけてお帰りください」

「メルトリウスさん!色々ありがとうございました!」


 二人で一通り街の人たちと別れの挨拶をするうち、通信が途切れた。


「さてそろそろお前達、地球に帰すぞ!」

「師匠……達者でな。お休み」

「あぁ。……なんか眠くなってきた。ぐっすり寝るとしよう。今からなら56億7000万年位は寝られる自信がある」

「そりゃよかった師匠。ゆっくり寝てくれ」

「お前達も達者でな。……幸せになれよ」


 師匠がそういった瞬間、俺と長野ちゃんも光の中に包まれた。そのまま光の中に俺と長野ちゃんは溶けていく。


 ---


「……ちょっとー、なにぼーっとしてるの?」


 あれ?あぁそうだ。みゆきに頼まれてレポート手伝ってんだった。てかそれくらい自分でやれよと言いたいが。


「ん?あぁ悪ぃ。仕事ひと段落してまだ落ち着いてないからな」

「それはいいけど、レポートちゃんと読んでね」


 全く、どうしてこうなったんだっけ。

 ……あぁそうだ、一年ほど前だが、変なことにまきこまれてからだ。


 その日、気がついたら俺は何故か自分の部屋のベランダに横たわっていた。ベランダで日向ぼっこでもしてたか俺?何だろう、すごい美味いものを散々喰い散らかす楽しい夢を見ていた気がするが……。まぁいいや、起きよう。


 なんか体のあちこちが痛い。指先もなんか刃物でキレたみたいになってる。釘かなんかで切ったか?おまけに妙にだるい。そりゃベランダで寝たりしてたら体もだるいわな。


 部屋の中に入ろうとする。鍵がかかってやがる。詰んだか?てか何で鍵かかってんだよ。足元に何かが転がっている。丸っこい何かに一瞬だけ見えたが、何だ俺の携帯じゃねぇか。さてこの状況をどうやって脱するか、それが問題だ。携帯あるからな。管理会社にでも電話するか。ふと左手をみると、何故か見知らぬ電話番号が書いてある。


「長野……みゆき?誰だよ。まさかこれイタズラか?」


 正直なところ、俺自身このわけのわからない状況を、何故か楽しく思いはじめていた。見知らぬ電話番号にかけてみる。


「はい」

「もしもし……長野、みゆき?さんの携帯ですか?」

「そ、そうですけど……何か?」

「実はベランダに締め出されてちょっと困っていて……」

「それなら管理会社に連絡すればいいじゃな……?ん、この番号?イソノさん?」

「え?何で俺の名前わかるの?」

「今かけてる電話番号、手の上に油性ペンで書いてあるやつで、イソノって……」

「お、おんなじだ。俺にも手に書いてある」

「えぇー?」


 どうやら俺は長野ちゃん(なんかそう呼ぶのがしっくりくる)と似たような状況にあるようだ。手に見知らぬ電話番号と名前が書いてあるとか、ひょっとして俺たち入れ替わりでもしたのか?ちょっと違う気がするが。


「何だろう、ドッキリか何かかな」

「だとしたらカメラかなんか仕掛けられてるんじゃないか?」

「うーん」

「どっちにしても、今締め出されてるのは確かなんだよなぁ。長野ちゃんって今どこにいるの」

「家。そっちは?」

「こっちも家だよ」

「どの辺?」

「えっと……」

「近所じゃない!」


 そんなわけで長野ちゃんに家に来てもらうことにした。果たして、アパートの部屋の鍵は開いていたので、あっさりと俺は救出された。


「全く……なんで締め出されたの?」

「見当がつかない。このマジックの字も謎だしな」

「ってその手のこれ、私の字!」


 おかしなこともあったもんだ。ひとまず長野ちゃんに助けてもらったお礼にお茶とか出したりして、色々だべってからその日は別れた。


 それ以後もなんとなくどちらからともなく連絡取ったりしてたんだが(そのうちなんかみゆきとカッちゃんと呼ぶのが普通になったんだっけ)、みゆきが物理のレポート苦しんでるとのことで図書館でレポートの手伝いをしていた、とまぁこういった次第だったな。そういえば。あ、ダメだろこれ。


「ここ間違ってるよ。等式見直して」

「えぇっと、あ、これ?うーん……」


 考えようによったら図書館デートってやつかこれ。せっかくの休日にレポートがりがり添削とか、色気もクソもねぇけどな!


「んじゃ、これでもう一回見て」

「わかったわかった」

「あとでどっか行く?」

「美味い海産物でも喰えるならいいけど」

「んじゃカッちゃんの奢りで」

「おいぃ!みゆきのレポート手伝ってんの誰だよ!」

「社会人と違ってビンボー学生はカネないんだから!奢れ!」


 全く酷いヤツだ。いつか借りは返してもらう。借用書書くぞ。レポートを見直しているうちに、今度はこっちが引っかかる部分がある。ああでもないこうでもないと考えている。いい復習にはなるが、仕事では使わない分野だなぁ。


「……ってみゆき!何読んでんだよ!そっちのレポート手伝ってんだよ!」

「だっていつまでも終わらないんだもん」


 何ラブクラフト全集とか読んでんだよ。海産物っぽい邪神とか出るヤツだよな確か。ラブクラフトは海産物恐怖症だったらしいが、海産物を見たら美味そうという感想しか出ない俺からしたら、邪神に恐怖をどう感じていいかわからない。


 ……不意に、僅かだが磯の匂いがした。


「ってみゆき、何でラブクラフト読んで泣いてるの」

「え?」


 みるとみゆきの目から一筋の涙が流れている。


「おかしいな。何故かすごくさみしい気分になってる」

「何でラブクラフト読んでさみしい気分に……」

「じゃあカッちゃん何で泣いてるの」

「そんな……なんでだ。目にゴミでも入ったか」


 ……世界は、あるべき姿に戻った。火山の島、アトランティス。深海の邪神。触れると発狂しかねない宇宙の真理……そうだ。もう、んだ。……今、何を思った?


 心の中に、穴がぽっかり開いている。そこには色々なものが詰まっていた……そのはずだ。でも、どうしてだろうか、その穴の中身はもう手の届かない世界にあるような気がしてならない。


 微かな磯の匂いは、もう少しもしなくなってしまった。






 異世界の邪神クトゥルフが海産物っぽかったので食べてみた


 -完-

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