第2話



 槍と巨大バッタを掴んだ女の子が、俺のことを品定めするようにしている。


「ふーん。虫は食べられないの」

「いや食べられないというか食ったことねぇっていうか」


 よりによって、初めての対話がこれか。


「んで、君は?」

「わたしは長野みゆき。よろしく」

「おう。俺は磯野馨。磯野って呼んでくれ」

「ん。で、磯野さん?そちらの2人は?」

「こちらの子がフィオナ、でそっちの半裸がマギエム」


 不意に、長野ちゃんだっけ、が槍を俺に突きつけてくる。


「……信奉者が」


 なんのことだよ信奉者って。


「邪神と一緒に人間がいるとしたら、信奉者以外の何がいるってのよ!」

「ちょっと待ってくれ長野ちゃん、祭司はそんな危険性ないって」

「その顔で危険性がないとかありえないわよ!」


 槍が俺の胸元に迫る。無言で俺は槍を掴んで押し返す。


「まぁ見た目ちょっとタコっぽいけどな祭司」

「信奉者が人間のフリをしたって無駄よ!」


 長野ちゃんが槍を押し付けてくる。顔が近い顔が近い!迫り過ぎて胸も押し付けてくるけど気づいてないの?この子ちょっとスキありすぎじゃないか?


「ちょっと落ち着けって、信奉者だったら俺たち皆殺しかよ」

「そっちこそ邪神がこちらを皆殺しかそれ以上のことするんでしょ!」


 いかん、平行線だ。先っぽが気になって仕方がない。人間って生存の危機を感じると性欲増すんだな。


「このままではやられるぞ!早く私を使え!」

「うるせぇよ包丁。女の子に刃物向けられたからって暴力振えってのか?」

「え?何?ひょっとして……イス……」


 そう言えばピナーカってさっき言ってたな。確かシヴァの持つ槍だっけ。なんで持ってんのそんな槍を。


「みゆき、どうやらそちらの男も『勇者』のようだ。邪神と一緒というのは不思議ではあるが」

「槍が、しゃべったあぁ!?」


 フィオナがびっくりしているが、君は包丁が喋ってるの見て来ただろうが。


「え?まさかあなたも…」

「多分俺は選ばれたとかじゃないけれどな。前の持ち主がいなくなったこいつを拾っただけ」

「それはおかしい」


 槍に突っ込まれる。物理的に突っ込まれるより、言葉でのツッコミですむならそれに越したことはない。


「我々を選定された人間以外に使えるはずがない。お前も十分に資格があったということではないか」

「いやちょっと待てよ、俺は別にこいつらと戦う気はないぞ。襲って来たら返り討ちにするし旨そうなら喰うけど」

「虫は食べられないのに邪神は食べるのぉ!?」


 長野ちゃん、見た目海産物なのに喰わねぇとかないだろうが。


「いや日本人なら喰うだろあの外見なら」

「えー……やっぱり他の県の人ってなんでも海産物食べるって本当だったんだ」

「長野ちゃんはどこ出身よ?」

「……長野」

「……海ないからなぁ」

「でも邪神まで食べるの!?」

「他に喰うもんなかったら喰うだろ!」

『食材は提供したいからあまり食べないで欲しい』


 祭司よ、そんなに哀しそうな顔をしないでくれ。


「うそ、何それ」

「長野ちゃん今度はなんだよ」

「そこの邪神って、こっちと話せるの普通の内容で」

「だから言ったじゃん」

『急進派の島か……よく生きてたな』

「邪神にも派閥があるんだね」

「人間にだってあるだろ」


 長野ちゃんが槍を引いてくれた。胸は引かないで欲しい。


「……そこの邪神さんは?」

『人間には発音が難しいだろうから、祭司とでも呼んでくれ』

「分かった」


 ひとまず助かった。しかし、島に漂着したら虫とか食べる原住民に槍で襲われたと書くと、イメージそっちの方向で固定されるな。


「ところで、俺たちなんだが、終焉の地とやらから来たんだ」

「え?よく生きてたね……」

「まぁな。こっちの子は卵産まされそうになってたし、こいつは喰われてた」

「えぇー」

『そしてこやつは襲って来たヤツを喰ったり干物にしたり揚げたりしてた』

「えぇー」


 顎の触手で俺を指差すな祭司。別におかしいことしてないだろ。


「終焉の地とやらってなんなの、やっぱり人間牧場的な」

「そうみたい。行ったことないけど」

「逆にそこしか知らなかったんだが、他に人間っているの」

「うーん……そこの邪神の人には教えたくないな」

『わからないでもないな』

「なんでだよ」

「対立しているとは言え、人間食べる連中の仲間でしょ?何かの理由で気が変わることだってあるかもしれない」


 世知辛いな。まぁとはいうものの、納得できる理屈ではある。


「祭司には食材とか提供してもらったり色々世話になってるんだがなぁ」

「……あなた本当に邪神?」

『一応祭司をやってる』


 悪魔崇拝者の中には下手な神の信奉者よりもできた人間がいること考えたら、そういうやつがいるのも不思議はあるまい。


 風向きが変わったのか、磯の香りがこちらに向かって来た。


「海……いや、違うな……イスカリオテ!何体だ!?」

「二体……いや三体いる」

「うそ、分かるの?」

「みゆき、この距離なら先制が可能だ。どうする」

「……一体だけやって」

「分かった」

「行って!ピナーカっ!!」


 長野ちゃんが槍を投げると、槍は天高く舞い上がった。あの槍、自分で飛べるのか!?すごい速度で天空高くから、カニ系の邪神の胴体に穴を穿つ。


「凄えな!こっちもやればいいんだろ!」


 一気に距離を詰め、胴体に風穴が開いた邪神の隣のカニもどきを蹴飛ばす。後頭部に強い打撃を受けたカニが悶絶しているところを、包丁で内臓を抉り出す。


「こいつはオスか。こっちは……」


 ハサミで襲いかかって来たもう一匹の脚を払う。ひっくり返して同じように内臓を抉る。卵があった。こいつの方はメスか。早速蟹味噌を味わう。


「産卵期ってやっぱり美味いよな」

「恒例行事になってるな」


 ツッコミを諦めた包丁。諦めるな!もっと!暑くなれよ!……字が違うな。あってる気もするが。


「うそ……強い……しかも、邪神を喰ってる……」

「長野ちゃんは邪神食べられないの?」

「いや食べられないっていうより食べたことがないっていうか……」

「私からしたらどっちも同類に見えるな」


 うるせぇよ残念イケメン。お前と同類でないだけマシだよ。



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