第3話



 カニ邪神をいつものように捕食したので、蟹味噌を味わったり解体したりしている。長野ちゃんはというと、バッタの脚とかを毟っている。不意に、長野ちゃんがこっちを向く。


「うーん……邪神の人、あそこに行ってもらおうかなあ」

「あそこ?」

「何故かわからないけど、最近温泉のそばに地球のっぽい建物が現れたの」

「温泉あんのか!」

『火山活動が活発だから十分にあり得るな。しかし、地球の建物とは……まさか……』

「でもそこ、まだ中がグチャグチャなんだけどね」

「掃除とかしないと使えないか」

『私も手伝おう』


 確かに祭司、むちゃくちゃ丁寧に食材とか分類してたからな。倉庫の中かなり綺麗だった。


「祭司はこう見えて結構マメな性格だからな。食料庫とか分別きっちりしてたし」

「そうなんだ」

「となるとみんなで行くってことになるのかな」


 祭司とフィオナはともかく、残念半裸は置いていきたいがそうもいかんな。それにしてもだ。


「しかし温泉まであって邪神うみのさちがこれだけ来るのになぁ……足りないんだよ」

「足りないって何が?」

「味付けが、単調なんだよ。味付けが。せめて醤油と味噌があればなぁ……」


 長野ちゃんがニヤニヤしている。おい、まさか……?


「もう少し、なんだけどね」

「何が、何がだよ」

「磯野さんは味噌ってどうやって作るか分かってる?」

「ざっくり言うと、豆をコウジカビで分解だろ?塩分多めの環境でコウジカビだけ繁殖させる」

「そうね。だいたい合ってる」

「でも材料がないだろ。塩はいい。豆とコウジカビは難しいだろ」

『マメの類なら割と普通にこちらの陸地にもあるな。特に砂浜に近い所に自生している。地球から来たのかもしれない』


 マジかよ祭司。マメがあるかどうか聞いておけばよかった。でもそれだけじゃ味噌ムリだろ。


「コウジカビは?」

「結構大変だったけど、室町時代行われていたコウジカビを繁殖させる方法ってのを本で読んでて良かったわ。黄色系のカビを採取して、それを灰で10回以上選別……苦労した」

「……そんなこと知ってるのかよ、すげぇな長野ちゃん」

「そういうわけで、いま味噌を仕込んでるの」


 おお……素晴らしい……まさか……この地で味噌に再び出会えるとは。これから長野ちゃんには足を向けて寝られない。


「だけど出汁を出せるようなものがないと、汁物とか美味しくないよ」

「海の方に昆布あったぞ」

「マジで!?」


 俺と長野ちゃんはがっちりと握手を交わした。フィオナや祭司の目が冷たい。あぁ、こいつも同類なのか、という目で見られてるぞ長野ちゃん。


「カニガラとかエビガラも結構出汁が出るように思う」

「アメリケーヌソース?」

「要はそういうことだよな。出汁かソースかの違いだけで。そう考えると、日本以外に旨味文化がないってのはウソだよな」

「そうだね。肉も肉の旨味あるし。イノシン酸とかね」


 本当に詳しいなこの子。長野ちゃん何者だよ。


「長野ちゃんって大学生くらいだと思うんだけど、やけに詳しくない色々?」

「んー、農学部だし」


 農学部だからって、その歳でそこまで詳しい人は少ないように思うんだが。


「磯野さんも結構詳しいじゃない」

「まぁ生物系の博士課程行ってるしな」

「博士?君たちは研究者なのか」


 妙なとこに食いつくな、マギエム。


「俺は研究者を目指してるな。帰れたら研究やりたい」

「私はどうするかなぁ。まだわかんないや」

「帰れないとどうもこうもないんだよな」

「確かに」


 まぁとりあえず、今日収穫した邪神かいさんぶつや巨大昆虫を目的地に持って行くとしよう。


「そういえば」

「なんだろ」

「その剣ってなんて名前なの?」

「こいつはイスカリオテって自称しているな。長野ちゃんの槍はピナーカを自称してたの?」

「私はみゆきに名付けられた」


 あ、ピナーカって名前つけたの長野ちゃんかよ。


「俺もそんなにはヒンドゥー教詳しくないんだけど……ピナーカって弓らしいよ」

「弓……だと……」

「まぁ伝承とか次第だからなんともいえないけど」

「私は気に入っているから構わないぞ」


 崩れ落ちる長野ちゃんを優しく励ますピナーカっていいヤツだと思う。ウチの包丁と交換してほしい。


「私の特性としては、飛翔と追尾だ。我々には標準的に自己修復機能もある」

「追尾とかあったら俺ならブリューナクとか名前つけそう」

「それは?」

「ケルト神話の武器だよ。神話の槍って投げると必中って多いから何にするか悩む所だが」

「ブリューナクって必中だったかな…」


 割とどうでもいい会話をしながら道をすすむ。現地組やイスカリオテはあまり話さない。


「やっと着いたー」

「ここか。……ってなんだこのビル本当に地球のじゃねぇか!?」


 そこには何故か小さなビルがあった。こんなモンまで持ってくんな邪神。中に何かいいモノでもあったのか?


「さすがに電気はつかないと思うけど、近くの温泉は使えるみたい」

「ほうほう」

「お風呂……ですか?」


 温泉……多分元はプールであったようだが、温泉の方を見ると湯気が立っている。やったぜ。確かに邪神かいさんぶつは堪能できているが、結構磯臭くなっていた所だ。モノには限度があるからな。


「水とかはあるの?」

「川が近くに流れてたみたい。まるで狙ってここに建物を持ってきたような感じ」


 フィオナも温泉には興味津々の模様である。


『妙だな』

「……祭司もそう思うか」

「何が言いたい?」


 勘の悪い包丁に説明しないといけないようだ。


「考えてみろ。こんなモン転移させるのに必要なエネルギーたるや半端ではないだろ。どれだけの人間食ったんだ転移させたヤツは」

『転移させた目的もわからん。エネルギーの無駄遣いもいいところだ』

「案外普通に温泉に入りたかっただけとか?」


 残念イケメン、それはないだろう。邪神うみのいきものが風呂に入るって、鍋に食材が飛び込むようなモンだ。


「普通に考えたら、餌場だろうな」

『充分にありうる』

「だが、もうそうでなくなった」


 ピナーカ、急に何を言ってるんだお前。


「どおりで多かったわけね、邪神」

「まさか君ら」

「うん、全滅させた」


 長野ちゃんとピナーカ怖いわ。食べもしないのに皆殺しとか。祭司が小刻みに震えている。


「あー、だ、大丈夫だから。敵対しないなら攻撃しないから」


 フォローになってないぞ長野ちゃん。祭司……強く生きろ。建物の中のシミって邪神の体液かよ。せめて外で殺って欲しかった。

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