第4話

 


 建物の室内に飛び散った体液の掃除を手分けしてはじめている。青や緑を中心とした液体が腐臭を放っている。無言でゴシゴシと部屋を洗う。昔一度だけやった特殊清掃のバイト、アレは本当にキツかった。それに比べればこの部屋で惨殺されたのはカニとかイカとかその辺なので、俺からしたら「旨いタイミングで食したかったなぁ」という残念感くらいしかない。


 長野ちゃんも黙々と清掃している。そりゃ君がやったんだからね、頑張れ。……ピナーカが雑巾を装着して床を掃除している。ル◯バか。ルン◯なのか君は。


 フィオナと祭司は散らかっているものを片付けている。祭司にはさすがにちょっと申し訳ない気分である。だって、なぁ。人間に例えるなら殺人現場だぜ?そりゃ祭司とも対立している急進派連中かもしれないけどさ、惨殺はあかん。何より食べもしないのに殺すとかダメだろ。今後は俺が食べる。


 で、マギエムはというとゴミ出しである。まぁこいつはあまり役に立ちそうにもないから、せめて力仕事くらいはちょっとやってもらわないと割に合わん。


 2時間で2つの部屋を片付けられた。あとせめて台所くらいは片付けたいところである。


「あとは調理する場所だけど……水道が出ればなぁ」

「結構きれいな川の水が近くにはあるけどな。温泉には流れ込んでるが」

「汲みに行くの大変だよ」


 確かに。発展途上国で水道がないところでは、水汲みは女性や子供の重労働となっている。水道の存在は馬鹿にならない。


「後でマギエムにでも運ばせるか」

「祭司にもお願いしていい?」

『構わないが』


 んじゃ2人はまた水汲みに行ってもらうか。俺たち3人は台所の物色をはじめた。


 台所には使えそうな調味料なども残っていた。味噌や醤油はさすがに無かったが、塩や油、砂糖がある。表記は英語だ。


「うげ、これなんだろ」

「どれ貸してみ……ドレッシングか」

「読めないよー」


 長野ちゃんもっと英語勉強することだな。生物屋さんなら英語論文読むのは仕事の一環だぞ。……俺も得意じゃないから、学会とかで英語で聞かれて焦ったことがある。fishってなんの魚かと思うだろ?解析手法だと知ってればどうってことはない。まぁそんなわけで。


 机の上を掃除し、棚の中を漁るが残念ながら味噌と醤油はない。……オイスターソースあるじゃん、ラッキーだ。


 割とデカめのガスコンロの辺りを見ると、どうやらガスの配管は生きているようだ。お、洗剤あんのかよ、これ使うことにするか。洗剤を水で薄めてガスの配管に塗る。ガスの栓を捻ってみるが泡は出ない。よし。着火してみる。


「……これまでの苦労はなんだったんだろうな」


 捻ればガスがつくというのが当たり前でなくなって、何日がすぎだろうか。終焉の地の暮らしは俺の精神を割と削っていたようにも思えるし、そうでもないような気もする。元々結構削れてたからな、例のトラウマで。


「あ、ガス使えるんだ?プロパンかな」

「そうだと思う。助かるな」

「……なんなんですかこれ!?」


 長野ちゃんは嬉しそうだが、フィオナが怪訝な顔をする。あ、異世界人からしたらこんなの魔法か何かにすら思えるな。てかどうやって暮らしてたかよくわからないな、こっちの人間。最近は邪神倒すか喰うかしかしていなかったからな。もう少し対話もしないと。


「火起こしできる道具」

「どうなってるんだろ」

「燃える気体を少しずつ出すんだよ」

「捻るだけで火が付くんだ……」

「あ、フライパンもあった」


 寸胴鍋も発見する。鍋初号機を思い出し涙ぐむ。ありがとう鍋初号機。よろしくね鍋弐號機。


「では早速焼こうかな、バッタ」


 長野ちゃんの手で毟られて身だけになったバッタは、外見上は完全に甲殻類の身にしか見えない。そう、バッタは多くの国で喰われているのだ。某宗教でも、「虫の中でもバッタだけは喰っていいよ」って言われてたしな。宗教上の理由というのは、結構衛生面とかを無理やり教え込むタメにやっているのではないかと思う。


 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。くっ、こんな匂いごときに屈するものか!オイスターソースとオリーブオイルで炒めるのそれ!?絶対美味いだろ、という匂いが俺を襲う。すまない、邪神かいさんぶつたちよ、少し浮気させてもらう。


『水を汲んできたぞ。なんだこの匂い』

「普通にいい匂いだが」

「大きいバッタ」

「バッタ!?」


 祭司とマギエムが水を汲んできたようである。帰ってくるなりバッタが炒められていたのには少し衝撃を受けているようだが、この匂いはかなりいい匂いである。悔しいけれど。悔しいけれど。


 こっちもカニガラでアメリケーヌソースを作ることにした。よく洗った殻を適当な大きさにして、鍋で弱火でじっくり煮込む。本音いうなら、野菜の類とかあるといいなぁ。さっきのドレッシング、タマネギ系なのでこれも少し入れる。一気に邪神しょく生活のレベルが上がって怖い。


「この邪神アメリケーヌソースのスープどうかな」

「私は普通に美味しそうに思うな。長野でもエビもカニも食べるし」

「……沢の?」

「いや、それも食べたことはあるけど、かき揚げとかで」


 小麦粉もあったのか。割と色々あって助かる。パンまで作るのは難しいか。


「クレープみたいにすれば行けるな。……そういえば賞味期限大丈夫かなぁ」

「え、嘘。これ……結構最近じゃない」


 大丈夫そうなら食材は早めに使い切る方が良さそうだ。そういえば長野ちゃんが来た理由ってなんなんだろ。


「さて、とにかく喰えるもの喰ってみますか」


 5人で食卓を囲む。流れで祭司もいるけど……さすがに同族のはまずいから、昆虫だけ食べてもらうことにする。


「バッタなんてそんないうほどのもの……くそ腹立つくらいに美味いじゃねぇかこいつら」


 伊達に世界各地で喰われてるわけじゃないわけだ。ちなみにバッタ全般が美味いというわけでもないともきいたことがある。比較的美味い数種類以外はあまりオススメできないらしい。この辺は長野ちゃんのが詳しいと思うけど。


「ようこそ昆虫食の世界へ」

「……こうなったらこっちは長野ちゃんに色々と邪神かいさんぶつ喰わせることにしよう」

「マスターになにを喰わせるつもりだ、なにを」


 ピナーカは本当に主思いである。心配すんな、初心者コースから始めるから。


「まぁ最初からフジツボとかいうつもりはないから安心してほしい」

「最初っからクライマックスじゃない!やだぁ!!」

「フジツボ甲殻類だぞ!虫とレベル変わらねぇよ!」


 現地組2人と一柱の食欲がイマイチである。お前らも食ってくれ。


「そうだ、温泉の方もちょっと手入れすれば入れそうだぞ」

『私も手伝わされた。でも私は入るのは遠慮しておきたいが』

「祭司すまんな」


 色々とありがたいな祭司は。必要なモノがあったら、こちらからも提供したいと思う。……人間とか言われたらちょっと考えざるを得ないが。


「風呂に入るのか?」

「あぁ、どうした包丁」

「やや遠くに邪神がいるが、こっちには気づいていないようだな」

「そうか」


 なんだろうか、何かが起きるような気がしないでもない。


「じゃあ私たち入る時ピナーカも一緒で」

「それなら大丈夫か」


 不安は拭えないが、俺だって風呂にも入りたいんだよいい加減!どれだけ磯臭くなってるんだよ俺は。最早近づいたら邪神扱いされるレベルである。

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