第5話



 久しぶりの風呂である。残念イケメンの全裸は見飽きたが、それを差し引いても心地いい。汗と磯の臭いが染み付いた身体を洗い流す。石鹸などもあったのはありがたい。


 露天で外を見ながら風呂に入る。元々整備されていたのか?眺めもいいしこれは素晴らしい。


 そういえば、残念全裸に着せる服も見つけることができた。最も、見つけたシャツには何故か漢字で「大間港」と書いている。マグロか。そういえばマグロの邪神とか来ないもんだろうか。最も倒したら即食べないとヤバそうだが。


 風呂から出たら長野ちゃんとフィオナに即追い出された。そりゃまぁね、女の子だからね。ゆっくり入るといいよ。


 ソファに腰掛けひと段落していると、包丁が振動し始めた。何を震えてるんだお前は。


「おい、何やってんの?」

「おかしい。邪神が近づいているようなのだが……それもかなり近づいているはずなのに、姿が見えない」

「どういうことだ?」

「周囲の地上と少し離れた海には何もいないのだ」


 確かにこれは異常な事態だな。待てよ。


「飛べる邪神ってのはいるのか?」

「いる。しかし今のところ近くの空にも何もいない」


 ……だとすると、まさか……


「イスカリオテ!上じゃない!下だ!」

「バカな!下は地面だろうが!」


 勘の悪い包丁だな!ちげーよ!


「地面の下にあるのは土だけか!?」

「そんな、だとすると」

「そうだ!海水がこの地下に流れ込んでいる!ナトリウム泉だからもしかと思ったが……」


 地面の下から何かがせり上がってくるような気がする。大地が揺らぐ。まずい!


「長野ちゃん!そっちに何かが来るぞ!下からだ!」


 俺は叫ぶように注意喚起する。


「嘘!ちょっと、なにそれぇ!」


 長野ちゃんも叫び声を上げる。何かがせり上がって来たのか!?風呂の中からかよ畜生!


「どうした!早く逃げろ!」

「何これ!どんどん生えてくる!フィオナさん早く逃げて!」

「いや長野ちゃんも早く逃げろよ!」


 これヤバいんじゃないか?でも女性が風呂に入っているところに突入するのも同レベルでヤバいと思うんだが、どうしたらいい!?


「わかった!今から扉開けて走るから目をつぶってて!」

「おう!駆け抜けたら突入だな!」

「絶対つぶっててよ!」


 俺は目を瞑ったまま包丁を構える。フィオナと長野ちゃんだろうか、いい匂いが近づいてきた。腕の辺りに柔らかいのがなんか当たったぞおい。


「もういいか!突入するぞ!」

「あん……もう!行って!」


 長野ちゃんの一声とともに突入する。果たして、風呂場の浴槽に無数の何かが生えてきた。見たことがあるぞこいつは。


「ハオリムシだとぉ!何なんだよここの生態系は!」


 本来のハオリムシは海底火山の噴火口に棲息している。海底火山によって産み出された有機物を栄養として成長している。問題はだ。


「こいつは……ちょっと食いたくないぞ」


 ほとんど味がしない。旨味とか一切なし。味覚的には最悪レベルだ。何か硫黄臭いし。


「などと言いつつ、なに食っているお前は!」

「これまで喰ったら逃げ出してただろこいつら!クッソ不味いな!」


 包丁の野郎人の苦労をなんだと思ってやがる。せり上がってくるハオリムシ、正直なところ気持ち悪い。何より不味いのがムカつく。


「……だったら食わなければいいのでは?」

「ハオリムシの体液を注入した人間すらいるんだから喰うくらい問題あるまい!」

「そいつ本当に人間なんだろうな!?」


 包丁に人間扱いされない生物学者とは、邪神よりも性質が悪い存在かもしれない。


 ……茂みの中から何か出てきたぞ?人間じゃねぇか。しかし目の焦点が合ってないし、何より意味不明なことをつぶやき続けて気持ち悪い。


「おいお前、どこから来たんだ」


 問いかけに応えない。なんなんだよこいつ。


「信奉者……?」


 後ろから声のする方を見る。おい、服着てるのはいいけど長野ちゃんよ!きみ日本人だよね?ブラ着けてる暇ないとかそんなんかい、と突っ込みたくなったが我慢する。ポチってるピタTにジーンズとかどうなん?


「信奉者って前に言っていたヤツか」

「うん。邪神に精神を乗っ取られているか、自ら進んで邪神に取り入るかしてる人間」

「そういう意味だと俺も信奉者か」

「うーん、邪神に逆に色々してもらってる人はどうなんだろ」


 じわじわとこちらににじり寄ってきた。頼むから目の焦点を合わせてくれ、ゾンビじゃないんだから。武器を構えた俺らを警戒する知能はあるようなのか、襲いかかる気配はない。しかし距離だけはつめようとしている。


「人間を相手に立ち回りする気はないぞ」

「私も」

「長野ちゃん」


 俺は長野ちゃんに耳打ちする。


「え?ちょっとそれってムリがない?」

「いいから!早く!」


 長野ちゃんが入り口の方に走っていく。よし。こいつらに殴りかかってこられても困るし、女の子に怪我されてもイヤだしな。


「くるなら来いと言いたいが……ところで、包丁さんよ」

「下にはいないが……なんてことだ」

「どこにいる」

「ぐるぐる遠巻きに飛び回っているな。かなりの速さだ。見ろ」


 夕闇の空を背景に、一体のイカの邪神が空を舞っている。想像以上に速い!


「空の上の敵か!どうやって狙えばいいんだあんなの!」


 前回と同様か。問題は2つだ。信奉者と邪神はリンクしているかどうか、そしてリンクしていない場合かなりの速さの邪神をどう狙えるかだ。


「こっちを襲ってきてくれないかなぁ」

「向こうも攻めあぐねている気はするな。何しろ下手に近づくと我々が斬るわけだ」


 無論寄らば斬る。だが、包丁の長さは1メートルもない。多分凄く伸びる機能もない。


「包丁、剣ビームとか出ないのか?」

「私をなんだと思っているのか」

「聞いた俺が馬鹿だった」


 不意に、アメリケーヌソースの匂いがした。


「マギエムさん、こっちです」

「鍋を持ってきたぞ、どうするんだ?」


 長野ちゃんが鍋と残念イケメンを連れてきた。


「長野ちゃん、上、見えるか?」

「上?うそ……イカって、飛ぶの?」


 地球にも飛ぶイカは存在する。空はなにもトビウオだけのものではない。


「ピナーカ!あいつ狙える?」

「速すぎる……亜音速でしかも高速旋回している相手となると……」

「となるとあとはハイリスクな手しかないな」


 均衡が崩れたのはやはり鍋からだった。邪神からしたら惨殺死体煮込み鍋である。こちら的には旨そうなスープ以外の無いものでもないのに。わかりあえないのは辛いことだ。


 信奉者がスープに襲いかかる。そんなに食べたいのか。


「マギエムさん!」

「うむ」


 長野ちゃんの一声で、鍋を足元に置いたマギエムはおたまで信奉者にスープをグイッと飲ませる。


「ん?」


 口に広がる濃厚な邪神かにがらの味が信奉者の意識を一瞬戻す。


「祭司!」

『わかった!……これで、私は……』


 信奉者の脳髄に祭司がとりつく。情報のうみそを吸い取りつつ、空を飛んでるイカ野郎にも情報の一撃だ。


 ふらつく飛行イカに、長野ちゃんがピナーカを投げつける。速度では劣るが十分な牽制になってくれている。ほらほら地面に来やがれ!


 建物の壁際にイカが向かってくる。こちらも負けじと壁をよじ登り、向かってくるイカを包丁で斬りつける。


「浅いか!」

「いや、先端のヒレがキレたぞ!」


 果たしてイカ野郎、まっすぐ飛べなくなっている。ピナーカも追いついたようだ。ピナーカが再度一撃を叩き込む!こちらも浅いか。悶絶し身を捩りこちらに飛んでくる。


「だが!戻ってきたのがお前の運のツキってもんだ飛びイカ!」


 今度は深く入った。手ごたえを感じる。大きく斬れて蠢いているイカにとどめをさす。まずは先ほど斬ったヒレからいただきます。……悪くはないんだが、ちょっとアオリイカなどには劣るな。嫌いじゃないんだけど。


 飛びイカの類は沖縄などでよく食べられているそうだ。そういえばトビウオは空中に網を張る漁があるんだが、飛びイカには同じような漁はないんだろうか。


 身の方もおろしていこう。信奉者達は震えて座り込んだり倒れたりしている。そりゃそうか。信じて送り出してもらった邪神が食材になって食べられてるんだから。


「長野ちゃんもイカ食べなよ」

「美味しいのこれ」

「なかなか」

『信奉者の味はやはりイマイチだな』

「祭司、死なない程度で頼むぞ」

『わかっている』


 祭司にも連中が死なない程度に情報のうみそ食べて貰う。人間襲ってくるような連中だ、殺さないだけありがたいと思え。とどめに邪神かいさんぶつも喰わせてやる。奴らに人間の尊厳を思いおこして貰う。俺はもぐもぐと新鮮な飛びイカを頬張る長野ちゃん、ちゅうちゅうと信奉者を啜る祭司、黙々とスープを口にする他のメンバーを見ながら決意を新たにした。


「確かになかなかだね。でもこれならバッタのが美味しくない?」

「スープはまだお代わりあるかな」

「どうぞ」


 お代わりをしているマギエム。そうか。邪神かいさんぶつの良さが皆にもわかってもらえて来たようだ。あと長野ちゃんにはもっと旨いの喰わせてやりたい。


「……控えめに言わせてもらうが、地獄はここにあったのだな」


 久しぶりに言わせて貰おう。しっつれいな包丁だなお前は本当に。




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