第3話



 うー鍋鍋……鍋を求めて彷徨っている俺はごく一般的な男の子。強いて違うところをあげるとすれば海産物が大好物ってことかな。次の海産物…じゃない邪神はどこだろう。邪神が来る前に鍋を確保しないと美味しく食べられないではないか、邪神が。


「邪神を塩茹でとか何を考えているのか……」


 などとマグロ包丁は宣ってるが、どうせ食べるなら美味しく食べたいではないか。せっかくだから塩茹でにしたり焼いたり天ぷらにしたりしたい。まずい、想像すると腹が減った。次の獲物はどこだろう。


「そういえばここにはコメと醤油はあるのか?」

「コメ?醤油?なんだそれは」

「……期待できないな……」


 コメと醤油がないのは残念だな。邪神丼を作ろうと思ったのだが、コメも醤油もないのでは丼は作ろうにも作れない。


「食用の油くらいはあるのか?」

「さすがにそれはあるが……貴重品だからな」


 ……コメも醤油もないのはまぁ世界が違うのは仕方がないが、食用油脂すらまともにないのか?……想像以上の詰みっぷりに軽く引くしかない。


「そもそもそんな状況でどうやって生き延びてるんだ」

「だから滅びそうって言っているだろう」


 いかんな。この調子では俺が仮に邪神かいさんぶつを楽しみながら生きていけても、ヒトはみんな滅んでしまう。せっかくの邪神料理を振る舞えないではないか。


「最初の目的ができたな。この地の邪神を食い尽くし、終焉の地を完全に取り戻そう」

「途中何かおかしな表現があったのは気にしないことにするぞ」


 不意に、磯の香りが強くなってきた。また来たのか食材。


「いかん!逃げろ!絶対に勝てないヤツが来たぞ!」

「……ヤドカリか!イカよりは硬そうだな」


 言うが速いか俺はヤドカリに包丁を突き立てようとした。しかし包丁をヤドカリのハサミに挟まれてしまった。


「まずい!奴は武器を破壊する性質を持っている!」


 くっ、このままでは包丁が折られてしまう!折られてしまうとなると、これから邪神かいさんぶつを料理できないではないか!返しやがれ包丁!


 俺は包丁から手を離し、足元にあった石を握りしめ、奴のハサミを激しく殴りつけた!

 奴のハサミを叩き壊すことに成功した。包丁は何とか無事のようだ。


「てめぇのハサミはおしまいだ邪神かいさんぶつ!」

「危なかった…完全に破壊されるところだった…」


 しかしヤドカリ、包丁をしつこく狙って来た。狙いが分かっているということは、こっちの狙いは1つだ!


 カニのような外骨格の生物は、関節の構造がかなり制限されている。つまり、関節を逆に曲げてやれば……ミシミシと関節から音がする。折れちまえ!と、当然こうなる。全体重をかけて、ヤドカリのハサミの可動範囲の逆方向に曲げつつ投げ飛ばす!


 ヤドカリのハサミをもう一本もへし折ってやった。悶絶するヤドカリ。しかし、ヤドカリ、背後を向けてこちらに襲いかかって来やがる。イソギンチャクが背後に付いている。こいつは毒性があるイソギンチャクか?


 俺は素早く回避しつつ、ヤドカリの正面に回り込んだ。もし、ヤドカリが発声できるならこう言ったであろう。


「しまった」


 と。


 俺はヤドカリの頭部を石でそのまま叩き壊し、何度も石で殴りつけた。言うまでもなく、ヤドカリは悶絶しながら絶命。


 俺はヤドカリのハサミを石で壊して中の身を食べる。ヤドカリというのは、かつては天皇家にも献上されるような高級食材であったと言われている。しかしこのサイズのヤドカリは天皇家でも食べたことはないだろう。美味い。いい味だ。タラバガニに少し似ているか。甘みもある。


 絶命したヤドカリの胴体を引きずり出す。ヤドカリの身体をほじって味噌も食べる。クソ、早く鍋が欲しい。イソギンチャクも食えるというのに。


「なかなか食いでがあるなこのサイズだと」

「……もう何もいうまい……」


 包丁に心底愛想を尽かされたようだが、俺にとっては今のところ唯一の相棒である。


 しかしもし鍋か何かが入手できたら、相棒を変える必要も検討するべきなのかもしれない。

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