第8話



 タコ邪神をぶつ切りにして塩もみする。ちゃんとした塩があるのは助かる。タコにはぬめりがあるからなぬめりが。前に食ったイソギンチャクも塩もみできたら……。


 茹でるのも捨てがたいがさっき食ったのも茹でだからな……揚げよう。


「ちょっと待ってください、さっきのは冗談で言ってるですよね?」

「無論本気だ。食べる」


 小麦粉をまぶしながら塩胡椒を少々ふる。


「うえぇ……そこまでしないと強くなれないんですか?」

「別に強くなるならないは関係ないぞアレン。俺たちの国には弱肉強食という言葉があってな」

「弱肉強食」

「弱いものは倒され肉塊となり」

「肉塊」

「強いものはそれを喰らう」

「ひっ!」


 よし、オリーブオイルもいい感じになってきた。カラッと揚げよう。


「で、でもそこまでできないと強くなれないのですか?」

「いや別に」

「べ、別に……?」

「アレン、虎はなぜ強いと思う?」

「虎って何ですか?」

「しまった、こっちにトラって居なかったんだ……」

「何バカなこと言ってるの」


 長野ちゃんって俺より年下なんだけどな。年下のお姉さんとは。


「まぁとにかく、強くなりたいとしたら身体が資本ではあるな。つまりきちんと食って運動して寝ること」

「普通じゃないですか」

「その普通を徹底するのが大変なんだぞ」

「何だろう、正論のはずなのにお前が言うと違う意味に聞こえる」


 うるせぇよ包丁。栄養価が高いものを喰らってよく運動、よく睡眠こそが強くなるのは間違いないだろうが。


「ほら食べろ」

「でも、これ邪神じゃないですか」

「そうだ、邪神かいさんぶつかつ邪神しょくざい


 カラッと揚がったタコ邪神の唐揚げが美味い。自分で言うのも何だがこれは箸が止まらない。酒も飲みたくなる味だ。


「長野ちゃん、これから行くとこって酒ある?」

「なくはないけど貴重品だよ」

「麹作ってるなら酒もいけそうな気がするけど」

「その原料が貴重品だからね……」

祭司のうかに頑張ってもらおう」

「おい、色々おかしくはないか」


 全くこの世界の人間ってのは……長野ちゃんや祭司に出会わなかったらブチギレていたかもしれないな俺。アレンが恐る恐る邪神たこのから揚げに手を出す。……ほれみろいけるだろ。


「これ美味いですね!」

「だろ。ほらガンガン喰え」

「……なんということだ……純粋な少年がこんなことに」

「黙ってろ包丁」


 猛烈な勢いで邪神たこのから揚げが無くなる。たくさん作って良かった。さて、そろそろ出発しないと。


「長野ちゃん、目的地はどのへんだ?」

「もうちょっと行ったところだよ……見えてきた」


 切り立った崖、火山の辺縁である。おいおいどこから入ればいいんだよこれ。


「こっちこっち」


 促されるまま俺たちは火山活動でできた洞窟に入る。足元から水が出ている。


「靴は脱いだ方がいいよ」

「これ、入って大丈夫なのか?」

「人間には大丈夫だから」


 ……その言葉を信用するしかないな。しばらく水があるところを進んで行く。やがて水がなくなってきた。


「こんどは洞窟の中の崖か」

「ここを登るんだよ」

「どうやるんだよ……」


 登るところなんて一切ないじゃないか、切り立った崖だし。


「でもね、私にはピナーカがいるから!行って!」

「任せろ!」


 長野ちゃんがピナーカを上の方まで投げ上げると、ピナーカがロープを突き刺して戻ってきた。


「これでは邪神もなかなか入っては来れないわけだ」

「そうだね」


 マギエムやフィオナも呆れたように感心している。ロープはどうやら上の方で鉄柱に結び付けられているようだ。


 なるべく下を見ないようにロープを伝って登って行く。命綱もつけているから落ちたりはしなさそうではあるし、いざとなったらピナーカにも手伝ってもらうか。


「しかしピナーカは優秀だよな……どこかの包丁と違って」

「イスカリオテには私にはない感知機能があるからな。何を持って優秀とするかは考えかた次第だ」


 ……そうやって仲間のフォローできる君の性格が優秀なんだよ、どっかの包丁と違って。いいなぁ、包丁と交換したい。


「ピナーカは優しいからね」

「全くだ」

「……なんだろう、色々敗北した気がする」


 諦めろ包丁。人格の差はどうしようもない。やっとの事で崖を登りきる。そして、たどり着いたのは……


「人間の、街!?」

「カルデラの中に街を作っているのか!」


 驚きしかないなこれは。まるで阿蘇カルデラの中を思い起こす。農地や家、街……こんなところ、早く着きたかったよ。


「私のうちもこの街にあるから。そこで味噌とかを仕込んでるし」


 そうだ!味噌とかが手に入るのは非常に大きい。これでもっと色々と邪神かいさんぶつの調理に幅が出るというものだ。


「戻られましたか、勇者どの」

「……その言い方はやめてよ」


 誰だこいつ。どうやら街の人のようだが。


「それから、イスカリオテも帰ってきたよ……持ち主は変わっちゃったけど」

「なんと!本当ですか」

「久しぶりだな、メルトリウス」

「おお……よくお戻りに」


 何でおまえそんな偉そうなんだよ包丁。そしてあんた誰だよ。


「申し遅れました。私はメルトリウス。この街の顔役をしております」

「俺は磯野馨、いそのって呼んでくれ。しかし……凄いなここは」

「磯野さんたちは終焉の地から戻ってきたんだって」

「なんと!そ、そんなことが……」

「しかも磯野さんはかなり強いよ、邪神をたくさん倒してきてる」

「悔しいがそこだけは認めざるを得ないな」


 何言ってやがる包丁。他にないのか他に。


「こいつは邪神を倒して食べているんだけどそれでいいのかメルトリウス」

「……え?」


 メルトリウスの顔色が青くなる。そんな人をマンイーターみたいに見ないでくれ。全くこの世界はどうなってるというのか。世界によって常識は変わるから仕方ないが。

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