第7話



 早速ヒトデの内臓や卵巣を煮ているのだが、少年は相変わらずバケモノを見るような目でこっちをみている。


「思ったよりは悪くないな」

「そうね」

「でもバッタのが美味しいかな」


 マギエムやフィオナにもまずまず好評価でよかったが、くそ、絶対に長野ちゃんの口から「あひゃあぁぁおいしいぃい!」とか言わせてやる。もっと出て来いや、旨そうな邪神うみのさちども。


 少年の持っている槍は自作の粗末なもののようである。そんな槍で……いや、旨そうだからな連中。武器がないなら俺でも作るに違いない、銛を。


「あんたたち……いや、あなたがたにお願いがあります!」

「そうか。でもその前にとりあえずヒトデ食べる?」


 俺はヒトデの卵巣を器に入れて少年に勧めるのだが、露骨に嫌そうな顔をされる。


「君、なまえは?この辺のひと?」


 そう言いながら、長野ちゃんが少年が食べないと見るや器のヒトデ卵に匙をつっこむ。おいこら君は食べてるでしょうが。残りは俺が喰う。


「俺はアレン、アレン・クロウリーっていいます。頼みがあります」

「聞くだけは聞こう」


 ヒトデ卵巣はウニに比べるとあっさり目だな。少年よ、何を改まっていうのやら。


「俺に、邪神を殺させてください!!」

「えー、でも食べるだけしかやらないぞ俺は」

「食べる……だけ?」


 アレンがすごく微妙な顔をしている。


「イソノは邪神が大好物だからなぁ」

「というより主食よね」

「別れる前に祭司が他のものも食えって言っていたぞ」


 包丁によると祭司に健康の心配をされてしまったようだ。済まない祭司。


「主食……?はは……すげぇや……」

「まぁだから相手を殺すだけってのは頭にないから」


 酷く冷たい目で俺のことを見て来やがる少年。


「本当はその武器奪ってとにかく邪神をぶっ殺そうと思ってたんです」

「おいおい」

「聞いていいかな?」


 長野ちゃんなんだよ。あまり関係を持たない方がいいんじゃないか?


「そこまで邪神が憎いのって、やっぱり……」

「はい。父と母を目の前で喰われました」


 この世界の人間は邪神にとってはエサにすぎないのか。しかも邪神と相対したらまともな精神状態ではいられないという。それでは報復すらできないではないか。


「しかしお前は、よく邪神相手に攻撃できたな」

「なるべく姿を直視せずに、槍を突き立てたのです」


 包丁にも一目置かれたのか。その根性は良し、とすべきだな。よしわかった。そこまでの覚悟があるならばだ。


「アレンだったか」

「はい」

「ちょっと貸してやるよ包丁」

「本当ですか!?」

「おい!ちょっと待て!何を考えている!!」


 包丁がなんか叫んでいるが敢えて無視しよう。


「でもいいんですか?この剣は嫌がっているようですが」

「いやそういうわけでもないのだが」

「俺は別に自分で捌かなくても、誰かが捌いてくれれば別にいいんだよな」

「捌く、だと……」

「まぁな」

「少年、力を貸そう」

「ありがとうございます!!」

「ちょっと!二人とも!何ケンカしてるの!!」


 長野ちゃん、そんな目をしないでくれよ。正直なところこいつが悪い。


「喧嘩って程じゃない。単に冷却期間が必要な時もあるってだけだ」

「そうだな。こいつの顔も見飽きたからな。少年、いやアレン。よろしく頼む」

「はい!」

「さて、手始めに邪神を倒そうか」


 アレンと包丁は邪神を求めて移動を始めたようだ。俺もついていくか。


「ん?ついて行くの?」

「アレンが邪神倒したら邪神しょくざいにありつけるじゃないか」

「素直じゃないんだから」


 長野ちゃんは俺と包丁のことを勘違いしている。君とピナーカみたいに仲良くないんだよ。あいつは主人思いでもないし。


 突然、アレンが立ち止まる。急にたおれそうになる。しかしムリに堪えようとしている。まさか……前のアフィラムと同じか?


「おい!近くにいるぞ!早く突き止めないと!」

「うっ……」


 アレンが包丁を足元に突き立て……いや体調でも悪いのか?磯の匂いまでして来たが、近くに邪神は見つからない。どこだ?奇襲を食らうのは非常にまずい。


「ピナーカ?見つからないよ!」

「おかしい、どこにいるのかわからない」


 どこにいる?どこにいやがる邪神しょくざい?ふと、俺はアレンのそばに静かに近づく。


「アレン、大丈夫か?」

「なんだか、身体の力を持っていかれそうです……」

「一太刀浴びせたな。あとは俺と包丁の出番だ」

「えっ?でもまだ何も……」


 んじゃあ、そこにいるって教えてくれているようなものだろう、邪神よ。


「イスカリオテ!やるしかないぞ!」

「不本意ではあるが仕方ない!下だな!」

「おう!」


 俺はアレンを押しのけ、包丁をさらに押し込める。足元から触手がわいてきやがった!


「そうだな!そうこなくっちゃ!やはりお前だったかタコ野郎!」


 タコの類の擬態はカメレオンに勝るとも劣らない。色のみならず形まで岩などに似せることができるのだ。捕食のためにも、外敵から身を守るためにも擬態は行われる。


「タコなんてもんは人間に喰われる運命なんだよ!」


 全身に触手が絡もうとしてくるが、包丁でぶつ切りにしていく。あとで塩茹でにしてやろう。全ての足を切断し、ダルマになったタコ野郎に包丁でとどめを……


「アレン」

「……は、はい」

「とどめはお前がやれ!」


 アレンに包丁を渡し、とどめを刺させた。別にこれで何が変わるわけでもない。俺にとっても、アレンにとっても自己満足にすぎない。復讐は何も生まないとか利いた風な口をきく奴も多いが、スッキリしないと前に進めないこともあるんだ。


「さて、食おう」

「やっぱり、食べるんですか?」

「お前も一緒にな」

「えぇー」

「変なものを押し付けるな!食べたければ一人で食え!」


 心底嫌そうな顔をするアレンと包丁を、微笑みながら長野ちゃんが見ている。そんな兄弟仲直りして良かったね、的な姉のような優しい目で見ないでくれ。年下なのに。

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