第4話
イソギンチャクが、食いたい。九州の方では普通に食われているということだ。しかしさすがにイソギンチャクは生というわけにはいかないだろう。
塩茹でにするにしても燃料もない。磯臭いくせに近くに海水も塩もない。何なんだここは……どこまでも荒涼とした地面しか続いていない。何より奇妙なのは、植物という植物が一切存在しないことである。
「イスカリオテ」
「急にどうした改まって」
今の俺の生命線は食材としては邪神である。しかしこの世界の一切を理解していない以上、この包丁から情報を引き出すしかない。
「何故一切の植物が存在しない?」
「するわけがないだろう。ここは海底だぞ」
か、海底!?ならなんで空気がある?なんで陽の光が弱いとはいえ差している?俺が驚愕の表情を見せたことに満足したのか、包丁は鷹揚に語り始めた。
「度重なる地殻変動が邪神に相応しい世界を作り上げてしまった。もはや地上に人間が住めるところがあるとは思えない」
「だからと言って海底だと?こんなところでどうやって人間は生きているというんだ?」
「ここは言ってみれば泡のような場所だな。人間が逃げて来た結果ここに来たのか、それとも邪神が連れて来たのか……いずれにしろ邪神によって生かさぬよう殺さぬよう……必要な場合は生きたままシメられるし、苗床にもされるが、まぁとにかく必要な時まで生かされてはいる。何故だかはわからんが、僅かな食料や水が提供されているようでもある」
「つまりここは養人場ってことか、邪神の」
「そういうことになるな。もっともその養人場で一匹大暴れして邪神を食ってるヤツがいるが」
家畜が人間襲って食ってるようなものか。……昔そういう映画を観た記憶が戻ってきた。豚に人間を襲わせて食わせる。豚の飼い主は人を喰ったような精神科医だった気がする。俺はブタか。人間襲って食う方のだが。精神科医の方ではないな。ないと思いたい。
「当然奴らは俺を狙うだろうな」
「当たり前だ。飼い主を襲って食う家畜など存在が許されるわけがなかろう」
「だが、言わせてもらうがな。ここに来てからまだ食料や水とか一切貰ってないぞ」
「確かに餌すら提供しないんじゃ、襲われても仕方ない気もするが、お前がいきなり邪神を先に襲ったからでは?」
包丁もだんだんこちらに染まって来たようだ。いい傾向である。
「とにかく食べ物はどこに行ったら貰えるんだよ。水も。貰えないなら襲うぞ邪神」
「もう襲ってるだろうが。襲った上に食ってるだろうが」
「あとは人間だよ人間、どこにいるんだよ。人間みんな食い尽くしたのかよ俺以外」
「言われてみればどこにいるのやら……さすがにお前だけと過ごすのツラくなって来た」
包丁しか話し相手がいない俺もツラいんだが。
「包丁、お前人間を感知するとかできないの」
「邪神の感知ならできるんだがな」
「使えねぇ」
「業腹ではあるが否定できない」
だとしたらどうしたものか。邪神襲って食い尽くしても、正直なところ寂しいだけだ。待てよ。
「お前の邪神感知使って、邪神が群れてるところ行ってみたいんだが」
「おいバカを言うな。いくらお前でもあっという間に殺されるぞ」
「いや違う。別にまだ襲うわけじゃない。ヤツらが人間狩ってるところまで行くだけだ。ヤツらの方が人間を襲うというなら、ヤツらが群れてるところに人間がいる可能性は高い」
「なるほどな。確かにこうしていても仕方ないからな。行ってみるか」
まだというところにツッコミを入れられないことに、俺は一抹の寂しさを感じる。 黙々と進んでいくと、
「ん?」
見ると地面に水たまりができている。いや、水たまりではないな。のぞきこんでみると、これは……海につながっている。のりやワカメっぽいのもある。
海藻も栄養価が高いし、各種ビタミンも充分にとれそうだな。海藻をつまみとって食べてみる。美味いなここの海藻。結構いける。
「な、な、なにそんなもの食ってるんだお前!」
「海藻くらい食うだろ」
「……お前本当に人間なんだよな?邪神じゃないよな?」
相変わらずしっつれいな包丁だ。
周りにはカキが転がっている。食いたいのだが、いきなり生で食うわけにはいかない。新鮮で時期がいいなら大いに食べたいのだが。
カキ以外の食材はないのかと思っているのだが、食材は見つからない。転がっているのはカキと蠣殻、そしてゴミだけだ。ゴミの中にめぼしいものがないか調べてみたが……
「お、お、おおおお!」
「急にどうした」
「……つ、ついに見つけたぞ!やっと!やっとだ!!」
「なんだ、人間か!?」
「これだ!人類が生み出した至宝!」
俺は手に持った宝物を包丁に見せつけてやった。そう、鍋である。素晴らしいことに穴も空いていない!やっと、やっと見つけられたではないか!!こいつさえあれば、あの
「……それはいいんだが、鍋にどうやって火をかけるつもりだ?植物も火もないのに」
「植物ならみつけたぞ」
「嘘だろ!?」
「これだ」
海藻である。どうやらゴミと一緒に出て来たようである。
「なるほど。海藻とはいえ乾燥していれば可燃物になりうるな」
「そうだろ」
「それで、火はどうやって起こすつもりだ」
「それがな、都合よくこんなもんまで流れ着いていた」
「望遠鏡!?」
「ああ」
望遠鏡を解体して、凸レンズを取り出す。大きいレンズは割れていたので望遠鏡としては最早使えなくなっていたから、ためらいはない。海藻を集めて凸レンズで火をおこす。臭いは気にはしない。
「おい包丁、仕事だ」
「仕事って何だ」
俺は持って来ていたイソギンチャクの皮を包丁で剥く。向いた後で一口大に切ることにした。海藻や海水できれいにする。
「充分ぬめりをとれないからあまり美味くないかもしれないがな」
「……そんなぬめりのあるものを斬らせるな!錆びたらどうする!」
「後で拭いてやるから」
その間に石で叩いて剥がしたカキを火に直接かける。生牡蠣もいいものだが、カキを開けるのは道具がない以上大変である。
しばらく火にかけると、イソギンチャクからもカキからもいい匂いがして来た。いい感じにカキが殻を開く。
火傷しないようにしばらく冷ましてから、早速手づかみでカキを頂く。美味ぇこれ。こんなの多分食った記憶がない。……いやまて、ここまでではないが、食ったことはあるぞ岩ガキ。あれは確か臨海実習で……臨海実習?臨海実習ってなんだっけ。
もう少し
イソギンチャクの方はイマイチだった。おそらくぬめりが充分とれていなかつたからだ。鍋より直で焼いた方がマシだったか。しかしだ、焼ける、煮ることができる、というのは大きな進歩である。生では食えない
こうなると調味料が欲しくなる。凄まじく大量のカキがあるから、オイスターソースもどきを作るのもわるくなさそうだ。海藻もあるから出汁を取るのもいいだろう。
また邪神壁が広がり始めた。今度はフジツボとカメノテである。
「またか。早いな」
「フジツボか。しかもこれでかいやつだ!」
俺はフジツボを壊しカメノテをむしる。そして鍋にぶちこむ。
「ちょ!お!おい!いくらなんでもそ!それを食うのか!?」
多少のことでは動揺しなくなって来た包丁だが、まだ俺という人間が理解できていないようである。
「フジツボもカメノテも甲殻類、つまりカニやエビの同類だぞ。お前、カニやエビ食うたびに文句言うのか?」
「し、しかしだなぁ……外見が全然違うだろうが!」
カメノテとフジツボが煮立ったようだ。海藻の硬いのを箸やようじがわりにする。でかいカメノテは食いでがある。甲殻類のはずだが、比較的味は貝類を彷彿とさせる。しかしだ、口の中に広がる旨味は貝類のものとは一味違う。
フジツボの大きいものは、東北地方などでよく食われている。食べたことがない皆様には、甲殻類アレルギーがなければお試しすることをお勧めしたい。こちらも美味い。
また邪神壁が後退を始める。後退早すぎるだろ。もっととればよかった。
「ふーっ、さすがに満足したわー。なんか暗くなって来たしそろそろ寝るとするか。海底ってことは雨降らないだろうし」
「まぁ降らないな」
「んじゃ、邪神きたら起こしてくれ」
「わかった……どっちかって言うとお前が邪神な気がする」
しっつれいな。イラっと来たが今日は疲れた。とっとと寝るとする。
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