第17話



 祭司と名乗る邪神にオリーブ油を貰えるかどうかを交渉中である。とは言うものの、このままでは祭司にはオリーブ油を俺たちに渡すメリットが一切ないのも確かだ。


『渡すとして、私に何のメリットがあると?』

「提供できるものは、なくはない」

「何もないだろお前には」


 包丁はそんなことを言うが、こっちにあって邪神そっちに無いものが一つある。


「……情報はある」

『聞くだけは聞こう』


 話せる邪神だ、ありがたい。


「まずな、お前ら人間に何を食べさせている?」

『栄養価についてはかなり研究しているはずだが』

「それだよ。いくら栄養価高くても食欲起きないもの出してるんだよ」

『えぇー』


 そりゃまともにコミュニケーション取れないなら仕方もないか。頑張れ苦労邪神。


「次にだ、服とかどうしてる」

『服は体温調節に必要だということなんで用意はしているが……』

「どういう服がいいかとかわかってないだろ」

『確かに私たちは服とか着ないからな』


 これも仕方ない。裸族と着衣民族の文明の衝突だ。


「それでだ。寝床だよ寝床。硬いとこで寝るの辛いんだよ、あと寝るとき毛布とかいるんだよ、人間の体温寝る時下がるし」

『えぇー』

「人間の脆弱さ舐めんな!」

「誇ることかそれは?」


 包丁に比べれば脆弱なのは仕方ないだろ。人間は強い部分もあるけど脆弱なんだよ!特に体温調節機能はな!


「そもそも論として、祭司は人間をどうしたいんだ?絶滅ってわけではあるまい」

『人間のお前に言うのはどうかと思うのだが、人間の安定管理だ』

「身もふたもないこというなら、お前人間を飼いたいんだろ?」

「本当に身もふたもないな」


 事実は事実として認めろアフィラム。


「でも、あの調子だと私たちみんな死んでたわ」

『それについては……まぁ、私たちが同一集団でないということだ』

「まぁアレだ、祭司は邪神のなかじゃ人間にかなり甘い方だと思う。邪神連中には、人間食い尽くしたら次にどこかから持ってくりゃいいかとか思ってる奴いるだろ?」

『その通りだ』

「でも祭司は何故そうしない?」


 祭司は考えこむようにしている。やがて。


『理由は2つある。この調子だといずれ我々も資源を使い果たしてしまうこと。それに私は地球を狙うのは危険だと感じていることだ』

「地球が危険?でも人間が邪神と相対したら発狂するか意識を失うんだろ?」

『そうでない人間がいる、そしてそいつらと相対すると』


 祭司は少し震えているようである。


『そいつらの行動でこちらが発狂しそうになる』

「なんでだよ」

『昔、地球に向かった我々の眷属だが、ある地域で最悪の侮辱を食らった』

「最悪の侮辱?」

『1人の人間を苗床にしようとした我々の眷属を、別の、1人の人間が描写し始めた』

「描写」


 ……待て待て待て、その絵はどこかで見た記憶があるぞ。


『それに気がついた苗床にされそうになった人間は、眷属を食いちぎり、挙句その人間をぶん殴った』

「えぇー」

『泣く泣くその眷属は逃げ出したが、他にも似たような事件がその地域で多発し、死屍累々阿鼻叫喚の地獄絵図だった』


 あーやっぱりその地域か、うんうんよく知ってるし、その人間も多分知ってる。相手が悪かったな。神に会っては神を描き、鬼に会っては鬼を描きそうな、地球で最も芸術の神に近づいた絵師の1人だ。


『しかもその地域の悪影響が地球に広がってるらしい』

「その地域って、イソノのような人間だらけなの?」

『そうだ。場合によっては我々が危ない、そう私は思っている』

「人類にとっては福音だ」


 もうすっかり邪神に慣れたなお前ら。しかしアフィラム、お前の発言割と酷いな。最も俺がやったことはもっと酷いかもしれないけど。


「そこで、そんな危険を犯さず済む方法を探していると」

『そういうことだ』

「ふむ……そういえばだ祭司、お前らって人間の情報をエネルギーに転換してるって聞いたんだが、情報なら何でもいいのか?」

『何でもというわけではないが……人間の脳に収まっているような情報なら使える』


 だとするとだ、下手したら人間を食べる必要すらないんじゃないか邪神たち。やりようがあるかどうかは難しいが。


「コンピュータって分かるか?」

『流石にわからない』

「脳とは違う形で情報を作ったり集めたりできる機械だ。地球では近年では脳により近い処理を行うような技術も開発されつつある」

『!?』

「これに加えてブレイン・マシン・インターフェース、培養細胞によるバイオコンピュータ…これらは食料として使えないか?」

『…つまりお前は、人間の脳に似た情報組織を作れるといいたいのか?』

「今すぐは無理だが、できないことはないはずだ。さらにお前が手伝ってくれるならなおのことだ」

「何を言っているのか全然理解できない」


 そう言い放つアフィラムはこっちを邪神と同類のような目で見てくるし、フィオナに至ってははあくびをしている。お前ら、俺はかなり大事な話してるんだぞ。


『つまり、お前は我らと人類が共存できるといいたいのか』

「全然できるだろ。お前はいきなり襲ってこないし、対話もできる。お互いの常識はないが、それは伝え合えばどうにでもなるだろ。あとは食い物くらいのもんだ」

『そう単純ではないな。私と仲間たちはそれでも全然いい。だが……』

「人類を絶滅させたがってる連中か」

『そうだ。お前たちからしたら、彼等こそが邪神と呼ぶにふさわしい存在だろう』

「……うーむ。祭司、俺がこれから人類を滅亡させたがる邪神かいさんぶつの漁を続けても文句はないか?」

『文句がないといえば嘘になる。だが……』


 こいつはこいつで優しすぎる。俺の意見なんか一蹴して自分のしたいようにするのもいいし、敵対邪神連中を切るのもアリだと思うのだが。


『そもそもお前が、インテリジェンスインターフェースを持っているとしても、対抗するのは極めて不可能に近い』

「祭司、そこは不可能と言うべきだ。私はこのバカのせいで破壊されたくはない」

『……』

「ねぇ祭司。イソノさんに敵対勢力を倒して欲しいの?」


 フィオナさんぶっちゃけすぎだろそれは。いや実際そうなんだろうけど。


『それを肯定しては私は同族を滅ぼす怪物だ』

「お前、なんか俺に似てるな」

「お前に似てる奴なんてゴロゴロいたらこの世の終わりだ」

「ならこの世なんてとっくに終わってんだよ」


 包丁は相変わらず失礼だな。


「ところで祭司、この話、オリーブ油の価値はあったか?」

『ああ。持って行くといい』


 少し、祭司が笑った気がした。

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