第16話



 テッポウエビとハゼを返り討ちにした俺たちは、煮たり焼いたりしてテッポウエビとハゼに舌鼓を打つ。しかしだ。


「煮る、焼く……どちらも確かに旨い。でもだ、物足りなくなって来た」

「はぁ」


 はぁじゃねぇぞアフィラム。嫁にテッポウエビのスープ作ってもらっといて何を言ってるんだお前。これは重大な問題だぞ。


「はっきり言おう。飽きが来た」

「飽きるって……」

「生も煮るのも焼くのも物足りないんだよ!香辛料か油、特に油だよ油!!」

「前にも言ったが食用油は貴重品だぞ」

「でもだ、あるってことだよな?どうやって誰が入手したんだ?」

「……ある邪神がちょっと前にそこそこの量のオリーブ油を入手したという話だ。問題はだ、そいつは極度に精神にショックを受けていた」


 邪神の癖にメンタル豆腐かよ。何があったか知らないが。


「んで、そのオリーブ油どうなったの」

「食材保管庫にある。もっとも邪神の匂いがついているが」

「揚げたら旨そうな気がする」

「それだ。お前みたいなのがいたところからだ」

「まさかオリーブ油で揚げられそうにでもなったと?」

「そのまさかだ」


 包丁、さすがに冗談だよな?

 ……邪神の癖にオリーブ油で揚げられそうとか海産物かよ。あぁ、海産物だったな。しかし一体誰だそんなことした奴は。まさか……


「かなりの量のオリーブ油で揚げられそうになったようだな。死ぬ気で逃げ出したらしいが」

「……なんかそれやったヤツ知ってそうな気がする、直接の面識はないが」

「言うな」


 入手した経緯はともかくいいことを聞いた。あとは食料庫がどこかだ。とにかく死活問題である。


「アフィラムは食料庫の場所とか知らないのか?」

「残念ですが」

「まぁ邪神も人間に早々食料を渡したくはないだろう」

「必要な分だけってことか」

「かなりギリギリでしたよ……」

「それだ。奴ら人間の飼い方わかってないだろう」

「飼い方ってお前」


 2人と一本に邪神を見る目で見られている。でもだ、実際邪神連中は人間の飼い方を分かってないだろ。生かさぬよう殺さぬように飼うのが一番なんだよ、殺し尽くして後が続かないんじゃ元も子もない。人間だって再生産できるんだし。


「食料庫は地下なんだろうか」

「いや、普通に建物の中だったはずだ」

「ならとりあえず建物を探したいな」


 邪神が群れているところを包丁に教えてもらい、そちらを目指して進む。普通なら避けるだろうと言われそうだが、邪神しょくざいも食料保管庫もあるのなら積極的に襲撃しないと。


「警戒態勢はどんなもんだ」

「多分ないでしょうね」

「そんなバカな」

「……邪神襲うなんて人が、私たち以外にいると思う?」

「いないのか?」


 包丁とフィオナに深くため息をつかれた。


「なら思う存分襲撃するとするか」

「……最早どっちが悪だかわからない」

「人間にとっては俺たちは悪ではないだろう」

「そうかな」


 そりゃそうだろ、君らノリが悪すぎるぞ。


「おしゃべりはここまでだ。やっと見えて来たな」


 包丁に促されて建物の方を見てみる。特に旨そうな匂いはしない。磯の香りは少しする。


「ちなみにどう言うものを食べさせるんだ?」

「ビスケットというか、そういったものですね。栄養面は考慮しているとかいうんですが」

「温かいものはないのかスープとか」


 邪神連中は人間のことを軽く考えすぎてるだろ。そんなんじゃ食う前に死んじまうぞ食う前に。


「で、食料庫はどうやって襲撃します?」

「正面突破で行く」

「無茶だ!もう少し考えろ!」

「……なら……」


 ---


 邪神の姿を見かけたら、さっきまで喰っていた邪神の骨や殻を邪神近くに飛ばす。邪神がこちらの方に不審に思い調査に来る。寄って来る寄って来る、蜜に蜂が寄るように寄って来る!岩場に隠れて、急襲。包丁を刺す。


「uwnzd!?」


 果たして、邪神は悶絶しながら絶命。ちょっと味見しつつ、血抜きの為に吊るす。


「なんか、すごい光景ですね……」

「旨そうな光景だ」


 邪神の死体を廃材のロープで吊るす。どうせこれまで似たようなことを人間にして来たんだろこいつらは。慈悲?そいつは地球に落としてきた。慈悲が欲しいなら俺たちを地球に帰せ。


「これで警備の邪神を削って襲撃、という流れだ」

「まぁいきなり襲撃よりは全然いいが」

「そろそろ襲う?」

「そうだな。襲いどきだな」

「山賊かなんかですか我々は?」


 良心など必要ないだろうアフィラム。相手はこっちを人間扱いしないような連中だぞ。少しはフィオナを見習え。


「さて、そろそろ襲撃するとするか!」


 カタパルトで投石をしながら入り口を襲おうと思っていたのだが……やりすぎたのか邪神が一切いなくなっている。


 建物の中に入ると、色々と普通の食材を見つけることができた。木箱に入っている。割と整理されているな。几帳面だなここを管理している邪神。


「このぶんだとすぐに見つけられそうだなオリーブ油」

『オリーブ油なら奥だぞ』

「そうか、助かったぞアフィラム」

「え?私は何も言ってないんですが?」


 違う?どういうことだ?誰の声だ?


「フィオナにしては低い声だぞ?」

「私も何も言ってない!」

「包丁おまえか?」

「違う違う」


 じゃあ誰だよ。


『私だ』

「おまえだったのか」

『そうだ』

「で、おまえ誰だよ」

『私は……そうだな、祭司とでも呼んでもらおうか』


 建物の中から、巨体が音もなく出現する。急に包丁が振動をはじめる。


「どうした包丁、故障か?」

『おお、久しぶりに見つけられた。どこで見つけた?』

「に、逃げろ……今度ばかりは絶対に勝てないぞ!」


 包丁が震えている。タコのような頭、そして背中に羽根のような構造を持つ巨大な邪神が、静かに現れた。


「あれ?なんでこの邪神話せるんだ?」

『私に限らず話せる者はいると思うのだが、これまで話せる相手はいなかったのか?』

「いなかったぞ。不意に襲ってくるし」

『えぇー』


 なんだその反応。納得いかん。


「だいたいお前ら人間襲って食い尽くしてんじゃねぇよ」

『食い尽くす?そんなバカな』


 邪神の反応がおかしい。


「なんも言わずに襲ってこられるし、こいつは喰われてたし、この子は邪神の苗床」

『えぇー』

「そんな反応されても困るんだが」

『……あいつのせいか……?端末の動きがおかしいと思ったが……』

「あいつって誰だよ」

『それは言えぬ』


 邪神も一枚岩ではないということか。


「まぁもっともこっちも散々食い散らかしたからな邪神」

『……それもそれで悪夢だ……悪夢か……』

「こっちも色々悪夢だからお互い様だよ!」

「なんで邪神と普通に会話してるんですか!」


 アフィラムのいうこともわからないでもないが、対話できるなら対話した方が色々と状況が改善するだろうに。


「そういえば、祭司だっけ?この包丁と面識あるのか」

『このインテリジェンスインターフェースのことか』

「そんな名前だな」

『面識も何も私が造った』

「なるほどな。すごいなお前」


 つまり放蕩息子の包丁からしたら造物主おやってわけか。


「なんだってこんな危険物作ったんだ」

「存在自体が人間嵐のお前にだけは言われたくない」

『仲がいいんだな』


 邪神にバカにされてる気がするが、襲われるよりははるかにマシだ。


『しかしあちこちで端末を破壊していたのはお前だったのか』

「端末?」

『我々はお前達とは違う。鉱物で道具を作るのではなく基本的には生体組織を道具としている』

「なるほど、人間が作ってるロボットみたいなものか」

『ロボットというのがわからないが、多分合っている』

「それはそれで悪いことをしたな。とはいえそっちも人間を捕食するだろう。生存競争だ」


 祭司、だったかはこちらを見定めるようにしている。2人は黙ったままだ。恐怖してるのか?


『そういえば、お前は何故なんともないんだ?そこの2人も意識はあるようだが』

「なんともないも何も、なんとかあったり意識がなくなったらしたら色々とまずいだろう」

『普通人間が我々と相対すると、意識なくなったり正気無くしたりで色々困っている』


 あー……俺はだんだんこの祭司の立ち位置が理解できてきた。こいつは苦労人だ。邪神だから苦労邪神だ。


「邪神、いや祭司、一つだけおねがいがある」

『なんだ』

「揚げ物作るからオリーブ油くれ」

『……揚げ物』

「諦めてくれ、私は諦めた」


 邪神にまで呆れられるような生き方はしていないつもりだが、何故そういう顔をするんだ邪神。包丁に比べればマシだが、やはりこの世界には失礼な奴しかいない。

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