第4話



 精神を加速し終えて戻ってくると、長野ちゃんがアタマを抱えていた。棒で稽古つけてたんだろうけど、なんかコブできてるぞ。何やった師匠。


「イタタタ……」

「す、すまん。思ったより強かったんでつい本気になってしまった」

「ひどいよー師匠」

「ミユキ、大丈夫か?」


 なんだよ大人気ないな師匠。あれだな、片手だけで十分とか言って片手じゃ足りなかったパターンだ。


「おお、戻ったか」

「師匠、長野ちゃんを甘く見過ぎ。見た目に反して邪神とか何匹も仕留めてんだぞ」

「甘く見てたつもりはなかったんだがな……」


 どうやら師匠の腕に一撃加わっている。あ、確かにこりゃ本気にならざるを得ないわ。俺が最初に一撃加えたの修行後三ヶ月後だぞ。つまり戦闘力でいうと修行前の俺<今の長野ちゃんってことか。なにこの子やっぱこわい。


「私がいうのもなんだが、君らなんなの」

「なんなのと言われてもただの人間だよなぁ」

「うん」

「諦めろ※※※ー※、私は諦めた」

「まぁ私の悪夢だからな、それくらい不思議じゃないが」


 師匠も納得したようだな。さて……強くなったのか、と言われると全く実感がない。とはいうもののなんだろうか、不思議と全てが何故かうまく行く気がする。根拠のない自信が湧いている。


「正直勝てるかどうかわからんが、大淫婦とかどうにか出来るんじゃないかと根拠なく思えるな」

「それだ。大事なのは」

「そうなのか?」

「根拠がなくとも平常心であれば普段通りのことができる」

「確かに」

「心が乱れると自分の力は発揮できん。……もっとも普通の人間からすると、それ精神的におかしくなってるんだがな」

「えぇー」


 言われてみれば当たり前で、精神的に揺さぶられてる状況で忌避感なかったら茹でガエルになりかねない。


「まぁそのへんはあとでなんとかするから多分」

「邪神にならないって言ったじゃないぃ!ハリセンボン呑め!今呑め!!」


 落ち着け長野ちゃん。無理やり押し込んできたハリセンボン、ヤツの卵が口ん中入ってくるじゃないか。それ毒。


「ち!ちょっと待てぇ!毒殺する気かぁ!!!」

「……さすがにそこまでやられるとこうなるか。まぁ人間ならこの程度だろ」

「し、死ぬ。邪神に殺される前に長野ちゃんに毒殺される!」

「は、早く吐いてそれ!」


 そういうならやんなよ長野ちゃん!言われるまでもなく吐こうとしたのだが、足元に違和感が発生した。なんだよこのタイミングで!


「足元から来るぞ!よりによってあいつだ!大淫婦が!」


 しかし様子がおかしいぞ。何かがどんどん湧いてくる感覚を覚える。まるで周囲の無数の卵から何かが産まれてくるようだ。どんどん様々な邪神、連中の言う端末が展開される。発生と同時に斬り落としていくが、展開が若干早いな。どうやらここで本気で俺を潰す気か。


 足元から巨大な口が開いた。イカの嘴じゃないかこれ。あ、いかん忘れてた、吐かないと死ぬわ。ちょうどいいところにいいものがあるな。


「うえろえれえろ……ゲェ……オエ」

「汚い音を立てるな」


 仕方ないだろ吐かないと死ぬんだから。さすがの大淫婦にもインパクトがあったようだが、様子がおかしなことになってきた。


 大淫婦、触手をバタバタさせて大暴れしている。周囲の邪神、連中言う所の端末も制御を喪っている。触手で叩き潰そうとしてきたがこんなに遅いもんだろうか。何も考えずに斬り飛ばす。斬り飛ばした触手が吹っ飛んでいった。


『貴様!何を!何を呑ませたぁ!!』

「卵」

『卵ぉ!?な、なんの!?』


 普段余裕をぶっこいていた大淫婦イカ、顔面?蒼白になっている。


『口から卵を吐く人間とかいるわけがない!邪神にでもなったのか!?』

「いやいやいや、ないないない」

『だったら!な!ゔぉおおおお!!』


 うん、君のいうことは正論だよ大淫婦のねーちゃん。でもね、世の中には理解できないことってあるもんだよ。


「長野ちゃんにハリセンボンの卵呑まされて、まさかそいつが孵るとは……受精してないよなおかしいな」

『な!そんなむちゃくちゃな……く……情報展開によ……卵を孵して……貴様を無……の……うわ!うわあぁ!!』

「正直理解できんだろうな。安心しろ、私も理解してない」


 腹のなかからハリセンボンが無数に湧いてきた。どうやらヤツの能力で卵を孵して、多数の端末を作っていたらしい。(無精卵孵すということは遺伝情報追加でもしてるのか?)しかし、その能力によって内部から自滅しつつあるようだ。包丁が精神的にとどめを刺したせいか、大淫婦の断末魔が聞こえる。突然、師匠がやってきた。


「久しぶりだな」

『お……お前は……』

「今なら元の世界にだけは戻せる」

『な……に……』

「このままでは、全てを失うぞ」

『……』


 大淫婦、素直に頷いたようだ。師匠が何やら棒のようなものを持ち出す。そいつは……街にあった機械に似てるな。


「さぁ。帰るべきところを示そう」


 大淫婦が光となって消えてゆく。高次元に帰っていったのか。後には何やらゲソやらハリセンボンやら転がっている。腹が空っぽになったからなんか食べたいな。いずれにせよひとまずかたがついたようだ。


「長野ちゃん」

「な、なに?」

「まだ、多分人間やめてないから、もうハリセンボン呑ますのやめてね」

「……はい」

「本当にやめてないんだろうか」


 うるせぇな包丁!人間辞めるの辞めるって言ってるだろうが!このままじゃ命がいくつあっても足らんわリアルに!邪神でも死ぬわ!むしろ邪神になったら殺されるわ、長野ちゃんに。

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