第5話



 ゲソはやっぱり天ぷらが一番だと思う。残念ながら油がないので炙っている。炙りも悪くはないが。パチパチと弾ける大淫婦の足、味の方はどんなもんだろ。醤油かけて早速食ってみる。


「やっぱうめぇな新鮮だと!素材もいいし。もう喰えないのは残念だな」

「吐いたすぐ後でよく食えるな」


 相変わらずうるせぇな包丁。しかし邪神って割とタコイカ系多いな。いやさ好きだからいいけどな。


「んで師匠、この星ってひょっとして何かあるのか」

「ああ。この星に問題のガンの本体がある」

「星ごと吹っ飛ばすとかどうなんだ?」

「そんなパワーで干渉したら私の目が醒めるぞ」


 それはダメだな。宇宙が終わる。


邪神かいさんぶつ連中もそのガンの影響受けてるのかひょっとして」

「そういう見方もできるな」

「なるほどな。だとしたら連中も可哀想なもんだ。でも人類滅亡とか勘弁しろよ喰うぞ」

「もう食べてるでしょ?」


 長野ちゃんいつの間にイカとってんだよ。まぁデカイからどんどん食っていいけどよー。


「いかん、そういえば祭司たちも一緒に転移してたんだよな。包丁、祭司たちの居場所わかるか?」

「祭司だけ特定とかできないぞ」

「今のお前たちなら、力を合わせればできるはずだ」


 なんと。俺の包丁の腕が上がったってことなのか。


「だとしてどうやってやるんだ?」

「祭司をイメージしてみればどうだ?」

「イメージ……」


 目をつぶって包丁を構えてみる。包丁の振動が邪神の存在を感じさせる。磯の匂いが辺り一面からやってくる。強弱、様々な匂いと存在感が感じられる。


「……近くに司書ちゃんがいるぞ」

「わかるの?」

「感覚が共有できたのは大きいな。これで奴らが不意打ちしてこようが返り討ちにできる」


 包丁のいうとおり、俺たちがそれぞれ知覚していた邪神の存在感、それをお互いが共有したことで、どのくらいの数の邪神が、どういった強さで存在するかを半径数キロにわたって知覚できている。あ、これ師匠だ。


「……知覚できたか」

「はい」

「そこまでできるならあとはもう、最後のデカブツを見つけ出して仕留めることだ」


 もう一回意識を集中させる。……おる。ものすごく巨大な存在が、地下?深海?いずれにしても下の方にいやがる。


「深海にいるとなると困るな」

「そこは安心しろ。ヤツはこの星に根を張っている。その際に、地下に空洞を作っているようだ。行くだけならば地下を通れる」

「行くの?」

「あぁ、行ってくる。ピナーカ、長野ちゃんを頼むぞ」

「……任された」

「……帰ってきて。約束破ったら……!」


 ハリセンボンはイヤだハリセンボンはイヤだハリセンボンはイヤだ!絶対死ねないし邪神にもなりたくない。死ぬより苦しい思いすることになりそうだ。あ、大淫婦は結果的にそうなったな。


 包丁一本、さらしに巻いて……なんて歌ったら年齢詐称疑惑を持たれそうだ。結局、最初から最後まで、一番の相棒はこいつだったか。


「さて……この下だが、どう思う?」

「司書……だったな。またなんじゃないかと思っているんだが」

「またって、また襲われてるってことか?」

「うむ」

「やれやれだぜ」


 そして何度目だ司書ちゃん。この感触は覚えがある。半魚人のような生物が近くにうじゃうじゃいる。どうやらこいつらを人間の代わりにしたかったんだろうか?むしろできるんだろうかってのも気になるな。果たして司書ちゃん、人間のカッコのままなんかぐるぐる巻きにされてるぞ。何か叫んでるな。


『あー違いますよぉ!私は人間じゃないのにぃ!』

『何を言っている人間、先ずはお前を苗床にだな』

『私苗床にしても育ちませんよぉ〜!』

『だったら人間でないことを証明するためにその姿を戻せばいいだろ』

『ぐるぐる巻きにされてて戻れませんよぉ!』


 あっちゃぁ……つくづくこの子は襲われ体質だよな。仕方ない、助けに入るとするか。


「おい、包丁、話は少しはできそうだから通訳頼む」

「そうだな、さすがにこの数相手はムリがある」


 まずは話し合いからにしよう、そうでないとさすがにこれだけの数は食べ尽くせない。


「あー、そこの邪神はんぎょじん諸君」

『はんぎょじん?なんだお前は、人間か』

「一応人間をやっているものだ。そこの司書ちゃんとは知り合いだ」

『人間の知り合いということはやはり人間かこいつは!』

「まぁ待て待て落ち着け。その司書ちゃん本当に人間じゃないから」

『人間が人間を人間じゃないというとは……少し相談させろ』

「わかった。別にこっちも話がわかる相手をとって食う気はないからな」

『え、ちょっと、今なんて言った?』

「このバカのいうことはあまり気にするな」


 包丁にバカといわれたが、まぁいつものことなのでもう慣れてはきたな。


『本当に人間じゃないんですよぉ!』

『わかったわかった人間はみんなそういうからな』

「いや普通言わないと思うのだが」


 包丁のツッコミの切れ味も申し分ない気はするが、いかんせん相手が邪神はんぎょじんなのでイマイチ通じていない。


「ていうかさ、何で邪神きみらは人間をそんなに苗床にしたいんだよ。別に人間でなくてもいいんじゃねぇの?」

『と言っても苗床にふさわしいのが人間だと一般的にだな』

「そもそもそれはきちんと検証されてるんだろうか?他の生物との比較はやったか?そもそも生物でなくてもいいんじゃないか?」

『そこまで考えたことはなかったが』

「だいたいな、そこらにぶっ倒れてすぐ苗床にできる人間なら抵抗もないから楽だが、そんな人間ばかりじゃないぞ」

『え?嘘だろ?』

『そういえばそんな話も聞いたことがあるな』


 どうやら邪神はんぎょじんたちにも、死にたい邪神にオススメの国ニッポンの話題は伝わっているようである。


「嘘なら君らには幸せだが、残念だがこれは事実ではある。抵抗どころか邪神かいさんぶつを狙って食べる人間がいる国とかあるんだよ」

『なにそれこわい』

「むしろ美味そうとか言ってるのよく聞く」

『なにそれもこわい』


 よしよし、恐怖を覚えているあたり邪神連中にもまともな感情があるようである。


『なるほど……それにしてもだ。貴公、腕に覚えがあるとみえた。一つ私と勝負してみてはどうか』

「待て待て何故そうなる」

『貴公が勝ったら我を煮るなり焼くなり好きにするといい。我が勝ったら、その娘をいただきたい』


 何か武人のようなヒゲを生やした魚人が、そんなことを言ってくる。うむ、煮るなり焼くなりか……美味そうだな。


「煮るなり焼くなりか。いいだろう」

『ち、ちょっとイソノさん!』

「言葉通りに本当に煮るなり焼くなりさせてもらうぞ!」

「本気で喰うのかこいつも!」

「美味そうだろうコイみたいな顔しやがって!」


 瞬間、武人然としていた魚人の顔に恐怖が走ったのを俺は見逃さなかった。それはそうかもしれないな。さっきまで話していた相手こそが、食邪神鬼しょくじんきだったというのはさすがに背筋に冷たいものが走るのだろう。


『いざ尋常に!』

「いただきます!」

「待て色々おかしいぞ!」


 細かいことを気にするな包丁。目の前のそいつをどう捌くか、それが問題なんだから。しかし、喰うぞとは言ったもののこの武魚人、スキがない。襲いかかって食えばいいというものでもなさそうだ。


 槍を構えてこちらを見据える邪神ヤツにスキがない理由……そう、こいつは僅かにこちらの微細な反応を知覚してやがるのだ。そういう魚がいるのは知っている。電気魚、例えばデンキウナギなどが代表的ではあるが、微細な電流で獲物や敵を感知するのだ。


「包丁、電気って起こせるか」

「むちゃくちゃ言うな。ムリだ」

「言った俺が馬鹿だった」

『……さすがだ。武器を交わらせずとも気がついたとは』

「そのぶんだと、その武器で高圧電気流すんじゃねえのか?」

『全てお見通しか』


 なんてこったデンキウナギの類かよ。包丁と鍔迫り合いしたら途端に電流流れておしまいだろうが。電流……電流とな。こうなったら、一か八かの勝負しかないな。勝負は一発で決まる。


 包丁を下段に構える。ヤツの動きは……そうくるだろうよ、そうしたいだろうよ!下段についてきた槍を俺は全力でヤクザキックする。このタイミングしかない!


『グオオぉお!?な、何が起こったのだ!?』


 放電した瞬間にヤツの槍を靴裏で蹴り飛ばした。槍の先がヤツの身体に刺さり、腕から放電しようとした反動がヤツの全身に襲いかかる。


「自分の反動以外に放電まで食らって持つもんじゃねぇだろ」

『ふ、不覚……』


 放電する生物は、自らの身体から放電する際にその反動を全身に浴びることになる。デンキウナギなどはその電気的反動を、根性で耐えている。こいつも根性で耐えたとしても、自分の電撃まで食らっての倍返しはさすがに限度を超えていたようだ。


 邪神はんぎょじんたちが騒ぎ出した。確かにヤツは弱くはなかったぞ。しかしこの上どうすんだ?これ以上強いヤツとかいないだろうが。


『に、人間よ……我をよく倒した。我は満足ではある。しかし……』

「なんだよもう一戦やんのかよ」

『我が好敵手が貴様を狙っているようだ……』

「勘弁しろよどんなヤツだよ」


 武魚人が俺の背後を指差す。俺の背後から、巨大なデンキウナギが襲いかかってきた!

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