第3話

 


 ウツボを捌いて普通に焼いてみる。いい匂いがしてきた。調味料があるといいんだが。


「師匠、醤油とかある?」

「さすがに持ってきてない」

「あるよ」


 なんで醤油持ってんのん長野ちゃん。


「サンキュー。これで美味しく食べれられるな、ほい」

「ありがと。磯野さん……その修行、続けるの?」


 巨大ウツボを齧りながら長野ちゃんが不安そうに聞いてくる。


「やらないと勝てないと思うぞ」

「……でも、それやったら……人間、やめることにならない?いま……」

「それでも別に構わないけどな」

「ダメだよ!」


 そんな泣きそうな顔して言わないでくれ。決意が鈍るじゃないか。


「なんで磯野さんでないといけないの!他に誰かいないの!?」

「でも、それだとその人が同じことになるだけだぞ。それに、別に俺がどうなろうとそれは俺の責任だしな」

「お嬢さん……こいつの覚悟をどう思う?」

「どうって……」


 師匠が微笑みながら優しくこちらを見てくる。俺にとっては師匠が邪神だろうが宇宙人だろうが別に関係ないのだが、長野ちゃんにはそうはいかないだろうな。俺が邪神かいさんぶつと化してしまうんじゃないか、そう思っていそうだ。


 なったらタコ足ごとく自分で食べそう。タコが自分の足食べるのってストレスかららしいという説がある。人間で爪噛む人がいるのと一緒だ。あ、長野ちゃん爪噛んでる。爪の形悪くなるぞ。


「……なんで、それしなきゃいけないのって」

「……まぁそうだな」

「ん、じゃあ別に邪神と戦う必要ないとでも?」

「いずれにしろ仲良くなるのは今更無理ではないか?」


 包丁に言われるまでも無いけど、現実的には今更和解ってのもありえないわな。さりとて、問題のガンとやらを俺が始末する必要あるのか自体はちょっとわからん。


「それもそうか。さんざん邪神うみのさち襲って喰ってたんじゃなあ」

「なんにせよ、いずれかの形で人間と邪神われわれは決着をつけねばならないのだ」

「師匠はどっちの側なんだよ」

「難しいところだ。邪神に人間が食い尽くされるのは今となっては許せるものでは無いが、邪神が全滅なんてのもどうだろうかとは思う」


 俺だって似たようなもんだ。祭司や司書ちゃん、師匠もか、みたいな邪神だったら仲良くだってしたいが、核やら洗脳やらで人類滅ぼして半魚人だらけにする連中相手だと、喰い殺すぞくらいは言いたくなる。


「師匠の気持ちはわかるし、いつ世界が終わるかなんて不安抱えて生きるのも嫌だよなぁ」

「でもそんなの、生きていたら起きる問題でしょ?人間やめてまで解決しないとダメなの?」

「やめてどうにかできるなら安いもんだろ」

「それってやっぱりおかしいよ!おかしいよっ!!」


 人間やめることって死ぬことでも無いとは思うんだがな。俺はそれだとこう言うしか無い。


「ごめんな」


 何も言わずに泣かないでくれよ、長野ちゃん。女の子が泣くのって俺苦手なんだから。覚悟が揺らぐだろ。


「師匠、ちなみにこのままほっとくと、世界が終わるのはいつくらいなんだ?」

「そう長くは無いぞ。早くて三ヶ月、長くても一年は持たん」


 そらダメだな。仮に他にいないとして俺が人間やめても解決しなきゃ、長野ちゃん含めてみんないなくなる。朝日が差してきた。遠くの潮騒と、長野ちゃんが嗚咽するのしか聞こえない。


「確か師匠が俺にいろいろ教えていたのって一年くらい前だよな」

「そうだな。その頃だとなんとなく2年持たんと思っていたからな」

「どうする?続けるか?」

「ちょっとだけ待ってくれるか?」

「少しなら待とう」

「サンキュー師匠」

「ところで一つ聞くがお嬢さん」

「?」


 泣きはらしたままキョトンとした顔で、長野ちゃんが師匠をみる。


「こいつのどこが好きなんだ?」

「え?」

「ミユキ!彼には悪いが男の趣味が悪くないか!」


 おいコラ槍!おまえ包丁並みに問題発言してやがるぞ!やっぱこの世界に失礼でない奴はいなかったんだな!!


「えっと……なんだろ……そんなのこんな空気で言えないよ」

「そうだな。でだ、お前はどうなんだ?」

「師匠……それは関係ないだろ?」

「それでその子を避けてた部分あるだろ?」

「……わかってたか」

「やれやれ」


 邪神なのになんだって人間の感覚をそんなに分かってやがるんだよ、師匠。全部お見通しってのもあまりいい気分ではないな……。


「長野ちゃんには俺じゃダメなんじゃないかって思うんだよな、というより俺まだ引きずってるんだよな」

「……あの件?」

「そう。その件」

「そんなの」

「……お前なぁ……」


 師匠に呆れられるような言われ方をされる。長野ちゃんは私はそんなのしない!(キリッ!)という顔してるが、悪い、俺にはトラウマだったんだよなアレ。


「元凶となった邪神たこは仕留めたが、そもそもあいつ関係なしにそうなってた可能性も高かったみたいだ。でもな、それでも、俺は一番の大元に決着つけないといけないんだ」

「決着?」

「誰のためでもない。俺の心のために」

「そうか」

「だったら……約束して」


 小指を差し出す長野ちゃん。俺も小指を差し出した。小指を絡ませる。


「指切り?」

「うん。無事に帰ってきて。嘘ついたら拳骨1000発と……これ呑ませる」


 え……なんで?長野ちゃんが取り出した魚を見てビックリした。なんでハリセンボンがいるの?この海も地球と関係してたのか?ていうかどこからわいたそいつ?


「……そもそも無事でなかったらそいつ呑ませるの無理ではないか?」

「相変わらずお前は冷静なツッコミを……」


 このやり取りもすっかり慣れたな、包丁さんよ。なんにせよ決着つくまで付き合ってもらうしかない。そう言えばハリセンボンってフグの仲間だな。沖縄ではそれなりに食べられているし、身は少ないが結構美味いようだ。卵巣だけは毒があるが、他は問題なく喰える。


「食べるんじゃなくて、んだよ。邪神になっても呑ませる。死んでも呑ませる」

「わかったわかった生きて人間として帰ってくるから」


 死んでたらまだしも、邪神になっちまったてもハリセンボン呑まされるんじゃ、たまったもんじゃない。俺は人間をやめるのをやめるぞ!


「人間辞めることはないと安心して欲しいがな。どれ、お嬢さんにも稽古をつけてやろう。普通に」

「普通に」


 俺のは普通じゃないんだな。知ってたけど。


「ではお前は、また行ってこい!」


 トイレに行ったあとで、また精神を加速させることになるようだ……一日でどこまで強くなるんだろうか、ちと怖くなってきた。

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