第9話




 クリオネを茹でていると、長野ちゃんがすごい勢いで駆けつけてきた。


「磯野さん!何なのあの氷の塊!!」


 そりゃまあびっくりするわな。あんな氷山とも言えるような規模の氷塊が空から降ってきたんじゃ。


「私にもわからないが、今こいつが茹でてるこの邪神がやったようだ」

「茹でてる」

「竜巻で海水を吸い上げ、巨大な氷塊を作り上げ落下させてきたっぽいな」

「そんな……ありえないでしょ!」


 ありえないとか言われても実際に落下させてきたのは事実だし、氷塊はそこに転がっているのも確かだ。


「私も見ました。危うくたべられるところでしたが、勇者様が助けてくださいました」

「こいつを勇者などと呼ぶ必要ないぞ。単に邪神襲って喰ってるだけのヤツだからな」


 それはまぁそうだが、包丁に言われるのは若干ムカつくものがある。


「しかしこれまずいんじゃない?今は氷の塊のままだけど、そのうち溶けるでしょこれ」

「溶けるな」

「ここから邪神がワラワラ入ってくるんじゃないの?」

「つまり大漁旗を掲げて、全部捕獲しないといかんってことか」

「……さすがにムリじゃない?」


 長野ちゃんはドライだな。現実問題いくら俺が狩れたとしても、万単位は食べきれないだろうな。数の暴力の前に一人の人間が何かできるかと言われると、厳しいモノはある。


「待てよ……捕獲か……」

「どうしたの?」

「メルトリウスは何してるんだ?」

「住人の避難とか。とりあえず今のところは被害者出てないけど」

「そうか。ならメルトリウスに伝えないと。どうせならここを漁場にしようと思う」

「漁場?」


 長野ちゃんが怪訝な顔をしている。


「ここから攻め込むとしたら、当然奴らもそれなりの準備してくるだろうが、こっちは普通なら攻め込まれたら最後だよな」

「そうね」

「とするとだ、こちらは普通の準備だけじゃ足りない」

「何をするの?」


 多分、俺は悪い顔をしていたんだと思う。守衛の人、俺のことを邪神より恐ろしいものでも見る目で見ているよ。長野ちゃんですらちょっとだけ引いてる。


「喰うんだよ、邪神やつらをみんなで」

「喰う?」

「祭司に聞いた話を思い出してくれ。俺たちは邪神や海産物を喰ってきたことで、奴らに対する精神耐性ができている」

「そんなこと言ってたね」

「しかし俺たちはともかく、こっちの世界の人間は海産物を食べる習慣がない」

「私にもないんだけど」

「長野ちゃんも海藻も虫とかも食ってるし似たようなもんだろ」


 すっごい嫌そうな顔をしてるけど、君もこっちの世界からしたら俺と同類なの忘れてるだろ長野ちゃん。勇者というのは、ゲテモノ喰いの代名詞ではないと思いたい。


「とにかく、元々海産物とかを常食してきた俺と長野ちゃんは、対邪神包丁とか使えるわけだろ?するってえとだ」

「そんなので上手くいくと思えないけど」

「やらなきゃ0だし、効果がなくてもデメリットはあまりないんだよな」

「それはそうだけど」

「というわけでだ、開店しようか、邪神食堂」


 早速俺と長野ちゃん、それにアレンで邪神しょくざいと新兵器を調達しに街の外に向かうことにしようと思いたつ。まずはメルトリウスに邪神食堂開店の許可をもらいに行く。


「……というわけで、街をあけようと思うんだ。長野ちゃんも借りてくけど、街の守りは大丈夫か?」

「それについては大丈夫です。詳細は明かせませんが、街の守りの中心は火山ではありませんから」


 そうなのメルトリウス。まぁそれならひとまず安心ではある。とはいうものの何なんだよそれ。


「ちなみに喰いたい邪神とかいないか?いたなら狩ってくるけど」

「強いて食べるなら、なるべくなら肉に近いような方が食べ易いのではないかと」

「ヌタウナギかな」

「なんですかそれは」

「ヌルヌルして気持ち悪いが肉に似た感じだぞ」

「はぁ」


 気の無い返事をされてしまう。どちらかといえば喰う気があるだけましか。喰えばわかると思うんだが、邪神かいさんぶつの味というのも。


 再び外に行くと、ほとんど海と同レベルに磯の匂いがする。海水でも入ってきてないかこれ?


「いるぞ。数が多い。多すぎではないかと言いたくなるな」

「適当に捕獲してみんなで食べないとな。特にアレン、おまえもっと食え」

「……最近相当食べてますよね俺」

「私の料理美味しくない?」

「それは美味しいんですが……材料がアレなんですよね」


 長野ちゃんが悲しそうな目をする。きみ、それは演技だよね。そんなんじゃ童貞少年チェリーボーイくらいしかだませないぞ。まぁでも、アレンが戦力化したら多少は勝率が上がるからなぁ。小数点第3位くらいの数字だけど。


 磯の匂いがしてきた。こいつは……しかしちょっと前に嗅いだ匂いに非常に近い。


「またあのタイプの邪神か、数は4」


 包丁のいうとおり、巨大なサソリのようなヤツがこちらに向かってくる。いや、サソリではない。よく似ているが……


「ウミサソリだと!?こんなもんまで復活させやがって」

「美味しそう……」


 長野ちゃん、やっぱりザザ虫と同じカテゴリなんだね、ウミサソリは。そりゃ確かに外見は似てるよね。一種、アレンはおろかウミサソリたちが引いてる気がした。そら引くよ。俺もごく僅かだけど引いた。


「ナガノさん、これがなければ……」

「諦めろアレン、それも含めての長野ちゃんだろうが」

「そういうセリフは私のセリフだ」

「みんな酷くない!?」

「ミユキ、どうする?この距離なら十分狙えるぞ」


 ピナーカは相変わらず真面目で優しいな。おまえ槍でなかったらモテるよ。


「ひどいこと言うから磯野さんたちやってよ!」

「なんだそれは」

「お、俺もですか!」

「諦めろアレン、やるぞ」


 俺たち二人と一本はぶつくさ言いながらウミサソリに向かっていく。実際ちょっとひどいし、長野ちゃんの料理は俺よりはるかに美味いのであまり怒らせたくない。


「さてと、こいつらに挟まれたら腕とか持っていかれそうだな」

「まず根本的な問題として、外骨格は硬いかどうかだが」

「アレン、出番だ」

「人使いが荒いなぁ……」


 ぶつぶつ言いつつも、ウミサソリのハサミより少し小さいくらいの石を二つ握って、威嚇しているウミサソリのハサミに石を噛ませるのはアレンの仕事になった。うまいもんじゃないか。


「やるなぁ」

「我々も負けてられないぞ」


 困惑するウミサソリの胴体側から包丁を突き立てる。ウミサソリの血も青なのか。原生種の中ではカブトガニに近縁な種であるとされているからな、ウミサソリは。……味の方はどうだろうな。カブトガニより美味いといいけど。


 続けざまにハサミに石を噛ませ、さらに胴体側から包丁でウミサソリを捌く。ほとんど作業となっている。


「ちょっと後ろ!」


 長野ちゃんの声でビクッとする。アレンの背後にウミサソリが寄ってきたではないか。油断しすぎだ。


「全くもう!ピナーカっ!お願い!!」

「任された!」


 ほとんど音速に近い速さで槍がウミサソリの胴体側を貫く。大きな穴が開いている。


「あーあ……もったいない。アレンくん!油断しすぎよ!」

「すいません!」


 そうはいうけど長野ちゃんがへそ曲げるからじゃないの、とは心の中では思うけど口にはしない。大きなウミサソリを街から持ってきたロープにつなぎ、街の住人に回収を任せる。長野ちゃんとはひとまずお別れで、今度はアレンの武器だな。



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