第8話
山道を進む。そこはかとなく磯の香りが漂っている。どこから来るのかはわからないが、
「嫌な感じだな」
「全くだ」
俺たちは、周囲を警戒しながら街を目指す。この道は何度か通っているので、道そのものは見覚えがあるのだが何かが違う気がする。今日は若干蒸し暑く感じる。空には入道雲が出ている。一雨来るのか?
足元に、赤い液体が流れている。まさか……人間が邪神に喰い殺された死体でも転がっているのか?思わず匂いを嗅ぐが、血の匂いはしない。むしろ磯の匂いだ。
「そういえばだ。この道になーんか違和感を感じているんだよな」
「何が違うというのだ?」
「道にだな、岩が転がっている」
「落石でもあったんじゃないか?」
「この辺の岩と色が全然違うんだよな」
落石とおぼしき岩を指差す。周囲の岩より明らかに色が濃い。しかもそのような岩は周囲に存在しない。
「この岩、斬らせてもらうぞ」
「待て!岩斬って刃こぼれとか嫌だぞ!」
「んじゃ突き刺そう」
おもむろに包丁を岩に突き刺す。血のような液体が噴き出したが、磯臭い。
「お、おいバカやめ……柔らかいな」
「邪神壁だったようだな」
「邪神壁だと?」
久しぶりにみたな。種類の違う生き物からなる邪神壁は何度か喰ってみたが、いずれも美味かった。こいつも美味いんじゃないか?
「思い出した。南米の、確かチリの方だったか?そこにこういうホヤの類がいたな」
「ホヤか。お前が最初に喰ってた邪神壁だな」
「ああ。あの仲間だ」
早速茹でることにしよう。包丁を包丁として使い、血のような色の液体を流すホヤをバラす。バラした上で鍋二号に投入。たきぎを集めてグツグツ煮る。いつの間にか岩が減ってやがる。逃げ足の速い岩だ。
「このぶんだとこの辺りも、邪神の侵攻がはじまるのは時間の問題だな」
「だとすると狙いはやはり、街の人間か?」
「おそらくな」
茹で上がった赤い色のホヤは、独特の風味だが、磯の風味を濃縮したような、俺好みの味である。ホヤより濃いめの味だ。
「さて、そろそろ行こうか」
「雲行きが怪しくなってきたな」
包丁のいうとおり、空模様が極めて怪しくなってきた。スーパーセル。超大型の積乱雲ができつつある。
「なぁ、気になってきたんだが、上の方から妙に磯臭い匂いがしなくないか?」
「バカな、と言いたいところだが、たしかに気配がする」
「しかもだ、さらに変なことに積乱雲が集まってきてないか?」
こんなおかしな空は初めてみた。まるで積乱雲がいくつも集まって……
「こいつは、絶対何かおかしいだろ?」
「急ごう」
急いで街の中に戻ってくる。街の守衛をとっ捕まえる。
「大きな雹か竜巻が来るぞ!急いで住人を避難させろ!」
「すでに住人は建物内です!」
「できたら地下に避難させろ!」
「地下とかないですよ!」
まずいな。複数の竜巻が渦巻いてている。このままでは人間が持って行かれかねな……
「気象兵器……!?」
「急に何を言ってるんだお前は」
「こんな天気ありえないだろ!空を見ろ!竜巻が渦巻いて複数合わさりつつあるんだぞ!」
「だとして何が目的だと?」
たしかに、これが連中の仕業として、目的がわからないのは気味が悪いな。しかし連中の中には飛べる奴すらいる。
「上から侵攻してくるつもりか?」
「……邪神が飛んできて、侵攻してくるというのですか?火山を飛び越えて」
守衛の人の問いかけに俺は無言で頷く。もう一人の守衛を残し、守衛は急いでメルトリウスのところに向かったようだ。
「少なくとも何らかの攻撃はしてくるぞ。巨大なダイオウグソクムシくんを操ってこの街襲おうとしてたからな」
「ナガノ様にお聞きしました」
「しかし……邪神が上にいるのは感じる。だが、一体だけだぞ」
まさか一体でこの街を落とすと?馬鹿野郎舐めんな、とって喰うぞ。合わさっていた竜巻がだんだんと消えてゆく。そして……
「何だあれは」
「ひ、氷山だと!?」
積乱雲の中から落雷とともに天空に氷山が出現し……ゆっくりと、火山の街に落下し始めた!!カルデラの外周に氷山が突き刺さる!
一瞬、何が起こったか全く理解できなかった。
俺も、包丁も、守衛も、カルデラの外周が轟音を立てつつ崩壊するのを呆然と見ているしかなかった。こんなことができるのか?こんな相手に対して何をどうすればいいというのか?
磯の匂いで我に帰った。たとえどれだけ力の差があろうと、やるべきことは一つだ。
「何かが飛んでくるぞ!」
「クリオネか!しかしこいつもでかいな!」
氷の妖精と言われるクリオネだが、貝の仲間である。貝のくせに貝を捨てたと考えると、ナメクジとそんなには変わらない。しかしだ。見た目はともかく草食のナメクジと違ってだ。
「守衛の人おおおお!」
恐怖で身がすくんでいる守衛の人を俺は突き飛ばした。クリオネが大きく口を開いて吞み込もうとしたのだ!そう、こいつは外見はともかく危険な肉食動物である。地球のは小さいからどうってことはないが、このサイズだと危険以外の何物でもない。
「しかしだ」
飲み込まれそうになると同時に包丁で口を斬り裂く。ヤツも俺を喰おうとする気もなかっただろうけどな。
悶絶し、地面を転がるクリオネ。俺はそいつを冷たい目で見ながら足蹴にしたあと斬撃を浴びせ続ける。こいつがやったかどうかは知らないが、氷山落としするようなヤツの仲間は無視できない。
「そういえばクリオネは貝の仲間なんだよな」
最初の一口は刺身だ。貝だというが、たしかにベースは貝ではあるが微妙にタコイカ系の味を感じる。内臓は苦いな。いくら何でも苦すぎる。
「邪神を……喰ってる……」
守衛の人にバケモノを見るような目で見られた。美味いんだぞ。
「まぁそういうなって。アレルギーあるとまずいから茹でたのあげよう」
「どうしてお前は邪神食を流行らせようとしてるのか」
美味いものは共有したいだろうが。味音痴の包丁には理解できないのか。やれやれ。
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