第20話



 祭司の話からすると、人類など歯牙にもかけないレベルの存在が異次元にいるということになる。さらにそいつのせいで地球がマズいということか。しかし、疑問がなくもない。


「祭司」

『どうかしたか?』

「俺はそいつらと相対してきたわけだが、いってしまうとなんだがそこまで強大な存在だと思えない」

「あなたがおかしいだけなんですよ。むしろあなた人間なんですか!」

「全くだ。ありとあらゆる邪神喰い殺してきたバケモノだと言えるしな」

「お前らなぁ!」


 相変わらず失礼な2人だ。包丁とアフィラムに最初に会ったせいで、この世界には失礼な奴しか居ないんじゃないかと誤解してしまったものだ。実際には失礼な奴は存外少なかったが。


『我々が利用しているのは海棲生物を基にした端末だ。理由は不明だが、海棲生物を常食しているような人間達に、我々自身や端末の精神干渉が効果が現れにくいことがわかった』

「つまりこいつのような、海産物が主食みたいな人間にとっては、邪神は脅威どころかただの海産物ということになるのか」


 海の男達とか、どこかの島を開拓する男達とかにも多分ただの海産物なんだろうな。邪神が哀れになってくる。


『海産物……』

「あ、いや祭司とか司書ちゃんは別だし、二人の仲間も食べたりしないから!」

『本当ですか?』


 いまいち信用がない。仕方ないといえば仕方がないのだろうか。君たち俺のことを某人肉食系精神科医だと思ってないか?


「磯野さんみたいな他の県の人たちって、大体精神干渉受けないってこと?」

『どのくらい海棲生物を捕食してきたかにもよるが、概ねそうだと思う。イソノ、どのくらいの頻度で食べているんだ?』

「毎日といってもいいくらいだな」

『身体の構成要素、私たちとほとんど変わらないんじゃないですかあなたたち』


 まぁ魚やら貝やらその他海産物食べ続けてるわけだから、身体は海産物でできている。


「私じゃ精神干渉受けそう」

『全然受けてないぞナガノも』

『多分海棲生物じゃなくて、黄色の王の配下とか食べてたのが原因では?』

「あの巨大昆虫か」

「大きさはともかく、イナゴだし普通に食べるでしょ」

『いあいあいあ、食べませんよ普通はぁ!』


 司書ちゃん、長野ちゃんはそういうちょっとかわいそうな子なんだ。すまん、諦めてくれ。


「おい……おい……なんだこいつは!?」


 突然急に震えながら変なことを言い出す包丁。……なんだこの匂いは?磯の香りというには生臭い匂いがする。


「包丁!これは何が近づいているんだ!?」

「わからんが突然巨大な気配が出現した!」


 あの変態エロエイと同じか!次元跳躍ができるのなら、空間転移もありうるってことか?


「どこにいる!?」

「外だ。火山の方を目指しているぞ!」

「火山!?まずい!磯野さん!」

「わかった!」


 俺と長野ちゃんは邪神のいる方を目指した。果たして、ヤツがどこにいるかは建物を出た瞬間に分かった。


「なにこの巨大な王◯みたいなヤツ!色は緑じゃないけど!!」

「長野ちゃん、こいつは多分ダイオウグソクムシだ。しかしでけぇな!!」


 果たしてそこには大きな、いや大きなというレベルを超えた巨大なダイオウグソクムシが這いずっていた。


 数十メートルはあろうかという超大型ダイオウグソクムシ……もはやダイオウを通り越してコウテイグソクムシとかキングカイザーグソクムシとか呼ばれかねない気がする。


 超大型ダイオウグソクムシ、一生懸命火山の方を目指して進んでいる。……もうちょい火山の近くに転移させてやるべきじゃなかったのか?果たして、低速のグソクムシに俺たちは追いついてしまった。


「磯野さん、やっぱりあいつの狙いは人間とかじゃないの?」

「そうかもな。まずとにかくヤツを止めないと……」


 近寄ってみると、何やら様子がおかしい。どうもフラフラ運転をしているような感じである。まるで酒気帯び運転だ。


「おいこら!そこのダイオウグソクムシ!止まりなさい!」

「磯野さん、それ言ってもわかんないよ!」

「私が翻訳しているから理解できる可能性はある!」


 翻訳は任せたぞ包丁!しかしダイオウグソクムシ、わずかに速度を落としたかと思ったら再び加速を開始する。


「聞いているのか!ダイオウグソクムシ!止まりなさい!!」

『……タシ……ケ……テ……』

「お!おい!包丁、今こいつ!助けを求めてたぞ!」


 まさかと思うが、ダイオウグソクムシ、洗脳か操作かされているのか?


「……見つけたぞ!タイノエの時と同様だ!」

「ナイスだ包丁!どこにいるか教えろ!」

「頭のすぐ後ろだ。しかも……こいつは、またお前か!」


 ダイオウグソクムシに飛びつき、駆け上がりながら脳を目指す。……イヤがった。よりによって因縁のあいつが。終焉の地を崩壊させた、あの怪物が。外骨格の間から透けて見える。


「化け物め。確かに喰ったと思ったんだが、トドメはさせなかったか!」

『マタ……マタオマエガアァアアアァァァッ!!!』

「そいつはコッチの台詞だ、『大淫婦の娘』!」


 それだけの巨体を操作しつつ、こっちをどうこうできると言うならやってみろ。もっとも、そんな隙は与えんがな。


 外骨格の隙間に包丁を突き刺す。触手が俺の延髄を狙う。触手でこちらを操作しようとしているのか?見もせず一閃する。


「隙は与えんと言ったはずだ!今度こそ喰い殺してやる!」


 ……だが、トドメを刺そうとした瞬間、ヤツの姿が溶けるように無くなっていく。


『どうやら端末のようだな。本体はここにはいない』


 追いついてきた祭司が、残骸を見ながら言う。単なるコウイカの刺身か。前も食ったが、今度は醤油があるからもう少し美味くは食えそうだ。しかし……逃したか。


『……あ、あの?たすけて……くれたんですか?』


 まだ意識が朦朧としている超大型ダイオウグソクムシくん。でもどうやらこちらと話し合いができるようだ。


「悪いが助けるつもりはなかった。しかし敵対しないんなら別に攻撃もしない」

「相変わらず素直じゃないんだから」


 そうはいうがよ長野ちゃん。事実は事実だ。


『それでもありがとうございます。危うく火山にツッコむところでした』

「いいって、気にすんな」

「それにしても……あなた、どこから来たの?」

『さぁ……気がついたらイカみたいなのに操られてました。ここはどこですか?』


 やっぱり操作されてたか。もはや連中、なりふり構わず同朋にまで手を出しやがってきたな。


「ここは火山島よ。海に、帰れる?」

『大丈夫です。ありがとうございました』


 超大型ダイオウグソクムシくん、海を目指して帰り始めた。


「ちょっとその前に1つだけ聞いていいか?」

『何でしょうか?』

「操られる前に、地震とかに遭わなかったか?」

『そういえば、泡みたいなところで大きな地震があって……それでびっくりしてたらイカの死骸とかが流れて来たんです。美味そうだなと思って食べてたら……』


 俺はなんとなく、ダイオウグソクムシくんの第一脚と握手した。


『どうしました?』

「いや、イカの美味しさを分かり合える仲間に会えてよかった」

『はぁ』

「お前にはそれしかないのか!それしか!!」


 お前こそそれしかツッコみはないのかと問いたい。問い詰めたい。


「なんなら海水風呂もあるから水浴びてく?あと怪我は大丈夫か?」

『いえ、お気になさらず……』

「全く何を言ってるんだお前は」


 ダイオウグソクムシくんの方が、お前よりよっぽど礼儀ができてるじゃねぇか包丁。それにしても奴等、本気で人類を潰しに来やがったな(物理的に)。


 ならこちらも捕食してやるしかない。一匹残らず、喰い尽くさねば。

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