第19話



 仕留めたエイを祭司に見せながら、風呂場の事件について説明をしていたのだが、祭司におかしなことを言われる。


『そんなバカな。海水を引くところだがこいつが通れる程広くはないぞ、フタもある』

「でも実際司書ちゃん、風呂場の中で襲われたんだぞ」

「そうだな。空の上から来たわけでもなかったから私も感知できなかった」


 包丁のいうとおり、いきなり現れたとしか思えない。祭司はしばらく考えているようだ。どこから奴は来たのか。


「それで。お風呂で何してたの?」


 長野ちゃんがこちらを冷たい目で見ながら、司書ちゃんを指差しつつ責め立ててくる。


『お風呂ってどんな感じなんだろうなぁ、って思って、入ってみたんですよー』

「でもそれ、男の人と入らなくても良くない!?」

『一緒に入っちゃまずいんですか?』

「まずいよ女の子が男と風呂入っちゃ!何かの間違い起きたらどうするの!」

「いやイカだし間違い起きないだろ」

『そうですよー』

「いやいやいやでも擬態して混浴はダメだよ!!」


 まぁダメだよなぁってのも、なんとなくは思わなくもない。裸の男女が一緒に風呂入るっていうのはどうなんだ。そりゃ江戸時代とか普通だったし、今でもできるとこはなくはないが。司書ちゃん(今はイカ状態)と長野ちゃんのにらみ合いちょっと怖い。


「よしわかった、君らどっちもちょっと飲め。メルトリウスからかっぱらった酒がある」

「そうやって誤魔化そうとしてない?」

『そうですよ!祭司に酒飲ませたんでしょう!ダメですよ!』


 なんなの君ら、さっきまでにらみ合いしてたんじゃないの?


「つまみもあるから。司書ちゃんたちには邪神フリーのつまみ作ろう」

「しれっとエイを捌かないでよね。それが今日のつまみ?」

「エイもサメと同じ仲間だし普通に食えるから」


 コラーゲン豊富なのはフカヒレ同様である。エイに関しては全国的に食べられており、干物などにもすることはよく知られているだろう。ちょっと臭みがあるから臭み消しは必須だが。


「長野ちゃん、野菜とか持って来てくれたんだろ」

「ピナーカにも手伝ってもらったんだけどね」


 本当に働き者だなピナーカ。厨二病以外ほぼ全て羨ましい。包丁と交換したい。


『悪いですよ、いただいていいんですか?』

「いいけど食べるの?」

『我々も情報以外に、肉体構成のために有機物の摂取も必要だからな』

「それなら何よりだ」

「お酒の肴に漬物持って来た」


 なんなの長野ちゃんの才能。くそっ、ジェラシーを感じる。


「不満があるなら教えてもらうなりなんなりしろ」

「うるさいよ包丁」


 相変わらず失礼な包丁だなまったく。得意不得意はあるだろうが。


 エイを煮付けたりしながら酒を飲んでいるうちに、祭司が昔話を始めた。


『そもそも、この世界が今の形になったのは大きすぎる力を得た人間が原因なのだ』


 どういうことだ?この世界の人間は邪神からしたらハムスターに食べられるひまわりの種くらいの扱いだというのに。


『かつてこの地に降り立った人間達には、強大な力があったようだ。その力の源泉は情報そのものでエネルギーや物質を操作することにあった』

「それじゃまるで魔法じゃない!」


 長野ちゃんのいうとおりだ。かつての人間は魔法を使っていたというのか?


『エネルギーや物質を操作するための生体組織を基にした情報処理機器により、文明は大幅に発展した』

「生体組織……バイオコンピュータか?」

「なんですかそれは?」


 すまんなアレン、簡単に説明できそうにない。というより俺たちの世界にもないそんなもん。


『より膨大なエネルギーを得るために、次元をも超越する技術を身につけ、異次元エネルギーを得る過程で悲劇は起きた』

『何が起きたんですか?』


 司書ちゃんも知らないのか?だとするとかなり昔のことだな。


『越次元時のエネルギー獲得の際に、異次元の超生命体との邂逅が起きた。だが、それは幸せな出会いは程遠いものだった』

「どういう……ことでしょうか」

『超生命体は人類から情報を奪い、時には人間を廃人化し、機器からエネルギーを奪い、何もかもを破壊し尽くした』


 アフィラムが蒼白な顔をしている。アレンや長野ちゃんもである。多分俺も同じ顔をしていたに違いない。


『そうやって奪い尽くしたエネルギーなどを基に、我々が生まれた』

『そんな……そんなことが……』


 司書ちゃんもショックを受けているようだ。人間を喰い尽くした上に生まれたのが邪神だというのか。


「人類は、一方的に喰い尽くされるままだったのか?」

『対策を講じようとしたようだ。その結果生まれたのが、対邪神インターフェース』

「私たちですね」

「……」


 ピナーカたちはそうやって生まれたのか。確かにかなりの強さだったぞピナーカ。包丁がだんまりなのが少しだけ気になった。


『邪神の側もそれに対抗して、同様の武器を生み出した。それがここにある』

「イスカリオテ……」

「そういうことだ。ピナーカと私は似て非なる存在であるとも言える」

『もっとも、ソードは結局人間に奪取され、お前の手にあるがな』

「だからイスカリオテ……そう名乗っていたのか」


 裏切ったのは人間をではなく、邪神をか。


『とはいえ、一方的に敵対しない関係になったのは結果的に良かったと言える』

「確かにな。包丁いなかったらこれだけスムーズに対話できなかったし」


 そういう意味では感謝はしている。感謝はするが口には出さない。なんか調子乗りそうだからな。


「なんだ?言いたいことがあるならいえばどうだ?」

「なんでもないっての」

「やれやれ」


 全く、口の減らない包丁だ。感謝は当分、口には出さないでおこう。

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