第20話



 洗脳から解き放たれた貝は、何やら祭司や司書ちゃんにしかわからない方法で何やら伝えている。見る間に祭司の顔色が悪くなる。


「おい包丁、貝の言葉わからないか?」

「人間の言葉ではないから翻訳できん」

「祭司たちのが翻訳できてこっちはムリなのか?」

「そもそも音波ですらないものを、どうやって翻訳しろっていうのか」


 ……そりゃムリだな。あとで祭司と司書ちゃんに聞くしかなさそうだ。


『なんと言うことだ!』

『えぇっ!?そんなことするんですか!』

「二人だけでわかってないで人間にもわかるように説明してよ!」


 長野ちゃんのいうとおりだよ。全くわからん。


『む、これはすまない。奴らの目的がわかったのだが……まずいかもしれん』

「何が目的なんだよ」

『まず、最終的な目的だが、この街にある古代遺跡を奪取することだ』

「んなもん奪取してどうすんだよ」

『古代遺跡とは言いますが、高次元へのアクセスを行える機械です。それが今も動くんです』

「なんだと!?そんな話聞いてないぞ!」

『メルトリウスだったな、彼はそれを用いてこの街を守ろうとしている。だが逆にこれを使えば大規模な次元跳躍も可能だ』

「そんなもんあるのかよ……俺たちがちまちまやってたのは何だったんだよ」


 祭司の顔色がさらに悪くなる。


『それがそうでもない。その機械を使って高次元へのアクセスを人間が行う際に使用するのは人間の保持するような情報だ』

『メルトリウスさんは、自らを代償に高次元へのアクセスを行い、そのエネルギーで黄の王たちを一掃する気なんですか?』

『おそらくな。最悪、死にかねない危険行為だ』

「メルトリウスめ!何考えてやがる」

「人一人の命で街が救えるなら安い、と考えているんだろうな」

「バカかよ!そんな自己犠牲誰が喜ぶんだよ!マギエム置いてくのか?」


 包丁の冷静な声にイラっとしている自分に気がついた。どうやら俺もこの世界の住人たちに感情移入しはじめているようだ。長野ちゃんが不審げな顔で聞いてくる。


「そもそも上手くいくのそれ?」

『なんとも言えません。保存状態そのものはかなり良好だとは聞いていますが……』

『私もそれらの操作には多少知識があるから、私が手伝えればメルトリウスが死ぬことはないと思う』

『それはそうですけど、でも逆に……え?ちょっと貝くん……イソノさん、VXってなんですか?』


 おいおいこの上毒ガスまで持ち込むのかよ邪神ども!核とか毒ガスとか人間並みかそれ以上の悪意を感じるぞ。悪意で人間に勝てる生物じゃねぇのかこいつら。そのうち生物兵器にも手を出すな。連中言う所の端末はほぼ生物兵器だけど。


「対人用化学兵器だ。本気で人類皆殺し狙いか?」

「ねぇ?おかしくない?」

「何がだ長野ちゃん?」

「考えてみてよ。核があるなら核だけ使えばいいのに、さらに化学兵器?いくらなんでもむちゃくちゃだよ」

『何が言いたい?ナガノ』

「つまり、ブラフってことはない?」


 確かに情報ダダ漏れの上、そこに流してる情報がインパクトあるものだらけだ。それにダボハゼよろしく飛びつく我々。アタマが切れる連中だ。しかも真偽はというと……


『可能性はあるが……しかし逆も怖いな』

「そう。どれが本当でどれが嘘なのか。嘘に真実を混ぜるというのが一番厄介だよ」

『どうしたらいいんでしょうか』

「こっちはこっちのできることやるしかないよ」

「そうだなぁ……」


 祭司たちが何やら石のようなものを仕掛けている。足止めくらいにはなるというが、一体何なのかいまいち謎ではある。


 俺と長野ちゃんはというと、周囲を警戒している。おそらく狙うとしたら氷塊だろう。でも氷塊に核かそれに準ずるものでもぶち込まれたら止められないぞ。大体核なんぞそれくらいにしか今回使い道ないだろ。


 そこで氷塊の周りを警戒しているのだが、核ミサイル持ってこられたら即死だ。ピナーカも迎撃はムリだしな。巡航ミサイルならワンチャンはある。


「あーあ……何やってんだろ。わたし」

「何言ってんの長野ちゃん」

「だってそうでしょ?核ミサイルとか持ち出されたら勝ち目ないよ」

「そもそも本当に持ってんのかよ?」

「わかんないけど、こっちの人たちが知らないものの名前出してるってことは、何かは持ってると思う」

「何かがわからんと何とも言えんな」

「こんなことなら……もっと早く……」

「おい!フラグ!フラグ立つから!」

「……まだカミキリムシの幼虫食べてないのに!!死ぬのやだぁ!!」

「そっちか!!」


 近くで豪快にコケたような音がした。気持ちはよくわかる。俺もコケそうだった。で誰だよ。長野ちゃんの発言でバランスを崩してしまったのか?間抜けな奴め。


「くそッ!『虫喰い娘』が!」

「……まさかこいつ、信奉者?適合者!?」


 俺はヤツが持っているそいつをどこかで見たことがあった。何でそんなもんあるんだよ!博物館にあるような代物だろうが!猛烈な勢いで無言で飛びかかる。包丁はさすがに使えんがこいつここで締め上げないと。人間、火事場の馬鹿力というものは大したものである。


「てめぇええええぇぇえっ!!そんなもん使わせっかあああぁぁっ!!」

「ぐふうううあぅぅうう!!」


 両手で相手の両方の親指をねじ上げる。ヤツが持ってたから手を離せた。そのまま股間を(軽く)蹴りつけた。軽くしないと殺しかねない……EDになるのもかわいそうだ。甘いかもしれんが。


「少し落ち着け!一体なんなんだ!」

「……こいつだよ!核兵器だよ!!」


 包丁にはわからんだろうが、冷戦期に作られた持ち運べる核兵器である。射程が結構短いので、場合によっては撃った人間も被曝する。当然お蔵入りと相成った。


「こんなに小さいの!?」

「デイビー・クロケット。携帯型核兵器だよ。携帯武器としてはでかいが、威力はかなりのものだ。なんちゅうもんを持ち込んだんだ邪神」


 なんとか信奉者を縛り上げることに成功した。しかし別の意味で気になることがある。


「おいこらおっさん」

「……」

「だんまりかよ。長野ちゃんのこと『虫喰い娘』って呼んでたよな」

「ああ」

「……俺のことはなんなんだよ」

「……『全裸包丁邪神喰らい』」


 おぞましすぎるわそのあだ名。ていうか長いよ!しかもまんまだよね。捻ろうよ!


「77%あっている上にそのまんまだな」

「イスカリオテもセットだよ」

「わ、わたしもこいつと同類扱いなのか……」


 包丁が落胆している。包丁にいうのもなんだが、まぁその、強く生きろ。しかしうかうかしてはいられない。慌てて核兵器担いで祭司たちのところに向かう。


「祭司!核兵器あったぞ!これ!」

『一つの危機は去ったな……』

「しかし本当に毒ガスもあるのかよ?核兵器あるくらいだから無いと言えなくなったな」


 俺たちは周囲を警戒し続ける。包丁の感知にも引っかかる気配がない。一体どうなっている?


「空の上から来るって可能性とかあるか?」

『それはあると思います。すでに黄の王は侵入を試みたんですよね?』

「そうだ」


 おかしい……いつまでたってもヤツらが来る気配がない。


「中にいるとかいうオチはないよな?」

「今の所気配はないぞ」


 祭司の持っていた通信機がなる。


『私だ』

「それどころじゃないです!街の中で暴動が起きてます!」


 アレンの声が悲鳴に近くなっている。どうなってるんだよ!


「うそっ!?なんで!?」

「凄い数の信奉者が突然現れたんですよ!」

「まさか、空からか!?」

んですよ!何もないところから!」

『人間を跳躍させたのか!いつの間にだ!』

「それが、イソノさんたちが街を離れた隙に……」


 突然包丁が震えだした。


「も、ものすごい数だ!しかもこれは、これまでにあったことがないヤツだ!」

「なん……だと?」


 半魚人、そう呼ぶにふさわしいヤツらが黄の王、そして大淫婦を中心とした集団を取り囲んでいた。


 俺は無言でデイビー・クロケットをセットする。マニュアルもご丁寧に持ってきてくれてたからな。助かった。


『そこまでにしてもらおう。どうやって奪った?確かにそれをぶっぱなされては打撃は大きいが、この数は全滅させられまい』


 無言を貫くことにする。こいつを真ん中にブチこめば、少なくともボスは仕留められると思ったからだ。


『何のメリットもなければ、人間というのはやけっぱちになるものよ』

『それもそうだな』

『条件をつけましょう、不能さん』

「不能じゃねぇよ!しつこいな!!」

「動揺するな!」

「するわい!」

「それで、条件とは?」


 長野ちゃん!聞かない方がいいって、乗れないような条件突きつけて来るに決まってる!


『私たちをそのまま通せば、街の住人の安全を保障する』

「信用できないな」

『わがしもべたちよ!しばし彼等に安息の時を!』

「何を言っている?」


 再度、受信機から連絡が入る。マギエムの声だ。


「何が起こってるかわからんが、信奉者たちが武器を構えたまま動かなくなったぞ」

「……きくだけは聞くか?」

『そうせざるを得まい』


 デイビー・クロケットが狙っているというのに、余裕の黄の王たち。腹立たしい連中だ。


『飲まないならここで無駄に死ぬことになる。何もせず我々を地球に向かわせるなら我々も基本何もしない』

「基本?」

『生贄として、高次元へのアクセスのために人間を一人、それでいい』

「ずいぶん好条件だな」

『こんな世界はもう我々にとって不要だからな。あとはそこの祭司も含めて、荒廃した星で最期の時をせいぜい過ごすといい』

「飲まなかったら?」

『犠牲者が多数出るだろうな』

「……飲めば地球で犠牲者が多数じゃないか」


 ……最悪だ。ここで暴れて核ぶっ放してもなお勝てる見込みは薄い。しかし見過ごすとなると、地球でどれだけの犠牲者が出るか想像すらできない。


『さぁ、お決めなさい』

「……お飲みください」

「メルトリウス!?」

「責は私が負います。さぁ……黄の王よ、来るがいい」

『物分りが良くて何よりだ』


 俺たちは縛られた上、核兵器も取られて街に連行されてしまった。祭司たちまで縛られて

 連れてこられた。なんてこった。


『さて……誰を生贄にするか……』

『私が!なります!』


 え!司書ちゃん!?びっくりした俺たちの方を振り向いて、司書ちゃんが指を口に当てる。


『お前がか?まぁいい。人間一人だ、ちょうどいいだろう。しかし情けないヤツらよなぁ、若い娘を犠牲に捧げるとは』


 大淫婦がなんか言ってるので、俺たちは悔しそうなフリをする。実際悔しいのも事実ではあるが……。


「くそッ!俺にもっと力があれば!」

「マスター……私が不甲斐ないから……」

「もっと一匹でも多く屠っていれば……」

「食べる的な意味か?」


 ちげぇよ包丁、そこは演技してくれよ。お前包丁だけど大根だろ。


『さあ、その魂を高次元に捧げ!我らを高みへ導くのだぁ!!』


 司書ちゃんに機械が接続され、頭(に見せかけている)から何かを吸おうとしているようだ。しかし機械、うんともすんとも言わない。そりゃそうだな、そこ頭じゃないし。


『おかしいぞ』

『どうなっている?』


 邪神連中が間抜けなことを言っている。おいおい、俺らより賢いんじゃないの君ら?


『私が見よう。縄を解いてくれ』


 なんか祭司が機械を見始めた。メルトリウスまでやってきた。おいおいなんで信用しちゃってるの?


『さすがに古すぎて使えないんじゃないか?』

「そのようなことはないはずです」

『なら試してみるか』


 突然、空に星型の文様が出現した。魔法陣のように見える。一体何が起こっている?邪神連中もパニックになっている。


『動作するようだぞ』

「そうですか、それでは旅立ってもらいましょう」

『な、なに?何故私はこのような!?頭がおかしくなりそうだ!』


 黄の王が絶叫する。邪神連中が悶絶しながら機械によっていく。半魚人たちも集まって来る。機械はイカやらカニやらが無数に集まってさながら地獄絵図と化していた。


『祭司!貴様!ハメやがったな!!』

『なにを今更。黄の王よ、一緒に行こう』

『私もついていきます!』


 司書ちゃんがイカに戻っていく。


『情報が!奪われる!貴様らぁ!!これが!狙いか!』

『メルトリウス!ここでお別れだ!』

「残念です。祭司どの。一度酒でも飲みたかったですな」

『全くだな。では、さらばだ!』


 祭司の姿が光に包まれる。司書ちゃんが、邪神たちも、光に包まれ消えてゆく。


『貴様らだけは!貴様、だけは!!連れて行くぞ邪神喰らいども!!』

「え?」


 俺と長野ちゃんに黄の王が触手を伸ばした。あ、俺ら縛られてるしな。


「来てっ!ピナーカっ!」

「まさかこうなるとは……」


 ピナーカが包丁の鞘ともにこっちに飛んできた。


「ど、どうなるんだ!?」

「どこかの異次元に飛ばされるぞ!」


 もうこうなったらヤケだ、祭司、司書ちゃんよ、そんで長野ちゃん。どこに飛ぶかはわからんが、とにかく一蓮托生だ。頼んだぞみんな。

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