終章

第1話



 何が起こったのかわからない。気がついたら、俺は砂浜に横たわっていた。ここはどこだろうか?目の前には包丁が転がっている。ピナーカもそばにある。長野ちゃんは?


 ……意識は無いようだが呼吸は正常にしている。倒れたままであるが。顔色が悪いな。服が濡れているからまずいか。ひたいに手を当てる。ヤバい、熱がある。これって、これまででもっともまずい状況じゃなかろうか?いくら邪神を相手に回してきた俺たちだとしても、病気には勝てない。


「火を起こさないと……」


 体温をなんとかせねばならない。なんとか身体を温められる方法はないか?そうだ!


「イスカリオテ!少し無茶してもらうぞ!」

「お前がそれをいう時は本当に無茶だからな。何だ」

「長野ちゃんが発熱してる。おまけに周囲に何もない。非常にまずい」

「大問題だな」

「手始めに長野ちゃんを温めたい。そこでだ」


 俺は服を包丁に巻きつける。


「な、何をする気だ!」

「超振動を頼む!」

「……断続的になら、やるが」

「火をおこすまでだけだ!頼む!」

「……わかった」


 長野ちゃんを包丁が温めてくれている間に、木切れとかでも探したいところだ。火を起こさないと……そう思って辺りをウロつくうち、何やら焦げくさい臭いがしてきた。助かった。火がついている何かがある。


 急いでそこに向かうと、そこには、鍋があった。しかも……


「お、お前はぁっ!?」


 何故だ?何故あの大淫婦の娘との戦いで喪われた鍋がここで何かを煮ている?お前、こんなところまで俺を助けに来てくれたのか!?鍋ぇ……無論たまたま似た鍋なんだろうけど、俺は思わず涙ぐむ。


 しかしこうしちゃおれん。長野ちゃんをここで温めないと。急いで戻って長野ちゃんをおんぶする。


「ピナーカ!火があったぞ!包丁を頼む」

「本当か!?わかった!そちらもミユキを頼む」


 俺とピナーカは、果たして鍋のところにたどり着いた。火のそばに長野ちゃんを寄せる。誰かがやってきた。こんなところに人間がいるとは……。


「頼む、この子が熱出して大変なんだ。火のそばに寄せていいか?」

「構わんぞ」


 そういう老人の顔が、宵闇に火の明るさで浮かび上がる。そして俺はその顔をよく知っていた。


「し、師匠!?何故だ、何故ここに!?」

「まぁよい。その前に、その子がこのままではまずいだろうが」

「は、はい!」

「あっちで服でも変えてやれ。そして後これ」


 ……なんで大間港のTシャツがこんなところに?長野ちゃんには申し訳ないが服を脱がせてタオルで拭く。なるべく見ないようにしたいが、そうも言ってられん。大間港のTシャツを着せた辺りで、気がついたようだ。


「……い、磯野さん?」

「気がついた?熱あるからまだ無理すんなよ」

「……う。うん。……何この服?」

「濡れてたんで着替えさせた」

「えーっ……ま、まぁいいか」

「?」


 なんとか歩くことくらいはできるようだったので、火のそばまで歩いてもらう。タオルと一緒に服を乾かす。俺の服も乾かしとこう。


「まぁ食え」

「は、はい」

「ありがとうございます、こちらは?」

「……信じられないんだが、俺の師匠」

「は?ここ日本なの?」

「いや、違う」


 師匠が不意に、立ち上がりこちらを向く。


「ここは地球から約28光年離れた天体だ。ずいぶんと無茶苦茶な転移をしたもんだ。宇宙空間に放り出されかねないだろうが」

「え?師匠何言ってるんだ?というよりあんた何者だ?」

「おい磯野、こやつがお前の師匠なのか?」

「なんだよ包丁、そうだよ」

「……バカな……あり得ない……」

「だな。地球から28光年離れた天体に、酸素があるとはいえどうやって転移できるんだ人間が」

「え?ちょ、二人が何言ってるかわからないよ」


 長野ちゃん、熱出てるからあまり考えない方がいいぞ。熱高くなるよ。


「その話は後だ。まずはまぁこれでも食べるといい」

「……いいんですか?」

「師匠は料理もうまかったですからね。食べてくれ長野ちゃん」

「う、うん」


 豚とか鶏肉と野菜の入った鍋を黙々と食べる。ここのところ邪神ばっかり食べていたからなぁ。鍋を食い終わる。鍋に穴が開いていた部分が溶接でもされたようになっている。まさか本当にあの鍋か。


「さて、師匠」

「食べ終わったようだな」

「あぁ。色々聞きたいことが山ほどあるが、一つだけ」

「何だ」

「あんた……邪神か?」


 時間が止まったかのように静かになった。しばらく誰も何も言わなかった。パチパチと焚き木が爆ぜる音がする。遠くの波の音も聞こえてきた。


「そう、だな」

「そうか」

「何だ、驚かんのか」

「ここまで来るまで色々見てきたからな。なぁ、長野ちゃん」

「うん」

「んで、師匠。何で俺たちを助けてくれたんだ?」

「そうだな」


 師匠は焚き木をじっと見つめている。そして静かにこうつぶやいた。


「お前たちのためじゃない。私のためだ」

「どういうことだよ」

「厳密にはお前たちのためにもなるのか。とにかく、まずは私のためである」


 不意に、師匠が這い寄って来るやや大きなカニを棒で突き刺した。蠢くカニ。火でカニを炙ってくれた。


「食べるか?」

「食べるに決まってるだろ?」

「そうだったな」


 少し師匠がニヤリとする。


「こんなところまで監視の目を伸ばすか。しかしお前が食べると」

「まさかそいつも?邪神の端末?」

「あぁ」

「こんな宇宙の彼方まで……」

「ここに来たのは、偶然ともいえない」

「どういうこと、ですか?」


 長野ちゃんの顔色が良くない。熱のせいだけではないな。


「お嬢さんには申し訳ないとしか言えない。本当ならこいつだけに頼みたかったんだがな」

「し、師匠、何のことだよ」


 師匠が真剣な目でこちらを見つめる。


「倒さねばならない存在がある。だが、私には倒せないのだ」

「どういう……ことだ?」

「私が倒すと、世界が、終わる」


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