第19話
20人いたゾンビもどきだが、私達は普通の人間に戻ります!と言ったわけではないけどもゾンビを辞めることになったようだ。包丁は何やってんのお前とか言うけれど、俺だって想定外だよこんなの。
そのうち、6人ほどは名前なども含めて記憶がある程度戻っていたようだが、多くは名前すら戻っていない。
「情報を奪いエネルギーにするというのは、嘘ではなさそうだな」
『そこで嘘をついても仕方あるまい』
祭司のいうことを信じなかったわけではないが、やはり記憶がこうも飛んでいるのを見ると、情報を喰うというのは真実だと認めざるを得ない。
「助けてくれてありがとう。私はマギエムという。そちらは?」
「磯野馨だ。イソノと呼んでくれ」
「わかった。そしてそちらの触手多めの方は」
『名前のほうは、人間では発音的に無理だから祭司と呼んでくれ』
こいつ、イケメンな上に物怖じしない、いかにもできるやつオーラを感じる気がする。
「それでマギエムだっけ、1つ聞いていいか?」
「いいとも」
「なんで上半身裸なんだよ」
「気がついたら脱いでいたな」
イケメンでガタイもいいマギエムが上半身裸なのはサマにはなるが、あいにく俺にはそちらの趣味はない。
「イケメンが脱いでも嫌味なだけだぞ」
「そうだ思い出した、私は美しさを競い合っていたんだ。邪神と」
「はぁ?」
「全裸の非常に美しい女性の姿をとる邪神がいてだな」
『あいつか……』
祭司がすごく嫌そうな顔をしているのが人間の俺でも理解できる。そんなに嫌なのかそいつ。
「確かに美しいと思ったのだが、私も少しは身体に自信がある」
「嫌味か」
「そこで服を脱いで美しいポーズを決めていたら、急にヤツが激怒してだな」
「激怒するのはわからんでもないような……」
「いきなり命令を受け邪神たちに喰われたとこういう次第だ」
……なんでこんなバカを救ってしまったのか俺は。さっきのできるヤツオーラは気のせいだったのか。包丁はおろかフィオナや祭司にも白い眼で見られている。仕方ないだろ、こんなバカだと思わなかったんだから。残念イケメンほど社会的な害悪は、この世には存在しない。他の元ゾンビの方々が非常に申し訳なさそうな顔をしている。皆様には一切責任はないから安心してほしい。
「しかし包丁、なんだって邪神が全裸人間を模すんだ?性的アピールとかしても仕方ないだろ人間に」
『そんなおぞましいことは想像もしたくないぞ』
まぁ人間でいうならイソギンチャクに突っ込んだり、ナマコを突っ込んだりするようなものか。……食材に対する冒瀆じゃねぇか殺すぞ。
「二つ可能性があるな。一つは疑似餌だ。全裸の若い女の姿を見たら、若い男なら反応するだろう。もう一つは、人間をバカにしているということだな」
包丁が邪神のプロファイルはじめた。多分そうは外れてなさそうである。
「ところが想定に反して、この男は全裸で対抗したわけだ」
「生物の中には、体の一部を捨てて逃げる生物もいるからな。自切したと思ったのかもしれない」
「トカゲの尻尾みたいなのですか?アレびっくりするんですよね」
「人間の中にもいるな、身体の一部を露出するヤツ。あれも威嚇の一種か」
……自分で言っておいてなんだが、人間は自切しないし、露出は性癖なので威嚇ではない。
「私は威嚇なぞしないぞ。むしろお互いの美を比較しあってだな」
『すまんが、我らとしても人間の身体を急に見せられても混乱すると思う』
「バカ人間が本当に申し訳ない」
人間を捕食する邪神に謝罪するというのもおかしな話ではあるが、少なくともこいつは食材の提供者でもあるし、何より人類をそれなりには守ってくれる側でもある。敵には回したくない。むしろ全裸男を何故クソ邪神はきちんと始末しなかったのか。……触りたくないんですね俺にもよくわかります。
「バカの話は置いとくとしてだ。祭司、その全裸女邪神はかなり危険な気がするのだが」
『……お前たちには、かなりというより非常に危険な存在だ』
「やはりな」
『つくづくよく彼らが生きていたと思う』
アゴの触手でマギエムを指差すようにする。
『ヤツのことは……私は『大淫婦』と呼んでいる』
「バビロンのか?」
『……違うとは思うが、似たり寄ったりな気はする』
「ふむ」
『ヤツや『黄の王』は、我々種族だけで地球を席巻し、人類を全て食い尽くすつもりだ。様々な方法で』
食い尽くすか。……そちらがそのつもりなら、祭司たち以外はこちらも食い尽くしてやる。お望みどおりにな。
『外からも……内からもな』
フィオナの顔色が悪くなる。そりゃそうだ。それで食い殺されそうになったのだから。
『すまない。『大淫婦』のせいで女性という女性が苗床にされたからな』
「色々とさすがにシャレになってねぇよ。それにしても人間の形をとる全裸女邪神か……」
「どうした」
俺は少々思案する。
「……喰えないなぁ。さすがに見た目が人間だと」
「やっぱりそれか!お前にはそれしかないのか!」
「なら美しさを競い合うのは問題ないか」
「お前もそれしかないのか!」
「苦労してますねイスカリオテ」
「お前は人ごとみたいにいうなアフィラム!」
祭司の方がよっぽど苦労してると思うんだがな、こんな包丁より。こいつ文句しか言ってない気がする。
……不意に、大気が震え始めた。
なんだよこれ、まるで海が押し寄せてくるようだ。磯の匂いが強まる。
「お、おいあれ……」
元ゾンビの……残念全裸イケメンのせいで名前聞き忘れたじゃねぇか!が指をさす方をみると、巨大な山が現れた。
『大淫婦……いや、娘か?』
祭司のつぶやきを耳にする。あの娘、っていうけど、どこをどう見ても巨大な山なんですが。……山肌を見ていると、色が変色していく。発光までしやがる。まさか、こいつは!
「大淫婦の娘って、まさかイカが群体になってやがるのか!!」
「その通りだ!これまでとは話が違うぞ!一体一体はともかく、群体が一つの意思を持ち、その知性は人間など足元にも及ばない」
少々背筋に冷たいモノを感じる。脚が、震えている。初めてだなこんな感覚は。不意に、師匠の言葉を思い出す。
「お前は多少は強いが、今のままではそこまでだ」
「どういうことだ?」
「お前は恐れを知らん。恐れを知らないのは蛮勇であって勇気ではない」
「受け売りかよ師匠」
「あの漫画面白いよね、アニメも見た」
恐れを知らないと言われても、どうやって恐れなんて感じるんだよ、わざわざ心霊スポットとかには行きたくないしと思っていたが……。今、自分は恐怖を覚えている。
「恐怖を知っても恐怖で身体が動けないんじゃ、どうしようもないのでは?」
「心と身体は結びついている。だが、身体で覚えていたことは、心がどうなっても忘れることはない」
「つまり、どういうことだ?」
「身体はこれまでを覚えている。心を平常に戻せば、心と身体は普段の状態に戻る」
「どうすればそうできる?」
「普段していることを、することだ」
そうだ、普段していること。俺はゲソ天に噛り付いた。美味い!身体が海産物の味を思い出す。
「……思わずあまりの数にちょっとビビったが、食い尽くす!全て!!」
『なんということだ……大淫婦の娘相手でも正気を保てるのか!』
「お前ら!ゲソ天喰え!」
意識を持っていかれそうなアフィラムにゲソ天を押し込む。
「あちあちあちあち!これまだ冷めてないでしょ!」
「お前も手伝え!」
意識が戻ったアフィラムと手分けして、ゲソ天を皆の口に押し込む。何人かは意識を戻した。
「あの光をみるとどうもおかしなことになるな」
「かといってもまともに見ずに戦えないだろう」
包丁のいう通りだ。これは厳しいことになる。不意に、邪神の山が崩れだした。そして中から1人の全裸女性が現れた!全裸女性が発光しながら近づいてくる。くそ!精神をどうにかされそうだ!
「まさか!マギエム、あいつか!」
俺はマギエムの方を向き、すぐそばまで迫ってくる、発光する邪神を指差す。
「素晴らしい!再会できた!ここで!」
おいコラマギエム下まで脱ごうとすんじゃない!全裸対決はまた今度にしてくれ!
「さあ、美を競い合おうではないか!!」
……不意に、邪神が止まった。
『mtmk……マタオマエカアアァァァ!!』
あー、ちょっとだけ気持ちはわかる。せっかく食ったと思ったら家庭内害虫の如く復活してきた
『ドコニデモイケ!ソシテキエウセロオオオぉぉぉ!!』
全裸女邪神、完全にキレちまったようだ。地面が急激に揺れる。地震か!こいつが引き起こしているのか!天変地異まで起こせるとは。
終焉の地が、その日、終わった。よりによって全裸のせいで。
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