第6話



 ひとまず邪神温泉に戻って、それから火山の街で相談することにしたい。研究施設の情報はひょっとしたら祭司なら有効活用できるかもしれないし、タコ野郎作の刃物も有効活用できそうである。もっとも俺には邪神を捌くための包丁があるし、二刀流も現実的ではない。


「今まで帰り道ってだいたい襲われてたよな邪神に」

「警戒は怠るなよ」


 包丁に言われるまでもなく、警戒しつつ山道をゆく。山の中で邪神かいさんぶつに襲われることはそうはないと思いたいんだが、割と頻繁に襲撃を食らっているのでそうも言ってられない。もっとも襲ってきた連中は、全て俺たちの胃袋の中に消えていった。消えたくなければ襲ってこなければいいんだ。出てこなければやられなかったのに。


 こんなところに沢があったのだろうか?上から水が流れ落ちてくる。あれ?そういえばこのちょい上流の方、邪神温泉じゃないか。海水風呂から出る海水も流してるよなぁ。それは磯の匂いもするわな。


「祭司たちが人間喰わずに済むなら、それにこしたことないんだがな」

「お前は祭司達とそんなに共存したいのか?」

「下手な人間よりよっぽど知性高いし友好的だぞ?したいに決まってるだろ」


 見た目はちょいとタコっぽかったりイカっぽかったりする祭司や司書ちゃんたちだが、頭はキレるし友好的だしなぁ。日本人なら普通にタコっぽいなー、でも仲良くできそう、くらいには思うんじゃないか?


 ぶっちゃけ、ある種の人間の方がよっぽど危険である。幸か不幸かこちらではそこまで危険な人間って、せいぜい信奉者くらいにしか出会ってないな。今んとこ知能のある信奉者には出会っていないのでイマイチ危険性がわからんが、一般論としてはある種の人間の危険性は他のどんな生物をも上回る。知能のある信奉者が出てきた時の対策は考えとかないとな。


「もうちょっとで温泉か。ひとまず出直しではあるな」

「黄色の王狙いは続けるのか?」

「やるしかないだろ。こっちの人間は戦えないんだし。アレンくらいに戦力になったとしても、せいぜいつゆ払いが限界だろ」

「……そう、だな」

「文句がありそうだが、他に手はないだろ」

「だが、相談はできるだろう。祭司でもメルトリウスでもナガノでもいい」


 痛いところを突いてきたなこいつ。顔役のメルトリウスなら直接戦力にならずとも街の防御の指示を出せるだろうし、長野ちゃんはもちろん十分戦力になる。すでに邪神を倒してるわけだし。祭司だって立ち位置の問題がなければ戦力になるかもしれない。


「一人で、抱え込むな」

「あまりあいつらになぁ……戦って欲しくはないんだがな。俺の食うぶんが減る」

「おい!」

「そりゃそうだろ、だって……っと!足元がなんかヌメヌメするぞ?」

「なんだそれは」


 足元に奇妙な粘液のようなものが流れ落ちている。ちょっとやそっとじゃない量である。


「包丁!何かいるだろ近くに!」

「いうほど近くではないな。だが、通り道ではありそうだ」


 大量のヌメヌメ、水とともに……だいたい想像ができている。


「今日の邪神えものはヌタウナギか!」

「また、ウナギだと?」


 ヌタウナギは厳密にはウナギではない。それどころか魚ですらない。無顎類と言われる、現在の魚類が分化する前に分化した種の生き残りである。日本近海では僅か二種しか存在しない。ヤツメウナギとヌタウナギのみが該当する。


「微妙なところだが、ちと違う。しかし、こいつはけっこう厄介な相手だぞ」

「まさか、喰えないのか!?」

「いや、喰える。日本でもちょっと喰っている地域はあるが、韓国ではもっと喰われている。栄養価は高いんだがなぁ」


 ヌタウナギだが、非常に厄介な性質を持っている。ここ最近で戦ってきた邪神かいさんぶつのなかでも最悪の性質がある。


「いまここにある大量のヌメヌメあるだろ」

「あるな」

「ヤツのせいだ」

「か!かなりの量だぞ!どれ程の巨体なんだ!?」

「多分大きさそのものはそうでもないはずだ」


 興奮すると、身体の横から吸水ポリマーのような性質のムチンを主体とした粘液を多量に放出し、敵の呼吸器を封じ込め窒息させるというエゲツない連中である。


「警戒しろ!近くにいるぞ!」


 包丁を構える。奴の姿は見えない。どこだ?どこにいる?不意に、水音とともに大量の粘液が落ちてきた!


「うおお!上かよ!何かベタベタするぞ!」


 窒息は避けないといかん。この量だ。十分窒息死する可能性がある。ヌタウナギの本体はどこだ!どこにいる!


 粘液の塊を避けつつ本体を探す。足元が滑る。いかん!思わず転倒してしまう。


「くっそ、滑った……いってえな」

「おい、早く立ち上がれ!」


 ボトボトと大量に降ってくる粘液。俺の身体のあちこちに粘液がまとわりつく。誰得なんだよこの光景!


「おい包丁!ちょっと聞くが、おまえどのくらい高速で振動できる!?」

「試したことはないが超音波は出せるようだ」

「わかった、次の粘液が来たら、頼む」

「な、何を?」


 粘液が再び降ってくる。今度は避けずに、粘液を『斬った』。高周波による包丁の振動は、ヌタウナギのムチンを切断出来たようだ。


「こう上手く行くとは思わなかったが」


 身体のあちこちを重たくしている粘液も切り捨てる。普通の刃物ではこうはいかなかったか。ムチン自体は、実は細い繊維からなっている。繊維を切り離すことができたのは幸いだ。


 目前の地面から、大型のヌタウナギが現れた。上ではなく前からである。


「前からだと?」

「上の粘液はトラップかよ!どんだけ知能高いんだよ!」


 上からの粘液で身体を動けなくして捕食しようというのだろう。賢いヤツだ。


「だけどなぁ!俺の勝ちだヌタウナギ!」


 胴体を守る粘液の塊を、高周波包丁で切り離した。振動する包丁に危険性を感じたのか、ジリジリと逃げようとするヌタウナギ。


 たまーにあることだが、ヌタウナギ、自分のヌタで動けなくなることがあるらしい。ヌタを繰り返し切り離しているうち、だんだん勢いがなくなって来た。口に刃を突き立て、腹をかっさばく。


 内臓が、ぼたりとおちた。


「ヌタウナギなんだが、生でもいけなくはないんだけどな、硬いんだよなちょっと」


 腹から皮を剥いてゆく。内臓をちょっと食べてみる。卵か。魚卵とはちょっと違い濃厚なペースト状である。美味いな。ヌタがなければもうちょっと食べられてんじゃないだろうかヌタウナギ。遺伝子操作でヌタを出なくして養殖とかいいかもしれん。


 皮を剥いだあと、身を担いで温泉に向かうことにしよう。今日の邪神メインディッシュはなかなかに期待できそうだ。焼いて食べることにしよう。

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